表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

アライグマ。

 しとしと。葉っぱを伝う雨粒あまつぶが落ち葉につもって、大地をどろんこにします。


 何日もり続いた雨で、みんなの通る道までも小さな川になっています。


 そんな肌寒はだざむい朝。一匹のアライグマが姿を現しました。普段ならまだ眠っている時間です。


 その理由はアライグマの姿を見れば一目瞭然いちもくりょうぜん。泥まみれです。


 彼の巣は連日の雨で浸水しんすいしてしまい、眠ってもおられず、眠い目をこすってエサを探しにきたのです。


 しかし雨の影響で、虫もネズミも姿を見せません。


 このまま食べ物を得られなければ、下がった体温を上げられず、アライグマは死をまぬがれません。


「・・・」


 次、目にしたものをおそう。それがクマだろうがオオカミだろうが、やらなければ、死ぬ。


 アライグマは決意を固めました。


 次目に入ったものを食う。そして生きる。


 己を動かす熱い血潮ちしおをそのまま、生き続けるために振りしぼり、この窮地きゅうちをしのぐ。


ガサ


 この雨天の中で葉っぱのこすれる音。アライグマのように小川と化した道を歩いて足音を消す工夫をしない。絶対強者、食物連鎖の頂点の歩き方。


 ・・・食いでが、ある。


 全身を緊張させ、筋肉に全力運動の予兆を走らせ、アライグマは敵の正確な位置を探ります。急所狙い、一点集中。


 それがクマでもオオカミでも、頸動脈けいどうみゃくを抑えれば、勝てる!


 己の命を賭けて、相手の命を食らう。


 アライグマは純真で純粋な、野生動物でした。


ガサリ


 微動びどうだにせず気配を消したアライグマの眼前に姿を見せたのは、アライグマより大きな動物。キツネでした。伸びやかな体躯たいくはそれに見合った瞬発力と持久力を持たせた、優秀なハンター。しかもその大きさは、アライグマより一回り上。つまり、勝てる相手ではありません。


ジャアッ!!


 ですがアライグマはキツネの首元が見えた瞬間に飛び出しました。勝てる勝てないではなく。殺さなければ、生きれない。


 ぬかるみをね飛ばし、やわな大地を力強くり飛ばし、アライグマは飛びかかり、キツネの首を狙いました。


コン


 笑った?アライグマの聴覚ちょうかくには、そうとしか聞き取れません。


 そして気が付いた時には、アライグマは地べたにいつくばっていました。


ガウ・・・


 うなり声を上げて威嚇いかくしながら、態勢を整える時間を稼ぎます。しかしキツネはその間に悠々(ゆうゆう)と起き上がり、堂々と立ち去っていきました。


 あの瞬間。首元に一直線に向かってきたアライグマをその寸前で察知さっちしたキツネは、即座にけられぬと判断、自分の体勢をくずしながらわざと転ぶ事によりみ付きを避けつつ、寝転ねころんだ姿勢を取った事でり足のリーチを確保、そのままアライグマを蹴り飛ばし、なんを逃れました。


 アライグマのダメージは打撲だぼく傷。全治3時間といったところでしょうか。


 1メートルほど蹴っ飛ばされたのですが、落下地点は落ち葉の積もった柔らかな土面。それが幸いして、必要以上のダメージは負わずにすみました。


 しかし。なぜ自分は殺されなかった?アライグマは心の奥底からき上がる疑問に答えられず、姿を消したキツネをいぶかりました。


 ヘンな生き物。そう結論付けました。


 そしていよいよ腹もったので、川で魚でもるかあ、と。気分転換きぶんてんかんがてらそう思い、川に向かいました。


 この一帯いったいには大きな川が一つ。小さな川が何十もあります。大きなのは川幅かわはば20メートルもありましょうか。逆に小さなのは、せまい所で30センチだったり15センチだったり。大きな川は流れも速く危険ですが、小さな川はアライグマにとっても良い水飲み場です。


 そして川辺かわべにはたいてい、獲物えものが居ます。たいていの生物はアライグマと同じく水を求めているので、水飲み場はオアシスであり戦場でもあります。ヒグマがさけるように、アライグマは小魚を狙います。


 寒い朝でしたが、お魚さんは元気に泳いでいました。アライグマも元気にり取ります。小魚さんを朝食に平らげ、少しはお腹も落ち着きました。


 次は木に登って虫でもとりましょうか。アライグマはずんぐりむっくりした体型で、オオカミやキツネと追いかけっこをしては絶対に勝てません。ですがその代わり、ネコのように木登りが上手なのです。文字通りアライ「グマ」。クマさんも木登りが出来ますものね。


 なので野生下におけるアライグマの生存率はおそろしいほど高く、個体戦力のみが種の勝利条件を決定付けるわけではないという証左しょうさでありましょう。ずんぐりむっくりの体躯たいくとはつまり、無駄むだな表面積を削り体温調節機能の最適化をはかった肉体。省エネに成功した体でさらに雑食性という超環境適応能力。


 正面から戦えば飼い犬にも勝てない。けれど生き残るのは、アライグマ。


 しかしそれをまえると。ここに不思議ふしぎな個体がありますね。キツネと正面きって戦おうという、おろかなアライグマが。


 彼も生まれた時からこうだったわけではありません。生まれ落ちた森林は食べ物も豊か。両親ともに生存。兄弟たちも元気。恵まれすぎたほどの環境で生まれ育ち、そして別れました。山火事に出会ったのです。そうして生まれた住み家を離れたアライグマは、一人でこの森にたどり着きました。家族とははなばなれになりましたが、健康状態は良好。ベストの結果です。


 そしてれから離れた彼は、選択しなければなりませんでした。今までとは違う生き方を。


 一人ぼっちらしく、こそこそ隠れるか。それとも。


 孤独な王者を気取るか。


 アライグマには資質がありました。


 芋虫いもむし、羽虫、小鳥にネズミ。それらをむさぼりながら一人で見る夢がありました。


 この森で伴侶はんりょを得て暮らす。


 ちっぽけな夢です。夢というほどの事ですらありません。


 ですが家族を失ったアライグマにとっては、二度ともどらぬ世界を取り戻すくらいには、重大な事でした。


 ゆえにこの森を支配する。少なくとも、一定以上の勢力圏は確保しなければ、延々(えんえん)逃げまどう羽目になります。それでは伴侶を得たとしても、子育てなど夢のまた夢。


 夢をかなえるために、夢を実現するために。


 アライグマは、この森の王者を目指すのです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ