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エピローグ 〜 君去りし後に 〜 後編

  ☆エピローグ


 ◆ 〜 君去りし後に 〜 後編


 碧眼の瞳は何かを察したように眼光炯炯を放っている。

「それに言おうとした亜種族の血を色濃く引いたのはお前の方だろ?」

「……」

「で、何しに来たんだ? お前?」

 チッチがとぼけた声で尋ねた。

「それはですぅねぇ! シオン以上の回復力を持ちながら入院が長引いていた右眼包帯を……その……お見舞いに」

「その原因を作ったのは誰だ!」

「だ――って! 寝ぼけた右眼包帯がアイナの『ちち』を、むぎゅ――と鷲掴みにしたですぅ! そしてなんと言ったですぅか? 『ごめん! 背中かと思った』ですぅとぉ!」

 アイナは自分で言った屈辱の言葉に怒りが蘇る。

「お湯お持ちしました」

 トリシャがポットを抱えて二人の傍に立っていた。

「あの、……なんと言うか……不憫な事ですね?」

 トリシャが何食わぬ顔で、ぽつりと呟いた。

「キィィィ! アイナの美乳を不憫とは聞き捨てならんですぅ! この年増!」

「と、年増ですって! 貴方は『美乳』ではなく『微乳』と書いて『貧乳』と読むのですよ」

「何時からそう呼ぶようになったんだぁ?」

 チッチを挟み、アイナとトリシャの視線が激しく交じり合う。

 女の見栄と意地が火花を散らした。


 ――出航前日。

「これ」

 チッチに一人の少女が声を掛けた。

 エリシャが、チッチに分厚い辞書程もある一冊の本を手渡した。

 一冊の本を互いに掴んだまま無言の時が流れている。

 その間にアイナは守護者ギルド、ローゼアールヴァルから送って貰った自分の荷物を三回程、タラップを昇り降りしている。

「これ? なにかなぁ?」

「……取扱書だよぉ! かさばる羊皮紙を取り纏めて本に仕立ててあげたんだよぉ? わざわざ」

「なにの?」

「あれだよぉ」

 栗毛の少女はチッチのこめかみをかすめる角度で右手の人差し指を差した。

「ありがとなぁ、エリシャ。グローリー号の修理と改修大変だってだろ?」

「……」

 少女は首を横にゆっくりと振る。

 船の大幅改修に尽力を尽くした張本人は錬金技術科のエリシャと船を中破を聞き付け、わざわざ北の方面から駆け付けてくれたグローリー号を一晩で作り上げたあの船大工たちだ。

「まったく! びっくりさ俺たちが駆け付けた時には、もうそこの嬢ちゃんたちが船をバラしていて話と違う船の壊れっぷりに驚いたぞ。そりゃもう基の原型が無くなってたからよ」

 船大工の男がそう言いばしばしの髪の毛を掻いた。

「船も別物だし改名しねぇとな! 小僧」

「エグジスタンス=シェルシェ号(存在を探す)だ」

 チッチの碧眼は、大改装された船を視野に映しながら遠くの空を見つめた。


 ――その碧眼は、この何処までも繋がっている空の下、何処かにいるだろうアウラを見つめている様に。


「あの桃色髪の綺麗な紫の眼をした嬢ちゃんはどうした? 姿を見ないが……さては喧嘩でもしたかぁ? しかし金髪の別嬪。大人しそうに見えた桃色髪の嬢ちゃんに愛想つかされるわなぁ」

「……別嬪だなんて、オヤジ! まったく正直者ですぅ」

 タラップを降りて来たアイナが頬に両手を当てて赤らむ顔を押えた。

「いよいよ出航だな。気をつけて行ってこい。船に何かあった時は、俺たちがどんな事をしてでも駆けつけてやる」

 我が子を嫁に出す父親のような顔で船大工の棟梁が涙ながらにチッチを抱きしめた。


 ――いろんな意味で航海(後悔)中?

「気持ちわるいですぅ、シオン――」

 雲行きの悪い青空のような顔色のアイナが呟く。

 グローリー号改め、エグジスタンス=シェルシェ号に新たに設けられた小さな船室の狭い寝台(ボンク)に横たわるアイナの姿があった。

 元気はっらつ出航した後、見た事もない装置や設備にはしゃいでいたアイナだったのだが……。

 陸を疾駆する船の上での事。繋がって回転する履帯を不思議そうに見つめて「芋虫のようで気持ちわるいですぅ!」等と毒づいていたアイナだったが、進路上にある大きな湖に入り陸ではなかった現象が起こる。

 つまり船が風の抵抗を受けて傾斜を持つ。

 初めの内は風を受け傾斜に、きゃっきゃとはしゃいでいたアイナだったが風が強まり湖面が荒れ出すと途端に船に酔ったようだ。

 アイナの横たわっている船室の扉が開かれチッチが顔を覗かせた。

「スカッツル丸窓(スカッツル)閉めてくれるかなぁ、こんな時になんだけど」

「こんなに弱っている女の子を見て新鮮な外の空気を吸うなと言うですぅか!」

「もう直進路を変える船の傾斜が変わるから閉めてくれないと困るんだけどなぁ、この船は全高がないから傾斜が変わると丸窓から浸水して下手をすると沈んでしまう事もある。この風、何だか妙な気配がする、嵐が来るかも知れないから近くに見つけた港に入る」

 チッチが困った顔を作り出して見せた。

 感情に乏しいチッチのぎこちない表情がアイナを苛立たせる。

「シオンならこんな時、うっぷ……」

 アイナは慌てて口を両手で押さえ揺れる船内を立ち上がろうとした。

「きゃっ! ……」

 慌てて立ち上がったアイナの姿勢は崩れ狭い船室の中、ボンクの角へと倒れ込むが、覚悟した衝撃はアイナに訪れる事はなかった。

 アイナと柱のその狭い隙間にチッチが素早く体を滑り込ませ、アイナと柱の激突は免れた。

「ばかだなぁ、無理に立ち上がるから大人しく寝てろ。適当な大きさの木桶を持ってくるから」

「右眼包帯? 血が」

 ブルーマールの映える白銀の頭部からこめかみを伝い床へと鮮血が流れ落ちる。

「どうって事はない。大丈夫か? 金色毒舌」

「ア、アイナですぅ! 早く名前くらい覚えやがれですぅ。ほ、包帯右眼……それより傷……! そっか! あれだけの回復力を持ってるですぅからそれくらい、ど――って事ないですぅねぇ!」

「平気だ! と言いたいが、あれは循鱗の力を解放しているか循鱗の力を自分の意思で制御して恩恵を受けている時にしか、ああはならない。普段はなんら普通の人間となんら変わらないかなぁ」

 碧眼が弓のようにそれ自然な微笑みを作り出して見せている。

「それよりお前は大丈夫か? 気持ち悪いんだろ?」

 アイナは、自分の頬に赤みが差している事に気づく。

「わ、わわ、わすれてたですぅ」

「待ってろ、木桶持ってくる。少しの我慢だ直ぐに港に到着してやる」

 チッチは頬笑みを崩さない。

 その微笑みに痛々しく鮮血が流れ落ちてチッチの立つ床を濁った赤色に染めていく。

 チッチがアイナを寝台に座らせ、背を向ける。

「き、木桶はいらんですぅ! ……それより薬箱を持って来るですぅ! ……うっぷ」

「それと木桶も持ってくる」

 チッチは、そう言って船室を後にした。


 小さな港を持つ湖沿いの船着き場に入港し投錨させた。

 風が強まる中、タラップを降りるチッチとアイナ。

 街の宿場をチッチが港の者たちに尋ねている。

 尋ねるチッチとアイナを見て聞かれた港の男は何やら、にやけた顔をしていた。

 アイナは愛想笑いをして返した。

 チッチとアイナは宿場が並ぶと聞いていた街の場所に到着する。

 普通の宿場と違い、装飾多寡の宿の風貌はまるで歓楽街のようにも見える。

 宿の中へと入ったり出たりする人々は、若い者同士からよい年をした紳士の連れ合いや如何にもといった男が遊廓の女性を伴い入って行く。

「なんだか出入りの激しい宿場ですぅねぇ……」

 アイナが見た事もない宿場の雰囲気に首を捻った。

 チッチは宿場の外に張り出された宿代を見ている。

 アイナも張り出された宿代を見て目を丸くした。

 王都オースティンの高級宿のような装飾の外見からは想像も出来ない程の安価であった。

 兎に角、疲れた体を休めたい。

 チッチは、何食わぬ顔をしていたがアイナは首を捻りながら宿の中へと入って行った。


「……」

 妙な空気が流れてる。

 薄暗く色とりどりの明かりの部屋。

 四角くない丸いふかふかのベッド。

 風呂場の壁は寝室から見える大きなガラス張り、これ程のガラスいったいと思いつつ、ふかふかのベッドは心地よい。

 壁の装飾も煌びやかで、その中にはアイナの苦手なアビィーの宿りそうな小人象も飾られている。

「風呂、先に入って来てもいいぞ」

 チッチの碧眼は弓のように反れて下がる事を知らないようだ。

 少し考えた後、アイナが答えた。

「解せん事があるですぅが……その前に怪我の手当てと包帯を取り換えるですぅ」

 アイナは、手荷物の中から薬箱を取り出し、チッチの頭部に巻かれた血の滲んだ包帯を取り換え始めた。

「慣れてるなぁ……て、そこは怪我してないんだけどなぁ」

「だまれぇ! ですぅ!」

 かくして目出度く顔面包帯男と化したチッチが出来上がったのである。


 ――ベッドの上。

 アイナがど真ん中に陣取りふかふかのベッドを独占している。

 チッチと言えば、部屋の中に置かれた二つのソファを合わせてベッドと化した寝床に身体を横たえていた。

 小人象が無性に気になってなかなか寝付けずにいた、アイナの嫌な予感が動き出した。

 アビィーである。

 アイナは怖くて眠れない。

 ふかふかの掛け布団を引きずって自前のボロ毛布を掛けて寝ているチッチの傍まで近づく。

「なんだ? 小人象が五月蠅いと思えば」

 チッチが眠そうな顔でアイナを見た。

「ち、違うですぅ! アイナは眠ろうと……」

「あっ! 怖いのか? アビィー」

「なっ! そんな事……あるですけどぅ」

 小声で言ってそそくさとチッチの即席ソファベッドに掛け布団を被せ潜り込んだ。

「あ、アイナは平気のへぇですぅけど、包帯右眼が、そのぉ……怖いといけないですぅからアイナが一緒に寝てやるのですぅ」

 アイナは頬を引きつらせながらも余裕の表情を作り出して見せる。

「それは助かる。実は俺、夜になると踊りだしたり、悪戯する妖精が宿るアビィーが苦手なんだ。小さい時から……うるさくて眠れないからなぁ」

 チッチの意外な言葉にアイナの表情が崩れそうになる。

 同じ思いを持つ者同士。

 それは安堵感が生み出した微笑み。

「し、しゃねぇですぅねぇ! アイナが添い寝してやるですぅ! 昼間の借りもある事ですぅし」

「ありがとなぁ、むにゅむにゅ、アイナ・デュラン・ミラ・カストロスだっけ?」

 寝ぼけたチッチが名前を呼んだ。

 しかも初めて呼ばれるフルネームだった。

 何処となくアイナは嬉しく思った。

「あっ! 添い寝はいいけど朝、刺さってたらごめん」

「へぇ? 何が?」

「なんでもない。万が一そうなっていた時、それは事故だから」

「なんだか……よく分からんですぅが、今、なんだか嬉しいですぅから許すですぅ! 有り難く思いやがれですぅ!」

「……」

 アイナの耳に寝息が聞こえる。

「まったく! アイナが添い寝してやると言ったとたん、もう寝てやがるですぅ」

 アイナもチッチが隣にいる事の安堵感から眠気に襲われ夢の中へと櫂をこぎ始める。

「おやすみ、ですぅ。チッチ」

 アイナは名前だと思い込んでいるチッチのあだ名を口にして眠りに就いた。


 ★からんちゅ♪魔術師の鐘★ 第一章 エピローグ The End

最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。


第二章 

★からんちゅ♪魔術師の鐘★ 〜 古き魔術の森 〜 でお会いしましょう。


次回もお楽しみに!

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