審問
マルベラン王国、第16代国王 ケンダル・レクス・ペンデュラム・マルベランは頭を抱えていた。
先程から答弁している息子の話と、補佐官が前もって審問したリリアーナ・バラン男爵令嬢の言い分を合わせると、とんでもなく愚かな構図が浮かび上がる。
こんなクソみたいな出来事が、今後の国の舵取りを難しくするのか……
国王は、第二王妃であるカプリースの気まぐれで奔放な色香に溺れてしまった若き日の自分自身を呪った。
しかしそのことを考えると、この第二王子も私の悪い血を引いているということか……お前も俺も、女運が悪いな。
額に手を当てて苦悩している父親のことにはまったく気づいていないらしく、リチャードは自分の英断に至るまでの道筋をとうとうと述べていた。
「リリアーナは家でもバラン男爵夫人に虐げられているのに、こんな風に学園でもミリアたちに蔑まれ、行き場がない思いを抱えて毎日、泣いているのです。私は王子として、そんな心根の優しい女の子を見捨てることができませんでした。それに親の地位を鼻にかけ驕りたかぶっている意地の悪いミリアは、私の妻としてふさわしくありません」
「………………………………」
「父上、いえ、王陛下、わかっていただけましたでしょうか?」
「…………それで、お前はこれからどうするつもりだ?」
「は?」
「そなたは今、三回生であろう。それにこの秋には四回生に進級する予定だ。来年の春には結婚式を挙げるべく、すでに準備も進んでおる。そんな間際になって、自分の一存で、私たちや国の臣下臣民に相談することもなく、勝手に婚約を破棄してきたのであろう? して、これからどうするつもりなのだ?」
ひどく冷たい国王の言い方に、リチャードはここにきてやっと、違和感を感じ始めた。
……ん? 変だな?
弱き者を助けた優しさあふれる自分の義侠心を褒めてもらえるとばかり思っていたのに……
でも、父親が結婚式のことを言い出してくれてちょうどよかった。できる王子である私としては、ここでカッコよく結婚の許しをもらうのが、正解だろう。どうやら父親も結婚相手のことを心配しているようだ。ふふん、そんなことはちゃんと考えてるし。
リチャードとしては珍しく、なけなしの勇気を振り絞り、王に懇願した。
「あ、あの……お許しがいただけるのなら、私はリリアーナと結婚したいと思っています!」
「許そう」
王の即断即決の言葉に、リチャードは驚いて顔を上げた。そして花が開くように満面の笑みを浮かべた。
こんなに簡単に結婚の許しを得られるとは思ってもみなかった。
「ほ、本当ですか?! 何か言われるとばかり思ってました」
「ほう、なぜだ?」
「えっと、リリアーナは男爵令嬢で家の位も低いですし、母親も元は女中で貴族ではありませんし」
「ふーん、そなたでもそれくらいのことはわかるのだな。それなら私がなぜミリアをお前の妃にと望んだのかもわかるであろう?」
王の身体からはピリピリした怒りが漂い始めていたが、のん気なリチャードはまだそれに気づいていなかった。
「は? ミリアですか? それはペンデュラム公爵家の者だからでしょうか? 昔から我が王家とよく縁続きになっていたようですし、ペンデュラム公爵は宰相でもあるので、政治的な都合も良かったからでしょう」
「まぁ、そうだな。それに付け加えると、お前の母親が子爵家の出だということもある。兄のザカリーには第一王妃の実家であるサザンプトン侯爵家の後ろ盾がある。お前がこれから王太子を支え政治の道に進むのなら、ペンデュラム公爵の力添えが必要だと考えたからだ。それに王太后である我が母は、ペンデュラム公爵家の傍系の出でもあるしな」
「そういえば、ミリアと婚約したことをおばあ様は喜んでくださってました」
よく言う。
私たちの思いを踏みにじっておいて、よくもぬけぬけとそのようなことを言えるものだ!
どこで育て方を間違えたのだろう?
やはり、生真面目な第一王妃とは違い、母親があの気まぐれなカプリースであったことが、そもそもの間違いであったのだろうか。
「ところで、メヌエル審問官に、リリアーナ・バランと面談してもらったよ。その結果を聞いたバラン男爵は、即座に、リリアーナの男爵家からの除籍を決めた。そのため彼女は、本日をもって平民となる。つまり貴族の子弟が学ぶ、シュリュッセル貴族学園からも退学することになるな」
「え?!」
「彼女には、公爵令嬢であるミリアを始め、その学友になる侯爵家、伯爵家、子爵家の令嬢方に対して、虚偽の噂を広めた名誉棄損の罪があるようだ。もちろん第二王子であるそなたを惑わし騙した詐欺の罪もあるのかもしれない。ただこれは、そなたが騙されたかったのだろうから、罪には問えないだろうな」
「そ、そんな馬鹿な!」
「リチャード、人の上に立つ身分を与えられた人間は公平に双方の言い分を聞き、客観的な目を持って場を判断する必要がある。こんなことは教育係から耳にタコができるくらい聞いているであろう。リリアーナが、ミリアが言ったと主張している発言の事実はどこにもなかった。たぶん、コンプレックスまみれの彼女の頭の中にだけ、酷く詰られたという架空の会話が存在していたのだろう」
「違います! ミリアは酷い言葉で……」
「まて、最後まで聞きなさい。本人が学園の食堂で言われたと言い張っていた此度の騒動の元になった言葉を伝えておこう。その場を見ていた第三者、ラドン伯爵子息やサクラム伯爵令嬢からもすでに証言を得ている。どうもミリアの友人であるセリーナ、あのしっかり者のスティングレー侯爵令嬢に注意を受けたようだ。ここに書いてある」
国王はそばの机に乗せてあった報告書を手に持ち、自ら息子に言い聞かせるように読んだ。
「『リチャード殿下には婚約者がいらっしゃるのだから、今日のように人前で殿下の身体にべたべた触るのは、あなたの品位が疑われるだけではなく、殿下の御ためにもなりません。少しお控えになった方がよろしいのでは?』これだけだ。私としては、もっともな意見だと思えるがな」
「それだけ? リリアーナは何人もに囲まれて、寄ってたかって辱めを受けたと……」
「そんな事実はどこにもない」
呆然としている息子を見て、甘い親心が疼きそうになったが、ここまで事が大きくなってしまったのは、事前に臣下に相談もせず、リチャードが独断で婚約破棄をしてしまったからだ。
その上、これから国の中枢を任せることになる貴族の子息、令嬢の面々に、婚約破棄の決定的な現場を見られていては、なかったことにしてうやむやに済ますことはできない。
国王がこの騒動をどのように収拾するのかを、貴族全員が注視している。
下手な手を打つと、これからの国政運営にも関わってくるのだ。
ケンダル国王は苦悶の形相を浮かべ、息子に沙汰を告げた。
「リチャード・セカンド・エマニエル・マルベラン、そなたを本日をもって王族籍から除籍する。名をリチャード・エマニエル・カントと改め、一代限りのカント騎士爵位を与える。今後、北方の領土を守る第五騎士団に所属し、国のために働くよう期待する」
「………………………………」
「リリアーナと釣り合いのとれる地位を与えた。二人で力を合わせ、元気に暮らせよ。ん? どうした、リチャード? 聞こえているのか?」
「は……ちゅ、忠誠を持って……役目を、お受けいたします……」
ふらりと立ち上がったリチャードの顔は、これ以上ないくらい蒼白になっていた。