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〜 選択 〜 第四部 第十話(最終話)

 ☆第十話 (最終話)


 ◆それぞれの旅立ち


 意識を失いもたれ掛かるチッチの首筋にある六芒の紋章が、その力が失われて行くかのように輝きを失った。

 チッチの全身の重みがアイナに覆い被さる。

 チッチを他に傍にいる者たちで、ゆっくりと地面に寝かせた。

 軍医を連れて来るようランディーが指示を出した。

 ナーンに邀撃に向かった軍の他にも死者、負傷者の数がランディーの下に報告されてくる。この戦いによる死者二百八十三名、重軽傷問わず怪我を負った軍の兵士たちや騎士たちの数は五百二十一名にも及んび、甚大な被害を被った。

 ランディーの下に続々と入る報告を聞いたアイナは、チッチを軍の騎士たちに任せ傍を離れようとした。


 ――その時、女性の声で何事かの言葉がアイナに届く。


 耳からではなく、直接頭の中なのか心の中なのかは分からないが確かに、しっかりと聞こえた。

〔私の坊やをお願い。戻して欲しいのじゃがなぁ……坊やを人の姿に〕

 チッチの背中には虹色に輝くドラゴンの翼が生えている。

〔それに私の坊やが、もし私の一部であった悪しき循鱗に取り込まれそうになった時、助けてやってほしいのじゃが……頼まれてくれるかのぅ?『      』よ〕

「えっ!」

 アイナは女性の言葉に口を、ぱくぱくさせながら驚いたが、こくりと小さく頷いた。

〔封印の事は精霊どもに聞いておるのぅ? 私の坊やを宜しくのぅ……私自身の循鱗は、きゃっらに大半を奪われてしもぅた。奴の力を抑えてやる手助けが出来んようになってしもぅたわ〕

「……奴とは、あの漆黒のドラゴンのことですぅ?」

〔そうじゃ……坊やの封印を戻し人間の医者に診せてくれのぅ〕

「わ、わかったですぅ」

〔私の坊や、生きて……人間として長き時を生きるより、短くとも意義のある時を生きてくれのぅ〕

 アイナに聞こえていた声が闇の中に消えていく鈴の音のように途絶えた。

 アイナは解放した封印を戻す再封印の言霊を述べた。


perth(パース)uruz(ウルズ)berkana(ベルカナ)

(秘め事よ。力を戻しなさい)


 地面に寝かせたチッチにアイナは、小ぶりの薄い唇をチッチのそれにゆっくり近付ける。

「おい! アイナ! なにを……あっ!」

 アイナの様子に気付いたシオンの大声が戦場跡の荒野に響き天を突き抜けた。


 ――後日。

 真っ白でやわらかな感触と絹のような肌触りを全身に感じる。

「おれたち、パイスキ! マンゴウだね――! あれ?」

 チッチはベッドの並ぶ部屋で目覚めた。

「な――に……おばかな事を言ってやがるですぅ……」

 目を覚ましたチッチのベッド脇の椅子に翡翠色の左眼がきらきらよく輝く、金色の眩しい少女が座っている。

 その向こうに少女より幾分くすんだブロンドの騎士がチッチに声を掛けた。

「山羊飼い。これからどうするんだね? アウラを追うのかな? きみの執った異形の魔物に対する行為、今後のきみ自身に大きく影響を及ぼすぞ」

 ランディーが難しい顔をしてチッチに問うた。

「いや、俺は一度『アカデメイア森』の森に入る。毒舌娘と約束したからなぁ、それにアウラの情報を探りながらの旅になる」

「他はどうするつもりなのだね? アウラの事はついで事のようにするつもりなのかね」

「学園か? なら夏期休暇だろ? それとも姿無き不可視の影の活動かなぁ? アウラと俺は特別な絆で結ばれてるからなぁ。直に探し出してみせる」

 チッチの細められた左の碧眼が、研ぎ澄まされたすぐ後の刃物のように鋭い青い眼光を放っている。

「山羊飼い。お前の事だ……なんとかするんだろうがね」

「まぁ、そう言う事かなぁ」

 チッチは一度言葉を切り表情を緩め言葉を続けた。

「もし、あの魔術師の言う事が本当なら、アウラは両親にも会えるなぁ……まぁ、俺も母さんも取り戻さないとならないから、遠くない時間の内にアウラも取り戻しに行く……それに異形の魔物の事も責任は取る」

「誰が毒舌ですぅ? 私の名はアイナ……デュラン・ミラ・カストロス。右眼包帯……あなたの名は?」

「俺の名は――」

 チッチが本当の名を名乗ろうとした時、アスカが言葉を被せた。

「チッチ、アウラの両親も弟と変わらんかも知れんぞ」

「かもな」

「チッチですぅかぁ……あ、案外、か、かわいい名前ですぅ」

 アイナの頬がほんのり紅色に染め俯いた。

「俺たちはラナ・ラウルに戻り報告と今後の対策を練る」

 レイグがそう言うと厭れ顔でシオンがぼやいた。

「対策を練るのと(まつりごと)で国内外情勢をなんとかするのは王政府じゃねぇか……で、アイナはどうすんだ……やっぱり、行くのか? アカデメイア森に」

「ランスの事が気になりますぅですし、そこに行けば私たちの出生の秘密が分るかも知れんですぅから……」

 アイナは赤らんだ頬をのまま俯いていたが、シオンの言葉で眉間を狭め寂しげな表情に変わり翡翠色の瞳と真紅の瞳を潤ませシオンの顔を見上げた。

「……勝手にしろ! でも……忘れるなよ! お前を守るのは俺だ……気をつけて行ってこい。お前とランスが帰って来る場所は俺が守っておいてやる」

「あ、ありがとですぅ……シオン? 早く記憶戻すですぅ。 きゃっ!」

 アイナは寂しさと心配顔でシオンが自分の顔を見つめていたが、不意にシオンの両腕に細い肩を愛おしそうに抱きしめられ身体ごと引き寄せられた。

 シオンの言葉を聞いたアイナは、シオンからは見えない腰の位置に細い両手の指を握り軽く後ろに引くと、胸中で『よし』と呟いた。

 暫しの間、頬が重なる程近くにあるシオンの頬からは人肌の温もりを二人の頬と頬の狭い隙間の空気を伝わり確かめ合った。

「気を付けてな……アカデメイア森は得体が知れない場所だと聞くからな」

 シオンがアイナを壊れ物を扱うように抱きしめている。

「心配ない。夏季休暇ないで必ず一度戻る約束だ。それに俺が一緒だからなぁ、アイナだっけ? かは循鱗の封印を解ける。封印を解けば俺は何モノにも負けない。例えその力の大半を奪われていてもだ」

 チッチは何時ものように碧眼を細めて微笑んだ。

「お前えぇ! アイナにちょっかい出したら、ぶった斬ってやるからな! 俺のフィノメノンに斬れねぇモノはねぇ」

「チッチの双剣、斬れなかったくせにですぅ」

 アイナがやれやれといった呆れ顔で目を細め口を鴨の口ばしの様にして呟いた。

「大丈夫。俺は眼も鼻も耳も、そして何より勘がいい。心配する事はない。性悪金色髪娘を誰よりも安全に護ってやれる」

「てめぇ! いったい何を根拠に! ……無事に帰って来い。そん時、一度勝負しようぜ! お前は強い。わくわくする程にな! 約束だ」

 シオンがチッチに手を差し出した。チッチはその手を握る。

 シオンの銀色の髪と頬、それに二の腕が、ぷるぷる小刻みに震え真一文字唇を結んで歯ぎしりを立て合う。

 チッチは何時ものように左眼の碧眼を弓のように反らせ笑みを浮かべているが、白銀にブルーマールの映える髪の毛は小刻みに震えている。

 勿論、二の腕も……。

 血管が破裂すると思う程に浮き上がっている。

 

「はぁ――やれやれですぅ……野郎どもは、みんな滑稽ですぅ」

 アイナは、かわいらしい吐息のような声で溜息を吐き呆れた顔押した。

 しかし、そんな二人を見て兄弟喧嘩を見ているようにも感じランスが脳裏に浮かんだ。


 ――三日後。

 チッチの傷も癒え、旅支度に慣れたチッチが用意した荷物を陸上の地面に置いて(うかぶ)ある船に積み込みを終えた。

 砲撃を受け痛んでいたグローリー号は収穫祭に来ていた錬金技術科のエリシャが修理と改装をしておいてくれたようだ。

 チッチの隣には、何時もと髪色(けいろ)の違う、美少女が膝丈赤みの強い桜色のワンピースに革で拵えた丈夫な編みあげブーツ、ワンピースに合わせた同じ色の丸い形に翡翠色のリボンが付いた広いつば付きの麦わら帽子のいでたちの少女が、既にグローリー号の船首に立って出発の時を待っていた。

 チッチが近付いた時、一瞬強く吹いた風が少女の帽子を舞い上げ浚おうとした。

 少女の白金髪の毛が、さらさら風に揺すられ暴れている。

 少女は暴れる髪と帽子とスカートを慌てて抑える。

「ひらひら派手スケ紐パン――、痛でぇ」

 ゴキュと鈍い音が響いた。

「見やがったですぅかぁ!」

「痛い……、見えたんだ。見たんじゃない。それに今は見えない顔に拳がめり込んでる」

 その時、少女に抑えられていた帽子が、ふわりと浮き上がり野を走る風に浚われた。

「あっ! アイナの帽子!」

 チッチは素早く風を読み飛ばされた帽子を難なく捕らえてアイナに被せた。

「顎」

「あご?」

「そう、顎上げようなぁ、う――んって、はい! う――ん」

「う――んですぅ……」

 チッチはアイナの顎の下で帽子に付けられていた顎紐を括ってやった。

 ついでに紐に繋がれた収縮素材を目一杯紐ごとしたに伸ばし不意に手を離した。

「何故出発しないのですぅ?  船の準備がまだなのですかぁ?」

「よし出来た」

 パチン、乾いた音が響く。

「痛いですぅ……やってくれるですねぇ――!」

「準備万端だ。それに――」

 チッチの声にアイナが言葉を被せる。

「準備が出来たら、とっとと出発するですぅ!」

「出航準備は出来たが風待ちだ。今の風では陸を走り出すには弱過ぎる。それに今回の改装で付け加えた新装備もあるけど、それにも時間が掛かる。その装備は――」

「そ――んなもの! 待たんでいいですぅ!」

「大気に満ちる風の精霊よ。汝、我との盟約を果たせ。この船に順風を与えよ」

「おいおいおい! マジでか!」

 チッチは慌てて展帆準備に入り忙しそうに、シュベルクを訪れていたエリシャとグローリー号を造った船大工たちに、修理、改修された操船装置を操作し始める。

 アイナの魔法詠唱が終えると、力強い風がゆるりと流れ出す。

 展帆されたグローリー号、改めエグジスタンス=シェルシェ号は、徐々に船足を上げていく。

「総帆展帆」

 チッチの声の後、バフと帆が風を孕む音が響く。

 アイナの金色髪が風にたなびかせ、右ぎ手の人差し指を北西の方角に腕を思いっきり振り突き出した。

「しゅっっぱぁつ! ですぅ」

 アイナは、はつらつとした声で旅の始まりを告げる。

「エグジスタンス=シェルシェ号出航する。進路、アカデメイアの森」

 チッチが新たな進路を示し最適帆に合わせた。


 それぞれの想い、それぞれの今、それぞれの夢、今やるべき事の為。

 新たに加わる歯車は運命の歯車を加速させ動き始めた。

 運命と宿命の出逢いをした少女と少年は成術を今だ持たないまま非情にも歯車は回り続ける。


 ★からんチュ♪魔術師の鐘★ 第一章 終幕。


 原作:雛仲 まひる  


 Special Thanks

 作画:RION(HPのイラスト置き場で公開させて頂いてます) 


 ★からんちゅ♪魔術師の鐘★ 第一章 END

最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。


次回、エピローグ前編、後編をお楽しみに!

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