リス。
働き者め。
見下ろす視界の中、キツネは相も変わらず不可思議な行動を取っている。弱きを生かし、強きを殺す。明らかに自然の摂理に則っていない。
まあ・・・お互い様か。
リスはその手に載せたドングリをもてあそびながら、木から木へと枝伝いに移動。雨に濡れた枝葉も、昼の太陽光で急激に乾こうとしていました。しかしいかなる路面でも、リスは滑りません。その手は木登り上手の手ですから。
水滴を帯びた森は輝き、リスの体表への反射光を覆いつくし、小さき獣を守ってくれます。
だから、リスはそれが嫌いでした。
まるで、生まれた時から死んでいるようで。
今日の遊び相手を発見したのは、それからすぐの事。相手は木の枝でぐっすり眠りこけているヘビです。リスはそのヘビの上方を陣取り、ドングリを落としました。
コツン
狙い違わず、ドングリはヘビのおでこに命中。ヘビはゆっくりと頭をもたげ、周囲をキョロキョロ見回します。
チチチッ
まだこちらを発見していないヘビに挑発の声を浴びせて、一目散に逃げます。ヘビは樹上地上を問わず追跡可能。低い体勢のまま獲物まで接近できる狩猟者特性と、強靭な筋肉の戦士特性、その両方を持つ優秀なファイターです。その移動速度はキツネなどに比べれば遅いものですが、リスにとっては十分な脅威です。
シャッ
しかも移動中の音がほとんど立たない。リスも食べられる寸前で躱しましたが、これで奇襲されるとおよそ回避手段は無いと言い切って良いでしょう。
キイイイイ
躱しざま両足の爪を木の幹に引っ掛け落下降下。減速しつつヘビより速く着地。
その場に留まってヘビとやり合うのは不可能。圧倒的に筋力が違いすぎ、向かい合っての接近戦では絶対に勝てません。
ですのでリスは逃げ惑います。
トトトト
これでも一生懸命走っているのですが、あまりに可愛らしい足音です。四足フル稼働でも、走行速度はネコ科のそれに遠く及ばず、ヘビが木から降り次第捕まるのは想像に難くありません。
だからリスは一生懸命走って、一生懸命生き残ります。
ヘビが木から降りたタイミングを推測し、また近くの木に登り。またヘビに接近されたら降り、加速。その繰り返しで、2匹は池の近くに来ていました。
ハアッ、ハアッ
リスの呼吸は荒く、運動限界も近付き、そろそろ逃げるのも終わりです。
シュウウ
ヘビの方もそれなりにカロリーを消費、今度こそこの獲物を捕まえないと、ちょっとピンチです。
ガリ
リスはまたも木から飛び移ろうとしましたが、その前方に木はありません。その先は池。木の枝に両手の爪を立て、リスはとうとう足を止めました。
オオッ!
その瞬間、ヘビは音もなく噛み付きかかり。
グンッ!!
蹴り飛ばされました。
リスは両の手を支点に、後方から飛び来るヘビの下顎を足の爪で引っ掛け、前方に一回転。投げ飛ばしたのです。ヘビ自身の突進の勢いを利すれば、この程度は造作もありません。それに噛み付きのタイミングは何度も経験しました。
ジャポン
小さな音を立てて、ヘビは池に飛び込みました。木の枝に引っかかっていたいくつかのドングリも、戦いの振動で一緒に飛び込みました。
その後、ゆっくりと陸に戻るヘビの姿を見ながら、リスは笑っていました。またな、と。
全く、ヘビにははた迷惑な話ですが、リスは良い運動が出来て、大満足です。
またいつか、ヘビの食欲が湧いた頃やろう。リスさんには反省という言葉はありませんでした。
なぜって、反省なんてしている暇はありません。生きていられる時間には、限りがあるのですから。
リスは家族と離れ、単独生活を行っています。他の家族が上手くやっているか、それとも既に食われたか。それは分かりません。そろそろ伴侶も欲しいところですが、さていつになることやら。
その時まで生きていたいけど、今日にでもヘビや鳥に狙われたなら、それでゲームオーバー。基本的にリスが対抗出来るものではありません。
そう。狙われた時点で死を意味します。だから普通、身を隠し、逃げ、こそこそするものです。それが正当で正解で当然なんです。
ですがリスはその野生の掟に、つばを吐きました。
知ったこっちゃねえ、と叩き付けました。
おそらくこのリスは本能が壊れた、間違った個体です。DNA異常を起こしているのでしょう。
でも。
なんだか、楽しそうです。
付き合わされるヘビは、可哀想ですけどね。




