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「先輩、アンジェリーナの赤い瞳は先輩の心臓をい抜いたけれど、その胸の赤い紫吹が紅の花に例えられる頃、私は海になりたいです」
「……は?」
ここは、放課後文芸部の部室。涼やかな風が白いカーテンを巻き上げ、隙間から金色の光が木造の床に差し込んでいる。
上目遣いでチラチラと僕を伺いながら、恥ずかしそうに顔を赤らめているのは僕の一つ下の才女、鴨居桜だ。文芸部の後輩で頭脳明晰成績優秀、去年は新人賞に応募して金賞を取るという快挙を達成している。頼もしい副部長である。
彼女がすごいのは文才や成績だけではない。
肩にかかるほどに切りそろえられた美しい漆黒の髪、息を飲むほど透き通った瞳、神が懇切丁寧に作り上げたと言われて信じてしまうほどバランスの取れた輪郭……。
端的にいうと超絶美人だ。
噂だが、彼女が今までにフってきた男の数は軽く日本の人口を超えているという。
絶対噂だな。
さて、そんな彼女が今、物欲しそうな目で僕を見ている。
「……えっと、鴨居さん、それはどういう意味かな?」
そう問うと、彼女は切れ長の目蓋を細めて、呆れたようにため息をついた。
さっきまで赤ていた頬から、色がスッと引いていく。
なんか興醒めされた。
「本当にわからないんですか? 仮にも文章を書くことを目的としている部のそれも部長でありながら、先輩の読解能力のなさには私も脱帽です。もちろん皮肉ですが」
鴨居さんは急にむすっとし始める。
言い忘れていたが、この方、口が悪い。
ボキャブラリーが半端なく頭の回転が超絶早いから、タチ悪いくらい口喧嘩が強い。部長なのに、言い争って絶対勝てる気がしない。
ていうか、なんで俺にだけ口悪いんだ?
俺以外にはメタクソ愛想いいくせに。
「さっきの鴨居さんのセリフは、下手な漢文よりよほど難解だったと思うけどね」
ちょっと拗ねて言ってみる。
ふふふっ、と不敵に笑いながら鴨居桜は綺麗な黒髪をかきあげた。
「漢文なんて幼稚園児でも読めますよ」
嘘つけ。
「ちなみに私は二歳で東大の国語くらいなら満点を取れました」
嘘……だよね?
「言語は生まれて二週間で習得しました」
……なんか突っ込むの疲れた。
「はっきり言えるがその認識はおかしいぞ、絶対。少なくとも俺が幼稚園にいた時は平仮名すら読めなかった」
そういうと鴨居さんははっと息を飲んだ。
しばらくの沈黙の後、申し訳なさそうに僕から目を逸らす。それから低めのトーンでポツリと言う。
「……ま、まあ、落ち込むことはありません。人にはそれぞれ取り柄があります」
ん、なんで俺、可哀想な人をみる目で見られているんだ?
慰められるようなこと言った?
「いや、別に落ち込んでは……」
「大丈夫、元気出してください」
「だから、落ち込んで……」
「先輩にも長所は散見されますよ」
「……まあ、それはいいや。それはそうと鴨居さん、結局、さっきはなんて言おうとしていたの? できればもうちょっとわかりやすく言って欲しいんだけど」
鴨居さんはめちゃくちゃ文才がある。しかし、それゆえにセリフが風流すぎて、並みの人間である僕にとっては解釈がめっちゃ難しい。
彼女にレベルを落としてもらうのは申し訳ないが、致し方ない。
普段の鴨居さんなら口達者に僕を罵りながらも結局は優しく解説してくれる。
「そっ、それはですねえ……」
しかし、予想に反して急に鴨居さんの口調のキレが悪くなった。
心なしか、頬が赤い。