〜 鐘が鳴る 〜 第一部 第五話
☆第五話
◆ジェラシーなんかじゃないもん!
アウラは、学園の分厚い石積みの外壁のアーチを抜けて二十頭程の羊を追って広がる広野の方へと群れを向けた。
牧草の良く茂る小高い山の麓までは昼前には着ける。
アウラは頬を時折、膨らませ足元の石ころを蹴飛ばしながら歩いていた。
ころころと小気味良い音色を細かい間合いで奏でながら羊たちは小走りに歩みを進める。
「ウォン」
群れの足が速まるとプラムが群れの前に躍り出て群れの動きを調整している。
羊の群れが足を落とすとプラムは、主人の下へと戻り、傍を歩き出す。
「クゥゥン?」
羊を追っていた時、プラムのいきり立っていた三角の耳がへこたれ、我が主を小首を傾げ心配そうに覗き込んでいる。
当の御主人様ときたら、何だか御機嫌斜めのようで上の空だ。
アウラの足下に戻ったプラムが心配そうに見上げていた。
「ウォン……クゥゥン」
プラムの鳴き声でアウラは、はっと顔を上げた。
「どうしたの? プラム」
「クゥゥン」
プラムの鳴き声でアウラは察した。
「ごめんね。心配してくれてるんだね」
「ウォン」
アウラは、気を取り直し節くれた杖に括りつけられた鐘をからん♪ と響かせプラムに命令を下した。
「プラム!」
「ウォン」
プラムがその命、確かに受け取ったと一鳴きすると羊たちの群れに吠え掛り足を早めた。
山の麓に向かう街道沿いの川には、この辺りの領主が保有する水車小屋が見える。
もうすぐ小麦の収穫が始まるので、それに向けて水車小屋を念入りに点検をしている人影が見えた。
水車小屋の脇を通り掛かった時、点検をしていた十代半ばの少年が粉まみれのいでたちでアウラに声を掛けた。
「羊たちを山の裾野まで追って行くのか?」
「あっ、はい。あの辺りは良い草が生えてますから」
「確かにあの辺りには良い草が生えているけど、それは誰も近寄らないからだよ」
「それは、羊飼いたちが牧草を育て柵の中で牧羊をするようになったから、わざわざ小さな山裾の牧草が生える場所まで羊を追っていかなくても事足ります。でも、自然ばえの牧草はやっぱり栄養価が高いですから羊の毛並みも良くなります」
「それもあるけど、あの山裾の街道は王都に入る商隊もよく利用するから、それを狙う山賊や戦に焙れた傭兵たちがその商隊を襲うんだ」
「でも、この辺は王都に隣接してますし警備もしっかりしているんじゃないのですか?」
「それが最近は、魔物が増えたせいで騎士不足って話でさ。魔物の討伐に手一杯でその他の警備に手が回らないそうだ」
少年が粉だらけの頭を掻きいた。
「でも、王都には王政府直属の騎士隊が常駐してますから山賊や傭兵の討伐に来たりしないのですか?」
「王政府直属の騎士たちは王様を守る事が第一の任務だから、無暗に王都を離れる事は出来ないんだよ。その他の有能な騎士隊は魔物対策に出ているし、その被害も半端じゃないとか聞いてる。かと言って並の兵隊じゃ戦慣れした傭兵や地の利を上手く利用して巧みに戦う山賊にも敵わないんだ。人的被害が増えるだけに留まらず最新の武器も奪われお手上げ状態なわけさ」
少年がそう言い水車小屋に入ろうとして、アウラに言った。
「まぁ、羊飼いは魔除けや妙な術を使うって言うからなぁ……でも相手は人だよ? 魔除け何んか役に立たないさ。仮に魔物を倒せるだけの破魔の法があったとしてもあんたに人が殺せるかい? 悪い事は言わないから引き返したほうがいい」
アウラは一瞬躊躇ったが、今度のレースは何が何でも勝たなければならない事情がある。
アウラは気丈に振舞った。
「大丈夫です。殺すなんて事は私にはできません。仮にその力を持っていたとしても……でも、人除けの祈りの法もあります……おまじない程度ですが」
少年は肩を竦めると水車小屋の中に入って行った。
アウラは遠ざかった羊の群れを追い掛け山の麓えと向って走り出した。
アウラと羊たちが小高い山の裾野に、こじんまりと広がっている牧草地に着いたのは、まだ陽が正午に達する前だった。
アウラは羊たちが見渡せる程良い木陰を探し腰を降ろした。
肩掛けになった鞄の中からグランソルシエールの禁術書と銘打たれた一冊の禁術書を取り出した。
北の神殿で一番最初に見付け出した禁術書だ。
その後の調査で万にも達する魔術書がランディーたちの手で発見、回収されたという事だった。
アウラの持つ禁術書に記された幾つかの魔術と魔法陣を用いず魔術を行使する為の短縮手法が記されていたが、強力な魔術、特に破魔の魔術に関する記述については未解読のままだった。
チッチと戦った時、覚えたばかりの短縮手法を用い禁術書に記されていた一部の魔術を使ったアウラだが、それ程強力な魔術ではなかった。
チッチを討つ事に対して心の何処かに気の迷いが生じ無意識に力を押さえていたのかも知れない。
牧畜士養成科とは名ばかりで特別能力保持者を集め研究、実験を重ね魔物を討つ為に力を実戦レベルまで引き上げる特殊機関だ。
科目別授業の際、実際に魔術を使ってみるものの、アウラには大して強力な魔術を使う事が出来なかった。
まぁ、以前よりは遥かに成長してはいるのだけど……。
魔術書や禁術書を解読したり、魔法陣を解析したりする事は、自分で言うのも何なのだが、かなりの域に達していると思う。
しかし、実際に魔術を行使するとなれば話は別。
魔術は自分の思うように威力を発揮してくれない。
ソルシエールの魔術が強力過ぎて自分が持て余しているのかも知れない。
他の生徒も同じではあるが、自分より遥かに上手く扱っているように思える。
短縮手法を使えるのは未だに自分だけなのだが、魔術とは奥が深いというか、一筋縄ではいかないものだと思うと同時に幾多の新しい魔術を作り上げたソルシエールの偉大さを改めて思い知る羽目になった。
アウラは、チッチと出会った時に彼が言っていた言葉を思い出した。
『俺には使えない。知っていてもそれを扱える術を持たってないからなぁ』
もしかしたら、魔術師の才能と言っても多岐に渡っているのかも知れない。
大きく分けると、行使する魔術を最大限に引き出せる者、解読や解析は得意でも魔術の行使に制限が掛る者、或いは両方をそつなくこなせる者に分類されるのではないかとアウラは考えた。
チッチの魔術に関する知識や推測は学園に集められた者たちの誰もが及ばない……と言ってもチッチは魔術に興味が無いようでみんなの前で魔術の事を口にはしない。
知っているのは自分だけだ。
あれ程の知識を持ちながらチッチ本人は全くと言っていい程、魔術を使えないのだから自分の推測もあながち間違いではないと思う。
――何だかチッチの事を考えていると無性に腹が立って来た。
北塔で別れた時の光景が脳裏に浮かんで来る。
ロザリアを馬の背に乗せ走り出して行った光景が焼き付いて離れない。
チッチの腰にしっかり両腕を巻き付け、遠慮なく成長したふくよかな果実を背に押し当て嬉しそうに微笑むロザリアと背中の感触を表したチッチのだらしく伸びた鼻の下を思い出す。
チッチが入学して来た時に何やら、“いけない、ちち宣言”をした時、腹立たしい気持ちと自分にも勝ち目は残っているのだという安堵の気持ちがちょっぴり湧き上がったが、よくよく考えてみれば、チッチにしてみれば『ちち』なら何でもいいのではないかと思えてきた。
あんな騒動がありながら、男女問わずチッチは何故かもてる。
「チッチのばかぁ――、覗き魔、変態、エッチ――!」
腹が立つと同時に空腹感を感じた。
何時の間にか陽は天に達している。
アウラは、鞄の中のパンを取り出しい親の仇に喰らいつくかのようにパンに噛り付いた。
「はぁ――」
アウラはパンから小ぶりの口を離すとかわいらしい溜息を吐いた。
みんな、あんな奴の何処がいいのだろう? アウラは自分の事は棚に上げてそう思った。
To Be Continued
最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
次回をお楽しみに!