父との面談
薄暗い執務室には、父が愛用しているコロンの香りが漂っていた。
ミリアは、父親に目で促されて、来客用のソファに腰を下ろした。
「今朝早くに、マール大公から急ぎの手紙が届いた」
目の前に手紙を出されたので、読めということだろう。
ミリアが時候の挨拶を斜め読みして、肝心の本文に入ると、読み進むミリアの意識に同調するかのように、父親が再び口を開いた。
「『リチャード殿下との婚約破棄について相談することがある』と書いてあったが、いったいどういう意味だ?」
ミリアが、大公が訪ねてくるという日時を目にした後で顔を上げると、父親のいぶかし気な目とかち合った。
「昨夜は、お父様たちがもう休まれていたので報告が遅れましたが、卒業パーティーの場で、リチャード殿下に自分との婚約を破棄してくれと頼まれました」
ミリアの言葉を聞いて、父親の目に力が入ったのがわかった。
「パーティーの場ということは、お前が婚約を破棄されたことが周知の事実になっているということだな」
「はい」
「ったく、あの小僧は何を血迷っているんだ!」
公爵は怒りを抑え込むように歯を食いしばると、ペンだこができているゴツゴツとした手をグッと握りしめた。
ミリアは父親の気持ちが落ち着くのを、黙ってじっと待っていた。
「何があった? 殿下が婚約を破棄しようと決めたということは、原因となる何かがあったということだろう」
「それが、私にもよくわからないんです。私が何かを言ったのでしょうか? どこかで、殿下が今お付き合いをされている方のご不興でもかったのでしょう」
「付き合いとは、あの尻軽な男爵令嬢のことか?」
「たぶん」
「はぁ~、そこまでのめり込んでおられたか……すまん、ミリア。父の見る目がないばかりに、お前に辛い人生を強いてしまうことになった」
「いえ、私もまさかここまで殿下がリリアーナの言うことを、何でもかんでも信じ込むようになるとは思ってもいませんでした。もう少し積極的に二人の間に割って入った方が良かったのかもしれません」
「ハッ、こういう男女の仲というものは、燃え上がっている時に傍のものが何を言っても効果がないものだよ。しかし殿下が、こうも立場をわきまえられぬ愚か者だったとはな。ふむ……ということは、大公閣下は突然の婚約破棄の後始末に来られるということだな」
「そのようですね。日を空けずに二日後にはいらっしゃると書いてあります。王宮でも噂が広がっているんでしょうね」
理不尽にも、一方的に婚約破棄を突き付けられた立場だというのに、いやに落ち着いているミリアの様子に、公爵も違和感を感じたようだ。
「ミリア、お前はこんな仕打ちを受けて、悔しくないのか?」
「申し訳ないことに、せいせいしているんです。お父様、同年代の夫は望めなくなりましたが、今度は、落ち着いた常識のある方をお願いします。歳を取っていても、再婚でもかまいません。家柄にも文句は言いません」
「落ち着いた常識人か。確かに、此度のことを省みるとそれが一番大切なことだったようだな。さぁ、朝食を食べに行こう。お前の相手のことは母様とも相談してみるよ」
「ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いします」
隣を歩いている娘の気丈な姿を見ていると、ペンデュラム公爵の胸にリチャードに対する怒りが再び蘇ってきた。
何も咎がないのに、これから愛娘は渦中に放り込まれることになる。
リチャードの今回の不躾な婚約破棄は、このペンデュラム公爵家に対する王家の総意なのか?
ふ、ケンダル陛下がどう出るか。
我が家をここまで馬鹿にするのであれば、目に物見せてくれるわ!