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結婚

マイルズとミリアが初めて会った日から一週間後には、早くも結婚の日を迎えていた。


貴族には珍しい、超スピード結婚だ。

これができたのも、ミリアの花嫁衣裳などが、ほぼ出来上がっていたということが大きい。



王族の結婚式用に作ったミリアのウェディングドレスは、腰から下のスカート部分に幾重ものレースが重ねられたものすごく豪華なものだった。

披露宴の会場になっている公爵家の大広間では、ドレスに縫い付けられていた数多くの宝石にシャンデリアの光があたることで、ミリアの身体全体が眩いばかりにキラキラと輝いていた。


かたやマイルズの衣装は、街中で急遽(きゅうきょ)あつらえた既製服だ。

一言で言って地味である。

ふんわりと膨らんだドレスの向こうに花婿のマイルズが立っているといった感じで、背が高い彼の赤毛の頭が、広がったスカートの向こうにひょろりと見えている。


衣装だけとってみても、どうにもアンバランスに見えるカップルだが、それがこの婚姻の異常な状況をそのままに表していた。



「あ、すみません。裾を踏んでしまいました」


「いえ、よろしいです。私がもう少し離れておきますね」


花婿と花嫁が、互いに交わす言葉も他人行儀なものだった。

二人が顔を合わせたのはまだ三度目だったので、それは仕方がないことだろう。


ミリアとマイルズは、あれからたった一度だけ、一緒に買い物に出かけた。

その時は花婿用の衣装を用意するために出かけたので、ミリアは自分のドレスとマイルズの結婚衣装のデザインが合うか合わないかという話ぐらいしかしていない。



ミリアの母親は、夢にみていた娘の結婚式が満足とは程遠いものになってしまったため、力のない笑顔で夫の側に立ち、招待客から挨拶を受けていた。

王都にいる夫妻の知り合いが急な結婚披露宴に予定を調整して駆けつけていたが、お祝いの言葉を述べる人よりも「元気を出して」と力づける人の方が多かった。


周りの人たちは、民衆に噂が広がる前に挙げたこの急ごしらえの結婚式を、仕方がないこととして受け入れていた。



ミリアの友達も、もちろん招待されていた。

けれど国の重鎮に囲まれて話しかけられている新婚夫婦には、まだ挨拶ができていない。

立食形式のパーティーだったので、それをよいことにコソコソと三人で隅の方に固まっていた。


「ミリアのドレスの向こうに見え隠れしている、ひょろ長ぁい赤毛の男の人がお婿さんよねぇ」


ペネロペが側にいるアーメンガードに小さな声で尋ねると、アーメンガードは肩をすくめた。


「らしいわね。しかし結婚式もさっさと内輪で挙げちゃって、午餐(ごさん)の披露宴に呼ばれている招待客も少ないな。公爵家の一人娘だっていうのに、ミリアも不憫(ふびん)よね」


「本当は来年の春に全国民の前で結婚パレードをする予定だったのよ! リチャードめ、何度殺しても殺したりないわ!」


歴史のある侯爵家の宝石を身に着け美しく装っているセリーナであったが、口を開くとすぐに呪詛(じゅそ)の言葉がこぼれてくる。今は三人して、人が少ない会場の隅っこの方に来ているので、セリーナが言っていることは、お上品な人たちの耳に入っていない。

さっき披露宴が始まるとすぐに、セリーナがブツブツと嘆き始めたので、アーメンガードとペネロペが二人がかりで、怒れるセリーナを押さえているところだ。


「どうどう、セリーナ。暗黒面に落ちそうになってるよ。一応、めでたい席なんだから私たちで、ミリアを励ま……いや、お祝いしなきゃ」


アーメンガードはそう口に出して言いながら、セリーナだけではなく自分にも言い聞かせていた。


けれどふと思いついたことがあったので、口をゆがめて意地悪く笑いながら、横に立っている二人の顔を見上げた。


「でも考えてみなさいよ。あの陰気なリリアーナと浮ついたリチャードが、地位やお金もない状態になって、仲良くやっていけると思う?」


「自分のことしか考えられないあの二人じゃあ、だめだよねぇ。何か起こったらお互いのせいにして、すぐに喧嘩別れしそうだなぁ」


「うんうん、ペネロペ。よくわかってるじゃない。今は運が悪くて不幸に見えるけど、ミリアは公爵閣下に似てるから根性があるし。あのマイルズとかいう文官も、見た目はちょっと物足りないけど、ミリアのエスコートの仕方は、リチャードよりまともそうよ。意外とうまくやっていけるんじゃない? 結婚って、何年か経ってみないと本当のとこ、わかんないしね」


アーメンガードは、16歳のわりに達観したものの見方をしているようだ。


「そう言われれば、そんな気もしてきたわ。確かにあの(・・)リチャードより酷い男なんて、そうそういないかも。私たちのミリアが子爵夫人になるなんて受け入れがたかったけど、地方で暮らしていくのなら地位だけがすべてじゃないし。んん、でも……もし、ミリアがリチャードと婚約していなかったらと、ついつい考えちゃう。結婚相手は選り取り見取りだったはずよ! うちの兄たちの誰かでも良かったんだし」


赤ちゃんの頃から付き合いのあったセリーナにしてみれば、ミリアが婚約破棄されたのは悔やんでも悔やみきれないことのようだ。


「大丈夫よぅ。ミリアは頭がいいから、領地経営も手助けできるしぃ。あそこで二人と話をしてるのは、総務局のお偉いさんでしょお? 他の人は沈んだ顔をしてるのに、あの人はずぅーーっと嬉しそうな顔をしてるわ。変な男の人を、上司に紹介したっていうことだけは、なさそうかもぉ」


意外とよく見ているペネロペである。




本日の主役であるミリアは、足の痛さをこらえて、貴族用の作り笑顔を浮かべていた。


本来、王座の側の椅子に腰かけて、貴族のお祝いの挨拶を受ける場面を想定して作られていたこのウェディングドレスは、裾のトレインが長めになっていた。

そのため今回のような立食形式の結婚披露パーティーで歩き回ることには向いていない。立っていると裾がだらしなく垂れてしまうのだが、一週間ではその裾を含め、全体のバランスを整えることができなかった。


この衣装を作るのに命をかけていたデザイナーは、ここ何日も考えていたあげく、こんなことをのたまった。


「いいことを考えつきましたわ、ミリア様! 今度のお婿さんは殿下よりも背の高い方なんでしょう? それならハイヒールを履けば、裾のデザインが生かせますわ」


悩みが一挙に解決して喜んでいたのは、彼女だけだった。

ミリアはその提案に頷いたことを後悔していた。


リチャードはそんなに背が高い方ではなかったので、ミリアは二人が並んだ時のバランスをとるために、いつも踵の低い靴を履いていた。

そのため、ハイヒールがこんなに履きにくいものだとは知らなかったのだ。


うー痛い。

これ絶対、足首の皮が擦りむけてるよね。

爪先も窮屈でたまらない。早く靴を脱いでベッドに転がりたいなぁ。



「いやぁ、本当にお美しい! マイルズは果報者です。私も彼が子爵家を継ぐと知った時には、なんとか配偶者を世話したいものだと思っていたんですよ。まさか、公爵閣下のお眼鏡にかなうとはねぇ。こいつは本当にオクテで、入局して以来、浮いた噂の一つもなかったんですよ」


「ほほ、そうなんですか」


さっきからミリアたちの側に来て、しみじみと今回の結婚話について話をしているのは、マイルズの上司である総務局のハーパー局長だ。

親戚や親の知り合いたちの憐憫(れんびん)を含んだ目もうっとうしかったが、ここまで大げさに喜ばれるのも、ちょっと違う感じがしてしまう。


子どもの頃に憧れていた結婚式。

ある程度大きくなり、婚約者のリチャードのことや周りの貴族の夫婦事情がわかるようになってからは、結婚というものに過大な期待はしていなかった。

けれど自分の結婚式が、こんな風に大慌ての付け焼刃のものになるとは思ってもみなかった。


現実というのは、こういうものなのね。


綺麗で幸せそうな花嫁さんが、実のところお腹を空かせて困っていたり、履きなれない靴を履いて足の痛さを嘆いている。

昔はそんな風に想像したことはなかったなぁ。



花婿のマイルズといえば、慣れない社交の場に精神がガリガリと削り取られていた。


軍務局の総監に挨拶されたかと思ったら、次は財務大臣がやって来る。

国土局の副局長は、ペンデュラム公爵家の親戚だったのか……ここには国の上層部の人間がいったい何人いるんだろう?


局長~

普段は滅多に会わない総務局のハーパー局長が、唯一の味方のように思えてくる。


「突然の結婚になってしまったが、長い婚約期間を置くよりも、かえって新鮮な気持ちで結婚生活を始められるんじゃないか? 明日は仕事に来なくてもいいからな。マイルズ、頑張れよ」


ハハハと笑いながら去っていくハーパー局長の背中を見ながら、マイルズは頭を抱えていた。

そうか、そういえば今日からこのお嬢さんと一緒に住むんだった。


ペンデュラム公爵家の執事に家の鍵を渡しているから、彼女の荷物はもう運び込まれているんだろう。

ルタという付き人も一緒に住むと言ってたな。通いのタバサとうまくやってくれればいいんだが。




この貴族としては型破りの結婚披露宴のことは、気の毒な結婚例としてまた多くの人々の噂にのぼることになった。


ペンデュラム公爵がこの噂を聞いて、ほくそ笑んでいるとは誰も考えていないだろう。

どうやら公爵には、まだ隠された狙いがあったようだ。


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― 新着の感想 ―
[一言]  う~ん。同情を集めて王子を貶める?   むずむずしますねぇ。
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