ヘビ。
ハックション!
池に飛び込み急激に体温の下がったヘビは、割とギリギリの状況でした。連日の雨のせいで外に出たくない気温だったというのに、リスを食べようと追いかけ始めたらこんな有り様に。
すぐに、すぐに体温を上げないと。こんな目立つ場所に居たら、キツネやタヌキに見付かってしまう。
生きたい。生き残りたい。ヘビは池に飛び込む直前から、ずっと強く思っていました。
ヘビは大幅に体温が下がり過ぎると、本当に動けなくなってしまいます。そして体温を自分で上げる事も出来ないので、現実的に大ピンチでした。
この池の周辺は日光の当たるポイントも多いので、そこまでたどり着ければ、日光浴で体温を上げて生き残れます。赤く輝く太陽も、まだ沈みきらず、待ってくれています。
じりじりとしたゆっくりな速度でヘビは移動します。体温が下がっているために、体が思うように動かないのです。
ですが根性です。思うように動かずとも、少しでも移動出来るなら、それで構いません。
生存率をわずかにでも上げる。そのためにヘビは命がけで日光までの数メートルを詰めました。
パアア
そしてその行動は報われました。何時間にも思えた数分で、体が太陽熱に触れ、全身がじんわりと温まり、なんとか運動に適した体温まで戻せました。
死ぬかと思いました。正直あの状態では、小鳥やネズミといった、普段自分が食料にしている動物につつかれても抵抗出来なかったでしょう。
今生きていられるのは、捕食者に見付からなかったから。それだけの理由です。
ヘビは気を取り直して、動くようになった体でエネルギーを補給します。リスとの追いかけっこで消費した分を取り戻さなければ。
幸い、池の周囲にはたくさんのカエルや虫が居ました。ヘビの飛び込みに驚いたはずですが、彼らはどこに逃げても絶対の安全圏などありません。ここでヘビに食べられるか、逃げた先で別の生き物に食べられるか。それ以外の選択肢は、あまりないのです。ですので、大勢で池の周りに居ました。これなら誰かが食べられている最中にヘビから遠ざかれば、他の捕食者には見付からず逃げられます。全く合理的な計算です。
そしてそれはヘビも同じ。十数個の卵から生まれた兄弟のうち、大きくなることが出来たのはこの一匹を入れてわずか数体。成長段階でいくつかは鳥に、いくつかはタヌキに、いくつかは他の動物に食べられ、やはり生き残ったのは運が良かった個体です。
ヘビは自身の強靭な肉体を過信していません。今現在の成体の状態でなお、ネコ以上の身体能力さえあれば、刈り取るのはさほど難しい業でもないのです。
それほどに爪を持った肉食獣は強く、生きるのは難しいのです。
パラララ
コマドリの鳴き声がヘビを笑うように響きます。もちろんあちらに悪意などはなく、必死な己の脆弱さがそう思わせただけ。
鳥の卵は美味しいのですが、成鳥は待ち伏せでもしなければ捕まえられません。あのコマドリを狙うのはなしです。
そしてヘビは自分の巣へと帰ります。今度はリスに邪魔されないよう祈りながら、木の上に。最も天敵が少なく食料の多い場所に。
そうですね。吊橋の近くなら、目立って鳥に見付かりやすいから、リスも来ないでしょう。あそこで眠りましょう。
また明日も生きられますように。