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〜 鐘が鳴る 〜 第一部 第八話

 ☆第八話


 ◆白馬の王子様は!? 縄使いと双剣がお上手?


 アウラの眦に溜まりに溜まった涙が溢れ出した。

「ふぇん……チッチ! なぜ? ここに」

「助けに来たって言ったろ?」

 チッチは、腰に帯びている山鉈でアウラを戒めている縄を切り自由にした。

「ふぇ……チッチ……えぐ……怖かったんですよ」

「泣いてる暇はないかなぁ」


 アウラたちを囲んでいた近くの傭兵は、スレイプニルに蹴飛ばされた者たちと運悪くチッチが放り出され際に巻き込まれた者は地面に倒れて蠢いている。

 幸か不幸かアウラの近くにいた傭兵たちを、チッチが捲き込み吹き飛ばしたせいでアウラと傭兵たちとの距離は開いていた。

 チッチたちも体制を立て直すには丁度いい。

 傭兵の数は地面に倒れている人数を合わせて、ざっと一小隊、人数にして約三十人といったところだ。

 傭兵たちも想定外の乱入者に戸惑っていたが、武器を取り体制を整え始めている。

 首に複数下げられた短身のマスケット銃には既に弾と火薬が込められているはずだ。

 チッチがアウラの傍まで来るとスレイプニルの背中へと押し上げた。

「うん! 重いなぁ――。アウラ、自分でもよじ登って」

「お! 重いですかぁ……失礼です。レディに向って重いだなんて……例え、重くても言っちゃだめです……」

 アウラが口を尖らせ頬を膨らませた。

「ごめん。言葉の(あや)だ。だぶん」

「ちょ! ちょっと! チッチどこ触ってるんですか! それに言葉の使い方が違います」

「触ってない。お尻を押して押し上げてるんだけど」

「あっ! チッチ上見ないでぇ!」

「縞々――、ごぷっ……」

 アウラの革ブーツの裏がチッチの顔面を捉えた。

「見るなって言ったでしょ!」

「痛いなぁ、蹴らなくても……丈の短いスカート履いてくるから……」

「だって……チッチと放牧に来ると思って……朝早くからお洒落して、お弁当だって頑張って作ったのに……」

 アウラは鈴の音が消えゆくような小声で呟いた。

「何か言ったぁ?」

「べ、べべ別に何も……ふん!」

「早く乗れ小娘。特別に我の鬣を掴む事を許す。小僧も早く乗れ」

「俺はいいや。それよりプラム……あのボンクラ犬を銜えて逃げてくれ、羊たちは俺が何とかするから」

「ウォン」

 プラムは抗議の鳴き声を上げた。

「……犬ころを銜えるのは如何ともしがたいが、この際仕方ない」

「チッチ! あなた……また囮になるて言うんじゃ――」

「囮になるつもりはない」

「足止めにするつもり? なの? あなたのお母様がそうされたように」

「スレイプニルがいる限り、足止めになる必要もない。そいつはどんな奴より速く走る事が出来る神馬だから。追いつける者がいるとすれば風狼くらいのものさ」

 チッチが何時ものようにやわらかい微笑みを向けていた。

 チッチの微笑みがゆっくりと溶け、鋭い眼差しへと変わっていった。

 既に解かれ右眼に巻かれていた包帯はなかった。

 閉じられていた右眼が開かれていく。

 ゆっくりと開かれた右眼に血を求めているかのように赤い爬虫類のような縦長の瞳が窄まった。

 チッチが両腕を腰に回すと山鉈程もある刃物を抜いた。

 短剣と言うには、余りにも刀身は分厚く滑稽で、ナイフと称するには余りにも大きく長い刃渡りを持っている山鉈と言うには切っ先は鋭く反れ上がっていて、肉厚のある刀身を鋭利に研ぎ澄まし刃が鈍い光を放っていた。

 背には、ノコ刃のような細かい刃が付けられ、刀身には重量を抑える為か、身離れを良くする為か長い楕円の穴が一筋空けられていた。

 握り手には、指を守る為のガードがあり人差し指を通す空間だけ別になっている。

 ガードの形状も波状になっていた。

 アウラには刀身に使われた素材に見覚えがあった。

 北の神殿でチッチの封印を解いた時、全身を覆っていたドラゴンの水晶群のような鱗。

 封印を戻したソルシエールが、抜け落ちていた鱗をチッチに渡していた事を覚えている。

 恐らくはドラゴンの循鱗が生み出した鱗を削り出して拵えた物だと推測できた。

 何時もは無用な戦いを避け、逃げる事を選ぶチッチが戦うつもりなのだ。

 チッチたちが登場した時に吹き飛ばし戦闘不能になっている傭兵は全体の約三分の一。

 それでも騎士でも軍の兵士でもないチッチが循鱗の封印も解かず戦うには多過ぎる人数だ。

 何時ぞや、謎の組織に捉われ助け出された時の方が、敵の人数は多かったとはいえ、組織の殆どが非戦闘員で尚且つ循鱗の封印を解いてまで逃げる事を選んだチッチが怒っている。

 それも本気で……。

「囮も足止めも必要無いなら、チッチも早く乗ってぇ」

 アウラは叫び、チッチを促した。

「それはできない。あいつらはアウラを縛り上げた! これが許せるか?」

「?……チッチ」

「しかも俺より縄裁きが上手いじゃないか! 俺はアウラに縛られた事はあっても、まだアウラを縛っ――、……痛っ」

 からん、からん、からん♪ と鐘の音色が三回響き渡った。

「ふ、ふざけた事言ってないでやるなら、さっさとやっけなさい! あんな三流傭兵なんて!」

「言われなくても倒すさ。アウラを縛っ……泣かした奴は許さない」

「じ、じゃぁ……封印解放しなくちゃね……チッチ、こっちに来てください」

「必要無い。これだけで十分だ」

 チッチがナイフを腰に一時納めると向き直り、碧眼の眼光と異形の赤い眼を傭兵たちに向けた。

 銃や槍を持った傭兵が一歩近付こうとした時、鋭い異形の眼光に気押され押し戻された。

「行ってくれ」

 チッチがスレイプニルに声を掛け促した。

 スレイプニルは、前の四脚を天高く上げると滑らかに空気を滑るように駆け出し瞬きをする間に天空へと駆け上がって行った。

「何をしている!」

 頭の一括で百戦錬磨の傭兵たちは士気を戻し迅速に陣を立て直した。


 首に下げられていた短身のマスケット銃の銃口から火花が迸り煙を噴き出した。

 チッチは、銃口から飛び出した弾をまるで呼吸するに等しいと言うように弾道から容易に身を外す。

 相手は百戦錬磨の傭兵。

 素早く隊を入れ替え銃を構えた。

 敵の気配を探る事はチッチの十八番(オハコ)

 傭兵たちの動きを読み、あっという間に間合いを詰めた。

 相手の懐に飛び込んでしまえば、同仕打ちを恐れ弓や銃は使えない。

 陣に近付いたチッチに向い長い槍が突き出される。

 チッチの異形の右眼は難なく切っ先を見切りその柄を掴み、そのまま囲みに来た後ろの傭兵にその刃を突き立てた。

 槍を突き立てられた傭兵が倒れる際、突き立てた柄をチッチが掴み、引き抜くと槍の柄を叩き折り、最初に槍を突き立てた傭兵に矛先を突き立てる。

 懐に潜り込まれた傭兵たちは、それぞれが得意とする得物を抜き、チッチに切り掛る。

 チッチは、それぞれの切っ先を見切り舞うように姿勢を低くすると片足を軸に、くるりと水面蹴りをお見舞いしバランスを崩した傭兵は味方の持つ得物の刃にその身を裂かれた。

 チッチの双剣は腰に収められたまま、一度も振られていないのに小隊の半分程の人数が戦闘不能に陥っている。

「なんだ……何者だ! このガキは化け物めぇぇぇ」

 チッチの両腕が腰へと回りガードの付いた双剣の握り手を掴んだ。

 紫電一閃。

 残りの傭兵たちの間を風が吹き抜けた。

 風の後には切り倒された傭兵たちが、血しぶきを上げながら次々地面に倒れ伏した。

 地面には土の色が混じった赤い血が流れ広がった。

 あたかも野に用意されていた赤い絨毯の敷かれたダンスホールのように土色は一面、血の赤へと変わっていった。


 上空ではスレイプニルの背に乗ったアウラが絶句していた。

「あの小僧。なかなかやるもんだ。流石はドラゴンの循鱗を宿し、人のまま生きているだけの事はある」

 スレイプニルの言葉の後、アウラは失っていた声を絞り出した。

「お、降ろしてください。出来ればチッチの傍に……」

 アウラの脳裏にグリンベルの悪魔を自称したチッチの言葉が蘇った。

「まだ動ける傭兵は残っているぞ」

「はい……分かってます」

 アウラは短く答えた。

 スレイプニルが地面に降り立つとアウラは暫くチッチに近付く事が出来なかった。

 チッチはまだ残りの傭兵と対峙している。


 ――止めたい。チッチを止めたい。こんなの嫌だ。


 アウラは、小さな胸の膨らみの前に両手を組んで紫水晶の瞳を潤ませた。

 無数の場鉄の音が近付いて来る音が聞こえて来る。


 その音の主が、この場に着いた頃、傭兵たちは全滅していた。

「これは驚いたね。彼がこれ程までとは……循鱗の恩恵が大きいのかも知れないが、恐れ入る」

 アウラの耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。

「ランディー様……」

「アウラ! 大丈夫? ……これ……チッチがやったの?」

 ランディーの背後から、戦いの後を眼にしたロザリアは自分の眼を疑った。

 名も無き赤の騎士団隊長を務める高名な騎士の兄なら可能かも知れない、クラスメイトで山羊飼いの少年が、傭兵の小隊を全滅させられるなどとは、露程も考えられなかった。


「……」

 アウラは、血溜まりを気にした風もなくチッチの方に向かった。

 紫水晶に瞳は、返り血を浴び真っ赤に染まったチッチの姿を映し出している。

 チッチが何時ものように微笑をアウラに向けた。

 アウラは何も言わずチッチを抱き締めた。

 紫水晶の瞳から溢れた涙は、頬を伝い途切れる事無く血溜まりへと落ちていった。


 To Be Continued

最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございます。<(_ _)>


次回をお楽しみに!

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