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やってしまった。
顔を真っ赤にしながら、黙々と俺の書いた小説を読む鴨居さんを見ながら後悔が押し寄せる。
なんか、椅子ごとそっぽを向いて口を聞いてくれない。
途中で「ううぅ〜っっ」とか「ひぁっ」とか「ぬほっ」とか、奇声を発している。もちろん、それを止める術を俺は持っていない。
まあ、当たり前だ。
あの小説には、俺の恥ずかしい恋が赤裸々に語られているのだ。
それも、他でもない、鴨居桜に対する、である。
詰んだ。
詰みすぎて笑いすらこみ上げてくる。
初恋だった。
あの日、入部届を持って部室に入ってきた鴨居さんを見て俺は恋に落ちてしまったのだ。
これが恋に落ちるってことなのかと、妙に納得してしまったのを覚えている。
本当に、ストンと音が聞こえるほど、見事に俺は鴨居さんに落ちた。
と、そんないらんことまで書いてあった……気がする。
悠久とも思われる長い時間が流れ、鴨居桜がゆっくりと立ち上がる。
顔が火照っている。
そのまま、無言で原稿用紙を俺に突き出す。
「お、おう、サンキュ」
「……」
気まずい。空気が重い。
「良い天気だね」
「……」
曇りか。
「……」
なんか、目も合わせてくれない。
当たり前か。
俺だってこんなポエム読まされたらキモいもん。即刻距離置くもん。
終わった、俺の初恋。さよなら、俺の天使。
俺は天を仰いだ。
ああ、俺の心はさながらこの曇り空のようだ。今なら雨に濡れて帰れる。むしろ濡れて帰りたい。
そう思っていると、鴨居さんが口を開いた。
「潮のにほいが、私の影を辿って白菊に渡る時、オーストラリアの草原に先輩のかけらの一つを置いてきたなら、その貝殻を受け取る岡本太郎はマリモみたいですね」
「えっ?」
鴨居さんは、真っ直ぐに俺のことを見ていた。
どう言う意味?
そう聞こうとして、とっさに口をつぐむ。自分で考えなくちゃいけない、そんな気がした。
しばらくの沈黙。
「……失礼します」
耐え兼ねたようにガラガラと扉を開いて、鴨居さんは部室を飛び出していく。
「ちょ、鴨居さん!」
俺の声が聞こえていたのか聞こえていないのかは分からないが、振り向かずに鴨居さんは全力疾走で廊下を走り出す。
追いかけることもできず、その場に座り込んだ。
嫌われた、のか?
何も分からないまま、混乱する頭を抱える。
鴨居さんが残していったセリフは、今までのどんな言葉よりも意味不明だった。
っていうか岡本太郎って何だ。本当に風流なのか?
結局妄想の垂れ流しが一番面白いと思っています。(どうでもいい)