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お見合い

政事(まつりごと)をスムーズに進めていくためには、タイミングというものが大切なのだろう。

宰相をしているペンデュラム公爵の仕事は速かった。


「民衆に噂が浸透する前に、ミリアは結婚して王都を離れたほうがいい」


そう宣言した公爵は、翌日には相手方と婚姻に関わる雑事をまとめ、その日の夜には新たな婚約者であるマイルズを、公爵家の夕食に招待していた。



母親の方は、可愛い長女を遠い僻地に嫁にやることに反対していたが、ミリアが王都に残っているとかえって酷い目にあいかねないという夫の説得に屈した形で、しぶしぶと今回の結婚話を受け入れた。




けれど一番、驚き戸惑っているのは、ミリアのお婿さんに選ばれたマイルズ・フォレスだろう。


初夏の陽射しが一段と眩しくなってきたある朝、あまり行くことのない総務局長のハーパーの執務室に、マイルズは突然、呼び出された。それも出勤してすぐにだ。


「急ぎの話らしいぞ。とにかく早く行ってこい!」


第三科の主任になる直接の上司からそう命令を受けた。


マイルズは月末の退職を前に、すでに業務の引継ぎに入っていた。


もう大きな仕事を任されているわけでもないし、今さら局長が俺に何の用があるんだろう?



疑問でいっぱいのマイルズの顔を見て、ハーパー局長は含み笑いをしていたが、すぐに部屋の中のソファをすすめてきた。


「朝早くにすまんな、フォレス子爵」


「おはようございます、局長。マイルズで結構ですよ」


「そうか。あのな、マイルズ、事は急を要するんだが……君に結婚の話がきている」


「は、結婚?」


「お相手は、ペンデュラム公爵のお嬢さんで、ミリア・ペンデュラムさん。16歳で貴族学園の二回生だな」


「はぃい?? えっと、あのぉ……宰相の、ペンデュラム公爵閣下のお名前が聞こえた気がしたんですが……」


マイルズが驚くのも無理はない。

いくら公的機関に勤めているとはいっても、国政の末端にいる文官にとっては、宰相閣下など滅多に会える人ではないからだ。



「その宰相のペンデュラム公爵閣下だよ。私から君の話を聞いてね、ぜひとも娘の婿にとお望みなのだ」


ハーパー局長は、自分が手柄をたてたかのように上機嫌だった。


「はぁ、それはなんというか、ありがとうございます? でも、うちの子爵家はそのような立派な家のお嬢様をいただけるような家格ではないんですが」


マイルズの懸念を聞いて、局長は苦笑した。


「そうだな、普通はこんないい縁談は回ってこない。君も聞いているのではないか? ミリア嬢は、第二王子だったリチャード殿下の元婚約者になるんだよ」


「あ! あぁ、あの婚約破棄の……」


あのお気の毒な令嬢か……


マイルズも職場での噂を聞いて知っていた。

しかしそれは華やかな天上の人々の話であって、どこか現実味のない世界で起こっていることにすぎない。


まさか自分がその婚約破棄騒動に関わることになるとは、思ってもみなかった。


王子の恋人が広めた話によると、ミリア嬢は高慢ちきな意地悪女だということだが、それは本当のことなんだろうか?

マイルズの頭の中に、自分が足蹴にされて嫁にムチを打たれている映像が浮かんできた。


まずいぞぉ、これは。


これから田舎に帰り、隣村の村長の娘でも嫁にもらって、静かに細々と暮らそうと思っていた彼にとって、晴天の霹靂(へきれき)の縁談だ。


なんとか断れないかなぁ。


そんなマイルズの思いは、局長の一言で粉々に砕かれることになった。



「宰相閣下は、すぐにでも結婚式をあげて、二人で子爵領に向かってほしいと思っていらっしゃる。貴族だけではなく、国民に噂が広がった時の懸念を口にされていたよ」


あー、これは()んだな。

俺の人生、これで決まっちゃったよ。



顔で笑って心で泣いていたマイルズは「今日の仕事はいいから、これからペンデュラム公爵の執務室に行って、婚姻に関わる詳細を決めてくるように」と局長に言われ、トボトボと行政局に向かっていったのだった。




その夜、いわゆる婚約者同士の初顔合わせがおこなわれることになった。


公爵家に馬車で訪れたマイルズは、門衛に声をかけた後で、早くも固まっていた。


すごい門だ。

この広さ! 馬車が四台は充分に行き来できるな。


マイルズは昼に会ったペンデュラム公爵のことを思い出していた。


自分の一挙手一投足を見逃さない肉食獣のような瞳、婚姻の詳細を決めていく時の気前のいい態度、どれをとっても大物感がある。

その人物の娘が、自分の妻になるのだ。


はぁ~

俺、奥さんに頭からボリボリと(むさぼ)り食われるのかも……




執事が案内してきた男性が、晩餐の準備ができた食事室の中に入ってきた。

ミリアは美しい光沢のあるペーブグリーンのドレスを着て、両親や弟たちと一緒に立ち上がった。


「よくきてくれた婿殿。今夜は身内だけの無礼講ゆえ、肩の力を抜いてゆっくりと食事をしていってくれ」


父がそう言うと、男性は強張っていた顔を無理やりに崩して、笑顔らしきものを作った。


「閣下、ご招待ありがとうございます。公爵家の皆様、お初にお目にかかります。私、総務局に勤めております、マイルズ・フォレスと申します。よろしくお願いいたします」



髪が真っ赤だわ。深みのある濃い色の赤毛なのね。

背はひょろりと高いけれど、筋肉はあんまりなさそう。いかにも文官って感じ。


ミリアは元婚約者だったリチャード王子とはあまりに違う、マイルズの腰の低さに驚いていた。

リチャードは金髪碧眼のキラキラしい派手な容姿で、王族らしく態度も偉そうだったが、このマイルズという人はクラスにいても目立たない感じの、控え目な人のように思える。


ふーん、この人が私の夫になるのね。



マイルズの方も、チラッと目に入ったミリアの姿を見て驚いていた。


末席に並んで座っている子ども二人は、男の子だな……ということは、公爵夫人の隣に座っている、あの楚々とした美人がミリア嬢なのか?

想像していた化け物とは違う。

他人の噂って、あてにならないものだな。


でも見た目と中身が違う人も多いからなぁ。

あんまり期待しないでおこう。



ミリアとマイルズ、それぞれの第一印象は、可もなく不可もなしといったところだった。



王国の貴族の結婚というのは、だいたいがこんな出会いから始まる。

ただミリアたちの場合は、この出会いから結婚に至るまでの道筋が、大幅にショートカットされることになるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  状況からすると、大幅に格下に嫁ぐのも仕方ないのかもしれませんが、これ、王家からもう少し詫びが必要な案件ですよね。  宰相にケンカ売ってるように見えます。
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