エピローグ 〜 君去りし後に 〜 前編
☆エピローグ
◆ 〜 君去りし後に 〜 前編
戦いは終わりを告げアウラが守りたかった街は、再びフラングが爵位を賜り一帯の領地と共に領主となって治める事となった。
爵位を授けたのは収穫祭に訪れていたイリオン王国の王ではなく、その実弟であった。
王はゴーレム群によるシュベルク襲撃の際に側近の近衛騎士隊により早々と王宮に戻ったと思われた。
シュベルクの街に訪れていた王の実弟が現れフラングに言った。
その男は光輝く鎧を身に着け、その胸元には獅子の紋章が胸元に描かれている。
――見まごう事無きイリオン王家の紋章。
「こたび、貴殿の娘が見事、過酷なレースを制し賊どもの野望を砕いたと聞いている。しかしながら領地を治めるには爵位が必要。貴殿は既に爵位を息子に譲っておるな」
「はい。その通りでございます。元帥閣下」
フラングは片膝を着き頭を下げたまま仰々しく答えた。
「聞くところによると貴殿は既にシュベルク一帯の買収に成功し賊に流れるはずだった土地をその手に納めたとか」
「はい。元帥閣下」
「そう怖い顔をするな。貴殿の娘、確か養女だったか? 命懸けのレースを制し賊の目的は解らんが目論見を阻止し収穫まじかであった燃え盛る麦畑の大火を魔術を持ってして消し去り、勇敢にも先日の戦闘にも助力し賊どもを退ける功績叙勲に値する。それで娘は?」
男は口元を緩めた。
「アウラ、いえ我が娘は先日の戦禍の中、行方が分かりませぬ。閣下どうか娘……アウラの捜索を」
事情は知っている。
アウラが異形の魔物と化した弟と共に光の中へと消え去った事も……。
疑われている。
フラングにそう思わせる程、王の実弟は情報を掴んでいる。
アウラを引き渡せと言い出すのではないか? 動揺を悟られまいとフラングは何時ものように好々爺を装いやわらかい口調で嘆願した。
「娘は行方知れずか。それは悲しい事よの。あの争いの犠牲者が貴殿の娘とは……なんと言う悲劇。イリオン軍の総力を上げてもう一度、戦場跡を捜索しよう。専属の捜索隊も設け痕跡を追わせよう」
「勿体ないお言葉痛み入ります」
「英雄には、それ相応の対応をせねばなるまい。しかし……見つかった娘が物言わぬ時は許せよ」
鎧の男はそう言って軽く頭を下げた。
男の周りの騎士や従者らがざわめく。
仮にもイリオン軍元帥であり第二の王位継承権を持つ男が一介の老人に軽くとはいえ、頭を下げたのだ。
そのざわめきに周囲で膝を着き頭を垂れていた者たちの中には気づかれぬようにその男を盗み見る者もいた。
「ふむ? その英雄が不在となれば勲章を与える訳にもいかぬな、代わりと言っては何だが貴殿に伯爵位を与える。この一帯をフラング領としシュベルクを中心に貴殿が納めよ。元々貴殿の領地であったのだろう。いくらばかりか領地が増えたようだがな、略式で済まぬが授与式を執り行う」
男がそう言うと着き従っている従者らが準備に入った。
略式の授与式が滞りなく終わり、フラングは自ら譲った伯爵位を再び得る事となり領地を治める者となった。
「時にフラング伯爵よ。貴殿の娘が見つかった際には是非とも我がイリオン軍の魔術師部隊に入隊させたいのだが?」
「アウラを戦いの道具になさるおつもりか? 閣下」
頭を下げ好々爺を貫いていたフラングの頭が前を向き眼を細め男に向けた。
「女子を戦場に出すつもりはない。しかし魔術には、まだ何かしら隠された部分も多くてな。その解析、解読に尽力を注いで貰いたいのだよ」
男は薄い笑みを浮かべフラングの視線と合わせた。
「何処までご存じで?」
「そう睨むな。初代|音無き静寂の死を謳う騎士団元隊長、フラング・バストーネ」
フラングの眼光が増してゆく。
そこに好々爺フラングの面影はない。
「禁術。それもあのグランソルシエールが残した禁術書が欲しいのだよ。それを扱える者もな」
男は唇の両端を不敵な笑みと共に釣り上げた。
フラング邸の広大な敷地の庭先で金槌が金物を木槌が木材を叩く音に丸太を引く鋸のリズミカルな音が辺りの空気を揺らしている。
蒼穹の空まで届いているように、その音から雲たちも逃げ出したと思うほど、空は何処までも青い。
放牧レース終盤に砲撃を受けた船体が庭先に鎮座している。
その周りには偉丈夫達に交じり上着に白いブラウスとインナー、水色サマーセーター、首筋には黄色いリボン。学園の制服に身を包んだ栗毛、琥珀色の瞳の少女がいる。
他にも数人の上から下まで繋がった白い衣装の生徒たちが数人。
船体に向かう少年の白銀にブルーマールの映える髪を緩やかな風が髪の毛を揺らし陽の光が透けた白銀が美しい蒼穹の青を透かして見える。
右眼には乱雑に巻かれた包帯がなんだか痛々しい。
「痛々しいね」
くりくりの琥珀色の瞳が潤ませ、チッチの顔をまじまじと見つめていた。
「エリシャはもう見慣れてるんじゃないかなぁ? 右眼の包帯」
何時ものように間の抜けた声でチッチが答えた。
「ちがぅよぉ――、右のほっぺと左眼の上に出来た、たんこぶだよぉ」
「あっ! こっちの事か」
「どうしたの? この前の魔人との戦いに巻き込まれてたの? 非難の時、チッチとアウラちゃんの姿が見えなかったから……心配で心配で……わかった! その傷! アウラちゃんにいけない事しようとして殴られたんでしょ? チッチって天然でエッチぃ――から……アウラちゃんは? そっか! アウラちゃんから逃げて来たんだから、一緒にいる訳ないか。あはぁ」
物悲しげな微笑みを浮かべ、エリシャがチッチの腫れ上がった頬に手をやった。
「……」
「寂しそうだね? アウラちゃんは?」
「アウラは、ここにはいないかなぁ」
チッチは静かにエリシャから視線を外した。
「なんだか分からないけど……この前の戦いに出てたんでしょ? 何かあったんだねアウラちゃんに……それでこんなにも寂しそうなんだ。 うん? じゃあ、このたんこぶは? いったい……チッチ? これこの前の怪我?」
「寂しいのかなぁ? そうでもないような」
「もしかして病棟抜け出して来たの?」
「う――ん! うるさくて仕方ない奴がいるから抜け出して来た」
「ダメだよぉ! まだ寝てなきゃ……チッチなんだかボロボロだよぉ」
「もうちょっと前までは、ボロボロじゃなかったんだけど……」
「顔じゃないよぉ――、心だよぉ――! あっ! 顔もだけどぉ」
「もうすぐ顔の方がボロボロになった原因がここに来るかなぁ?」
チッチがフラング邸の表門を指差した。
何やら門番と言い争う女の子の声が聞こえてくる。
「だれ? はぁっ! いけないんだぁチッチ! アウラちゃんがいなくなったからって、もう違う子にちょっかい出してるんだぁ!」
「何ていうかなぁ? 違うけど……変な妄想を広げないでほしいかなぁ?」
チッチは痛々しい苦笑を浮かべた。
「ちょっと! 困ります。お嬢さん! ここはフラング様のお屋敷でお嬢さんの言う右眼包帯と言う者はおりません」
門番が長槍を重ね固く門の前を閉め、金色髪の少女と口論している様子が見える。
言い争っている少女がチッチに気付き、指さし何やら喚き散らしている。
「あっ! 右眼包帯! そこになおりやがれぇ! ですぅ!」
アイナが犬歯を剥き出しに地団駄を踏んで無理やり重ねられた長槍を押しのけようとしているが、二人の男の門番は伊達じゃない。
細いアイナの肢体を押し戻す。
伝令役を兼ねた他の門番の内の一人がチッチに駆け寄り近づいて尋ねた。
「チッチ様――! お知り合いですか?」
「まぁ一応、なったばかりだけど」
「お通ししてもよろしいのでしょうか?」
「俺に聞かれてもなぁ」
「おのれぇ! ここを通しやがれですぅ!」
アイナは三歩程、後退りして門番から距離を取り、翡翠色の瞳を閉じ精神を統一しているように見えた。
「仕方ないなぁ入れてやった方がいいと思うぞ……そろそろ」
「チッチ様が、そう仰られるならお通ししますが」
「だから俺に聞かれてもなぁ、俺の屋敷じゃない」
「おい! お嬢さんをお通ししろ! チッチ様のお知り合いだそうだ!」
駆け寄ってきた門番が大声を張り上げアイナの突進を阻止している門番に伝えた。
「て! 人の話聞いてたのかなぁ? まぁ、いいかこれ以上あいつを無視してると……」
アイナが精神統一を終えると眼を見開いた。
「破壊を司る火の精霊よ 汝、古の盟約を果たせ 我は訴える我に仇なすものを焼き払え」
小ぶりの唇から魔法の言霊が迸る。
言霊の詠唱が終わると門番たちの背後に凄まじい炎の柱が立ち上り、巻き起こった上昇気流が地面の砂を蒼穹の空へと舞い上げた。
「ちょっと遅かったかなぁ」
チッチは、やれやれと肩を落とした。
「きゃぁ――! 何あれ! 某国の秘密兵器なの? チッチ!」
巻き起こる炎が作り出した上昇気流に学園の制服を着ていたエリシャの短めのチェックのスカートが捲り上がる。
エリシャは、突如目の前に立ち上った巨大な炎に琥珀色の瞳を奪われ好奇と恐怖でスカートの裾を抑えるのも忘れ、チッチにしがみ付いていた。
「う――ん? 八十?」
「えっ! なんですかぁ?」
「アウラは、見栄張って数字割り増してたなぁ」
「なんですかぁ? その謎の数字は」
「胸」
「むね? が……どうかしたのぉ?」
「サイズ」
「そうなんだぁ……! って何で分かるんだよぉ――! スケベ! エッチ!」
「クマさん柄パンツ」
「だから、何でわかんだよぉ――! て聞いてるんだよぉ?」
「超絶空間把握能力かなぁ? パンツはさっき見えたから」
「ふ――ん! そんな能力があるんだぁ」
「感心されてもなぁ? それより来るぞ」
二人の何処か噛み合わない会話の間に炎の柱はチッチ目掛けて襲い掛かった。
蒼穹の空の下地面に敷布を広げ、大きなバスケットが二つ並んでいる。
片方のバスケットから陶器のこじゃれたティーセットを取り出し敷布の上に並べ終えると何事かと集まってきたフラング邸の従者に声を掛けた。
「ちょいとそこのメイドさん! 湯を用意してくれませんか? ですぅ」
アイナが、一人のメイド服を着た女性を指差した。
「わ、わたし? ですか」
指差されたのは二十代半ばの女性。トリシャだった。
「いかにも! 紅茶を淹れ慣れた顔付をしている貴方を見込んで頼んでいるのですぅ」
「はぁ! はぁ……」
トリシャが予期せぬ指名を受け何気なく返事する。
「早く用意するですぅ! 湯は冷まさないように! リーフの開きが良くないですから」
「はい! 直ぐにお持ちします」
トリシャは踵を返すと屋敷の方へと駆け出していった。
「ま――ったくぅ! 初めから屋敷内に入れてくれればいいですのにぃ」
アイナは澄ました顔で不満の声を上げた。
「う――ん。あれはやり過ぎだと思うぞ?」
「精霊魔法の事ですぅ? 滅多に使わんですぅ。この国は魔法後進国。精霊魔法に気付く者はいないですぅ」
「精霊魔法ね」
「知ってるですぅか?」
「母さんは精霊魔法を使えたからなぁ」
「母様? そう言えば母さんの循鱗がどうのこうの言ってたですぅねぇ? 母様はもしかして――」
「ドラゴンだ」
アイナの言葉にチッチが言葉を重ねる。
To Be Continued
最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。
次回もお楽しみに!




