コマドリ。
カラララ
馬の駆けるような音。これがコマドリの鳴き声です。
夕食の虫を食べて満足していたコマドリは、眼下でひいひい言っているヘビを応援する歌を歌っていました。こんな良い天気に自殺する事はない。せめて捕食者に見付かるまで生きていなさいな。そんな歌です。
森で一番の高所を占めるコマドリは全てを見ています。粗暴なアライグマの所業。狡猾なキツネの立ち振舞。物好きなリスの趣向。生き汚いヘビの執念。妄想に囚われたクマの恐慌。
全く、ここはなんて素晴らしい楽園なんでしょう!
生きとし生けるもの全ての歓喜と怨嗟の歌声が満ちている。
ああ。生きている。
パララ
仲間も鳴いています。伴侶も鳴いています。友達も生きていれば鳴いたでしょう。もうすぐ子供も鳴くでしょう。
いつ死んでも。今死んでも。今日を生き残っても。明日を生きても。いつだって、私達は生きた。それは変わらない。
生きて死ぬ。生命のあらましを皆で仲良くなぞるだけ。でもその形はみんな違う。誰も彼も同じ形にはなれない。
カララ
私の鳴き声が、私の歌が、私だけのものであるように。いつかこの森に響く私達の子供の声も、新しい歌声。この世界を駆け抜ける新たな息吹き。
そうだ。今日は天気が良いから吊橋に行きましょう。あそこならヘビを視認しやすい。危険から遠ざかりやすい。
安全を確保しつつのお月見には持って来いです。
コマドリは吊橋に向かいます。