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婚約破棄

学園行事とはいえ、そこには貴族の子ども達が一堂に会していたため、第二王子の発した言葉は王都のすべての人たちが知るところとなった。



卒業パーティーの翌朝だったが、二回生のミリアにはまだ三学期の授業が残っていた。


あーぁ、今日はセリーナたちに根掘り葉掘り聞かれそう。


昨日は急な婚約破棄の話だったため、友達もミリアのことをそっとしておいてくれたが、昨夜一晩考える時間があったので、正義感の強いセリーナあたりはじりじりしてきているのではないだろうか。


公爵家の娘と第二王子の婚約破棄の話なんて、国の貴族たちにとっては一大スキャンダルだものね。



ミリアが、付き人のルタに朝の着付けをしてもらっていると、小間使いの女の子がペンデュラム公爵からの伝言を伝えに来た。


「失礼します、お嬢様。旦那様が、朝食の前に執務室に来るようにとおっしゃっています」


「……わかったわ。ありがと」


小間使いが去っていくと、腰のリボンを結び終えたルタがおずおずと口を開いた。


「ミリア様、昨夜のパーティーで、あのぅ……何か、あったんですか?」


「何かって?」


「馭者のベンが言ってましたけど、パーティー会場から出て来た人たちが口々に『ミリア様が気の毒だ』とかなんとか言ってらしたそうじゃないですか」


はぁ~

お父様の話って、やっぱりそのことよね。


心配してこちらの様子をうかがっているルタのために、ミリアは結んでいた口元を意識して上げた。


「リチャード殿下に、婚約破棄を申し渡されたの。それも、皆の前で」


「………………は……あ?!」


あっけにとられていたルタの顔が、だんだんと険しいものになっていく。


「あのクソ殿下! お花畑に一人で住んでればいいのに、よりにもよってうちのお嬢様を大勢の前でコケにするなんて!!」


「ぶっ、ルタ。その物言いは、さすがに不敬よ」


「あ、申し訳ございません。しかしながら、何ということですか! この五年間、婚約者として殿下を支えてきたお嬢様にそのような無体な仕打ちをされるとは、王家に連なる貴人のなさることとは……」


「ククッ、ありがとうルタ。フフフ……」


ここでミリアが笑い出すとは思ってもみなかったのだろう。ルタはちょっと戸惑った顔をした。


「ミリアお嬢様、落ち込んでおられないのですか?」


「それがねぇ、あんまり落ち込んでいないのよ。もちろん、皆の前で婚約破棄なんていうプライベートな話題を出されたのは、不愉快よ。しばらくは人前でどんな顔をしていいか考えるでしょうね。でも、なんか……せいせいしたって言ったらいいのかな? ずっとのっかっていた大きな重しが取り除かれたような、サッパリした気分なの」


「……そうなんですか。でも、これからどうするんですか? 16歳を過ぎて婚約者がいなくなるなんて……」


一時の興奮状態が過ぎて頭が冷えると、ルタは今後のことが気になってきたようだ。

確かに。

ミリアにとっても、そのことに関しては頭が痛い。


女性は、三回生の春から夏にかけて結婚することが多い。

つまり来年の春にはミリアの同級生のうち、半分の友人たちが学園を去ってしまう。夏休み前になって学園に残る女子生徒は、二割もいないかもしれない。


四回生になり、夏を迎えるこの時期に卒業していくのは、ほとんどが男性だ。

女性は地方に住む何らかの事情がある人と婚約しているか、結婚を諦めて王宮の侍女を志している人ぐらいしか、最後まで残らない。


そんな切羽詰まった事情もあるので、これからまた新たに候補者選びをして、顔合わせや交際をして、というわずらわしさを考えただけで、リチャードのことが別の意味で恋しくなってくる。


実際、伯爵家以上の上級貴族になると、生まれてくる前から相手が決められているという人もいるし、遅くても12歳になる頃にはほとんど全員に婚約者がいる。

ミリアと第二王子のリチャードが正式に婚約したのも、10歳の時だ。


貴族の結婚というのは家同士の結びつきという意味合いが強いので、たいていは家長同士の話し合いで婚約者が決められる。


最初の候補者選びの時には、どんな人なら我慢ができるかという、ひどく消極的な意見を、一応は聞かれる。

けれどそんな子どもの意見を取り入れ、候補者を3人ぐらいに絞り込んだ後に、家長同士の話合いに入ると、もう本人の好き嫌いなど斟酌(しんしゃく)されることはない。

後継ぎの嫡男であろうと、たくさんいる兄弟姉妹の末っ子のミソッカスであろうと、父親が決めてきた婚約を粛々(しゅくしゅく)と受け入れるというのが、貴族社会の常識だ。



もうお年寄りの再婚相手ぐらいしか残ってないでしょうね。


公爵家ともなれば、縁先を選ぶのにも気を遣う。

家格が釣り合う上級貴族の人数は少ない。その中でも結婚相手として年頃が合う人は、そういない。


ふふ、それを考えると、私の人生はもう終わっているって、噂されるのかしら。



ミリアは鏡に向かい、艶やかに結い上げられた栗色の髪を確認した。

金色がかっている薄茶色の目には、まだ輝きが残っている。うっすらとバラ色に紅潮している頬も、微笑みをたたえた小さな口元も、先のことを悲観しているようには見えない。


これからどうなるにせよ、もうリチャードのあのバカげた妄想に、作り笑顔で追随(ついずい)する必要はないんだわ。


今は幕間(まくあい)の自由な時間よ。


さあ、その一瞬一瞬を楽しみましょう!



ミリアは優雅にドアをくぐり、父親が待つ部屋へ歩いて行った。

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