キツネ。
コンコーン
鳴き声が森を浸透します。しかし、その声は鳥の羽音ほども響き渡りません。なぜなら、森は深く広いのです。
ですが周囲の小鳥や小動物は逃げ去りました。
鳴き声の主は、キツネ。この森における食物連鎖第2位の実力者なのですから。
昼間の空は雨上がりの虹。まるで天に突き立つ牙のようです。
コン
少し笑って、キツネは朝の光景を思い出していました。
あのタヌキ(アライグマ)。活きが良かった。他の奴に手を出して殺されるか、それとももっと活躍するか。
キツネは楽しみを増やしました。この森は一人で暮らすには少々広い。
両親を人間の罠で失っているキツネは、仲間を歓迎します。
この森で生き死ぬ者を。
ザ
おっと。キツネの視線の先には小さな野ウサギ。昼の太陽の下で出会うのは珍しい生き物です。
よく見れば、ウサギはこちらを見ているのに走って逃げません。ゆっくり足を引きずりながら逃げています。
キツネはそちらには向かわず、ウサギと離れるように移動しました。
キツネは池で水でも飲もうと考えていたのですが、ウサギに会って進路変更。森の広場に向かいました。
森の広場とは文字通り、森林の中央に自然発生した広場です。多数の木が寄せ集まって成長してしまったために、結果どの木も成長しきれず、低木林の集合体になった場所です。
ここは森の穴場です。なぜなら。
パクッ
うろうろしていたネズミをくわえて、にっこり笑顔。
ここは死角が多く、昼間でもあらゆる動物や虫が活動しています。それは草食獣だったり鳥だったり、それらを狙う肉食獣だったり。木の根っこが露出している地形上、障害物を利用して逃げる事も、それを用いて追い詰める事も、どちらも出来ます。
一口でネズミをごくりと飲み込み、キツネはやはりあのタヌキを見逃して良かったな、と自己満足に浸りました。
あの無鉄砲な生き物は、おそらくこの森中を騒がせる。そして騒がしい世界で、キツネのエサとなる小動物らはこぞってこの広場に逃げ込む。
あのウサギを見逃したのは、また別の理由ですが。
チチッ
おっと。キツネは樹上のリスを第一声で正確に視認しました。ですが、キツネの跳躍力では届きません。
もちろん、あのリスはそれを知っていて、こちらをからかうのです。
キツネはざわりとした心を抑えながら、リスから離れます。
あのリスが居ると平常心を保てない。それはキツネにとって恥辱に他なりませんでした。
食物と同レベルの生き物相手に、心動かされるなどと。
気を取り直して、キツネは川へ。今度こそ水を飲みます。
タン
軽く速い足音。川幅1メートルほどの小川で水を飲んでいたキツネの鋭敏な聴覚は、それを捉えました。
おそらく体重2キロ以下。自分より小さな生き物なのにおそろしく速い、この瞬発力。
ゴオッ!
キツネは本気で走り、ターゲットが隠れ蓑にしていた藪を飛び越え、最速で噛み付きました。
獲物は野ウサギ。さっき見たのと同じ種類です。あれより若く強い個体でした。
がぶり、とキツネはウサギを美味しく頂きました。今日は思わぬごちそうです。普通、いくらキツネが優秀なハンターだといえ、こんなにほいほい獲れるものではありません。やはりあのタヌキが追い込んでいるのでしょう。
そしてキツネは、素早く動ける優秀な個体を殺し、遅く鈍い個体を生かしました。わざと。
これはキツネの戦略です。いつでも狩れる食料を生かし増やし、手強く狩りにくい個体を絶滅させる。さすれば子孫の時代には、誰も飢える事のない、素晴らしい世界が待っている。
気の長い話です。いったい、どれだけの時間がかかるのか。
しかしキツネにとっては素晴らしいアイデアであり、楽しい趣味です。協力してくれる、タヌキも居る事ですし。
幸か不幸か、この森には人間も来なくなった。およそ地上最強種である人類が寄り付かない。理由は分かりませんが、これもキツネがこの森を根城にしている理由の一つです。
いつか好機が訪れたなら、クマを蹴散らし追い落とし、この森の覇者となる。
そして他の群れ、他の個体。よそのキツネがいつか渡って来たら。
ここはきっとキツネの楽園になる。
そのためにこの森を管理しなくては。
キツネは今日もコンコン頑張っています。