苦労人
夕食の時、ミリアは学園のことを話題にした。
マイルズもシュリュッセル貴族学園の卒業生だと思っていたので、同じような経験を語り合えると思ったのだ。
けれど、マイルズは王都の貴族学園には通わなかったらしい。
子どもの頃は、身体の弱いお兄さんと一緒に、子爵領にある屋敷の方で家庭教師の指導を受けたと言われた。
「そうだったんですね。では、王都にはいつ出てこられたんですか?」
「あれは16の年だったかな? 兄が19歳、私が16歳の時に父が亡くなったんですよ。兄の教育はなんとか終わっていましたから、すぐに子爵位を継ぐことができました。でも私の方はまだ二年分の教科が手つかずだったんです。その頃、ちょうど南部災害が起きたんです」
「あの171年の大災害の年だったんですか。それはお兄様も大変でしたでしょう」
「ええ、父は何の前触れもなく突然倒れたものですから、引継ぎもできていませんでした。兄はまず領地経営の全体像を把握するだけで戸惑っていました。その上、あちこちから作物が不作だの全滅だのという知らせが舞い込み始めたんです。どれから手を付けていったらいいのか、わからない状態でした。兄にとっては、母親がうろたえずにしっかりしてくれていて、色々とアドバイスもしてくれたのが救いだったようです。あの頃は我が家の辛い時期でした」
ミリアもその時はもうリチャードの婚約者になっていたので、王宮の中がざわざわと不安な空気になっていったことをよく覚えている。
父親のペンデュラム公爵は宰相になったばかりの頃で、毎晩、遅くまで家に帰ってこなかった。
「穀類の収穫の望みがなくなって、領民たちも税を払うどころか、自分たちが生きていくのに精一杯でした。うちは農業を主軸に領地経営をしているものですから、そのあおりをもろに受けてしまったんです。家計がひどく苦しくなっているのに、私だけのために家庭教師を引き留めておくことに疑問を持ちましてね、王都の夜学の三回生に中途入学することにしたんです。総務局に知り合いがいたので紹介してもらって、昼間は雑務係の仕事をしました。いわゆる何でも屋です。夜学を卒業してからは、そのまま総務局に拾ってもらったので、子爵領にはもう五年、いや六年ぐらい帰っていません」
「まあ、ご苦労なさったんですね」
「いえ、いわれるほどの苦労はしていません。周りに助けられてきましたからね。この子爵邸もあまり使っていなかったもので、こっちに出てきてみたら雨漏りもしていて、壁なんかもボロボロだったんです。それをガルムが修理してくれて、タバサが掃除してくれて、やっと使えるようになりました。二人にはそんな恩もあったので、あなたがその……さっき、二人のことを尊重してくれたので、嬉しかったんです」
「そんなこと……」
まさかそんな風に思ってくださったとは……
両親が使用人たちに見せていた姿を、ミリアはそのままなぞっていたにすぎない。そんなに大層な考えがあったわけではないのだ。
けれどマイルズは、しっかりしている。
お父様がいつか言われていたけれど、苦労が人を育てたのかしら。
あのふわふわしたリチャードの考え方に慣れ親しんでいたミリアにとって、マイルズの話は対極にある世界の出来事のように感じていた。
世の中にはこんな人たちも住んでいたのね。
いえ、リチャードのようなお気楽な人たちの方が少数なのかもしれない。
食事の時にするには重い話だったけれど、目から鱗がポロポロと落ちたような気がするミリアだった。