〜 選択 〜 第四部 第九話
☆第九話
◆決断。そして訣別
「不味い! 離れろシオン。剣を折られる」
レイグがチッチの持つ双剣の形を見て叫んだ。
シオンもレイグの言葉を聞きチッチの持つ歪な形の大型ナイフを見て咄嗟に剣を引いた。
「なんだ……ソードブレーカー? なのか?」
「ああ、形は似ているが、背についている刃の溝が聊か細かく浅いが、ソードブレーカーに近い形状をしている注意しておくに越した事はない」
「俺のフィノメノンは折れねぇよ」
「なら、任していいか?」
「冗談でしょ? あいつの元気ぷり……分かるだろ?」
「こっちは消耗し切っている……撹乱して隙を衝くぞ、シオン」
「ああ、俺がその役、引き受けてやるよ」
刃が交わる剣戟が響き渡りアウラと魔術師の傍で空気を震撼させている。
剣戟は暫く続き魔術師から離れ三人が距離を取った。
「毒舌白金娘! アウラと魔術師を頼んでいいかぁ?」
「……」
アイナは暫く迷っている様子で俯いたまま何も答えない。
「アイナ! こいつの言う事なんて聞くな! こいつも異形の魔物だ」
シオンの怒鳴る声にアイナが顔を上げ答えた。
「……分ったですぅ」
アイナは、ゆっくりと歩き出しアウラと再生を始めていはいる。
しかし、まだ地面に横たわり動く事が出来ない魔術師の傍に近付いた。
「アイナ? お前……何をしようとしているんだ」
シオンの言葉を無視し白金髪の毛をふわりと宙に踊らせアイナがアウルの側面にしゃがんだ。
「この子を治癒するですぅ。正確には魔物に侵食され、再生を始めている部分を調べますぅ。何らかの禁術で合成させられているかも知れんですぅ。もし、そうなら精霊の力を最大限借りる事が出来れば術を解けるかも知れんですぅ」
「私も手伝います。術式解読は得意ですから」
アウラはそう言うとアウルを挟む形で、アイナの正面にしゃがみ込む。
「でも、命の保証はできんですぅ」
その言葉を聞き唾を呑み込んだ。しかし、覚悟を決めた様子でアウラはしっかりと頷いて答えた。
「危険過ぎる! 何時、そいつが動けるようになるか分んないんだぞ!」
シオンの制止を聞かず、アイナは魔術師の身体に侵食している部分を見つめ精神を研ぎ澄ました。
「やめろ――! アイナ!」
シオンの怒声にも似た叫び声が天高く響いた。
瞑想に入ったアイナには、シオンの叫びは最早、届いていない。
詠唱の冒頭が、シオンの鼓膜を揺らした。
「ばかやろうが……」
「四の理、光と闇からなる六芒、それぞれの頂点に座する偉大なる|妖精王(obron)よ。我は訴える。汝ら、古に交わされし血の契約に基づき、汝らの偉大なる力の欠片を我に貸し与えよ」
アウルの全身を金、黒、赤、青、緑、無色に近い白銀の光が包み込む。
やがて、その光がアウルの身体数か所を彷徨うように周り浮遊している。
その部位に魔方陣が浮かび上がり、その術式を白日の下に晒した。
「これは……」
桃色と白金髪の美少女、二人が絶句した。
現れた魔法陣は難解と言う程複雑ではない。しかし、その魔方陣は幾重にも重ねられ強力な魔術となっていた。
一つ一つを解読する事はアウラにとって容易いなものだ。
問題なのは知恵の輪のように魔方陣が複雑に組み合わされた複合術式であった事。
その一つ一つの術式を解く順番を間違えれば術は解けないどころか何が発動するか予想も付かない。
解読の得意なアウラをもってしても短時間に解除する事は不可能だった。
この場にソルシエールが、いたとしても結果は同じと思われた。
処変われば術式も微妙に異なる。
このままでは異形の魔物が再生を終える方が早い可能性の方が高い。
――決断を迫られる。時間は、そう残されていない。
「山羊飼い。どいてもらおうか。二人のお嬢さん方も」
ランディーが、静かに口を開いた。シオンとレイグは剣を構え、無手の技を得意とするアスカは、腰を低く落とした。
「いやだ、と言ったら?」
「我ら全員でお前を討つ」
「それは……できない。何故って聞かれたらこう答える。異形の魔物は俺が殺る。だけどアウラたちが、二人が頑張ってる。その間は邪魔をさせない」
チッチは細く反らしていた左眼の碧眼を見開いた。
碧眼と真紅の瞳から放たれる眼光炯炯が四人に向けられた。
四人とリヴァを相手にチッチは対立する。
「リヴァ!」
アスカの命にリヴァがチッチに襲い掛かる。
チッチを螺旋状に締め上げようとチッチの身体に纏わり着こうと足下から、するりと這い上がろうとしている。
リヴァの動きを察知し、チッチは地表を離れ、軽業師のように後ろ側に回転し空を切る。
両側からシオンとレイグが着地点を予測し剣を振り抜く。
空を切るチッチは身体を捻りながら、身体を伸身宙返りの形に変え、自分の重心をずらし着地点を延ばした。
着地と同時に双剣で二人の剣戟を受け止める。
ランディーの剣から放たれた鉄の乙女戦士がチッチに勢い良く群がった。
しかし、その攻撃はチッチに難なくかわされ互いに激突し同士討ちとなる。
双方消耗激しく、必殺を持たない者同士の戦いは凄惨を増していく。
――鋭い口ばしと爪を持たない鳩たちの争いのように。
チッチは次第に数の上で有利なランディーたちに追い込まれていく。その上、アウラの弟の魔術師を庇いながらの戦いだ。
シオンとレイグ、アスカとランディーがチッチを囲んだ。
その時、アイナの声が響き渡った。
「間に合わんですぅ!」
その声に同時に反応したチッチとシオンは、アウラとアイナを抱え魔術師から距離を取った。
アウルの身体は再び、次第に異形の魔物へと姿を変えていく。
「アウラ、封印を解いてくれ、あいつは当分出せない」
「だれに言ってるですぅ? それにシオンもシオンですぅ!」
白金髪を揺らしたオッドアイの少女の頬が膨れている。
「で、お前は何をしてるですぅ?」
「お前を抱えてるなぁ? アウラを抱えたつもりだったのに、何故お前を抱えてるのかなぁ?」
ちょうどお姫様だっこの形。
「で、お前の片手が触れているものはなんですぅ?」
「オレンジパイ? 良かった……アウラの控え目な胸が更に萎んだのかと思った」
「きぃぃぃぃ! なんですと! オ、オレンジサイズとは失敬にも程があるですぅぅぅ!」
猫が毛を逆立て威嚇する様よろしく、眩い白金髪を逆立て捲し立てる。
「なんて言うか……揉めている暇もアウラを説得している暇もなさそうだ」
チッチはシオンの腕から地面に下ろされたアウラの方を見た。
「封印を解けると言っていたよなぁ、オレンジパイ」
「アイナに封印を解けと言うですぅかぁ――」
「そうだ。時間がない」
アイナは、ほんの一瞬考えて答えた。
「一つだけ聞いてもいいのでしたら解いてやらん事もないですぅ」
「何を? 答えられない事もあるが……物は試し言ってみてくれるかぁ」
「ゴルァ――! おまっ! 何時までアイナを抱いてんだ!」
離れた場所からシオンの怒声が飛ぶ。
シオンの方を気にしながらもアイナは、そのまま口を開いた。
「間抜け右眼包帯……もしかして『アカデメイア森』に住んでいた事があるですぅかぁ?」
「さあ? アカデメイア森と呼ばれてはたか、どうかは分らない。西から広がる巨大な森から続く極北に物心つくまで母さんと住んでいた」
「そうですぅか……その真紅の右眼はその時から?」
「違う母さんはドラゴンだったんだ。生まれた訳じゃない拾われて、その森で育った。この眼は母さんの力を初めて解き放った時の代償だけど、右眼がさっきの奴を呼び出す媒介となってるのかも知れない。それと免疫にも」
アイナは数舜考えた後、言葉を紡いだ。
「この騒ぎが落ち着いた後、そう遠くない時間の内にアイナと『アカデメイアの森』に行ってくれると約束するなら封印を解いてやるですぅ」
「分った約束する」
チッチはそう言うとすぐさまアイナの唇を奪った。
「むぐぅ……」
チッチの左首筋の六芒陣の紋章の光が輝きを増す。
「お前! 絶対何時かぶん殴ってやるからなぁ!」
シオンの声が再び轟く。
「ansuz・perth・nauthiz・othila・fehu・teiwaz・sowelu・uruz」
(秘め事を受け取りなさい。束縛を放ち所有者の元に導き完全なる力を)
「ごめんですぅ……シオン」
アイナは、古語の詠唱を唱え小さな声で「浮気じゃないですぅよ? 仕方なくですぅ」と呟き首筋の紋章に口づけた。
チッチはアイナをゆっくりと地面に下ろすと左眼の碧眼を細くし笑みを作って見せた。
チッチの身体は、北の神殿の時のように七色に輝くドラゴンに姿を変えていない。
「やっぱり、母さんの循鱗は心地がいいなぁ」
チッチが呟いた。
魔術師アウルが、ぼろ布となった黒いローブを揺らし、ふらりと立ち上がる。
「てめぇ――! アイナから離れろ!」
――シオンが怒声を張り上げた瞬間。
アウラはその隙を衝きアウルの方に駆け出した。
「シオン! 何をやっている」
レイグの声がシオンに届く。
「はっ! しまった」
アウラは細くやわらかい桃色の髪を宙に泳がせ駆け寄るとアウル身体を抱きしめた。
「アウル!」
「ねぇさ、ん……来ちゃ――」
「アウル」
「ねぇさん……助け……て」
「アウルぅぅ」
アウラは弟を愛おしそうに抱きしめ、何度も何度も繰り返し名を呼んだ。
その時、アウルの足下に魔方陣が現れた。
「ねぇ……さん、離れ、て」
「いやぁ、離さない」
魔法陣は光を放ち出す。
「不味いな」
レイグが苦い顔をして呟いた。
「いかん! アウラ離れるんだ」
ランディーが声を張り上げた。
「いかんですぅ! 次空間魔法の陣ですぅ! このままだとアウラちゃんも一緒に何処かに飛ばされるですぅ」
「アウラ」
チッチはアウラの下に向かった。
その背中に七色の翼を陽の光に煌々と輝かせ。
「アウラ!」
「ごめんね? チッチ……約束。……守れないね」
アウラの紫水晶の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「アウラ――!」
チッチの張り上げた声が天空に響いた。
「チッチ……行ってくるね。でも――」
アウルと共に輝きを増していく魔法陣の中に、アウラの姿は消えていった。
魔法陣の輝きが最高潮を迎えた時、無数の触手が近付くチッチの身体を貫いた。
血飛沫を吹上チッチは、地面に叩き付けられる。
「右眼包帯!」
アイナの絶叫が空気を震わせた。
魔法陣の光が収まった時、そこには誰もいなかった。
「ア、ウ……ラ」
「すぐ治癒を! はっ! ごめんですぅ……もう、魔力を使い果たしてたですぅ」
申し訳なさそうに謝るアイナにチッチが答える。
「大……丈夫、循鱗を開放しているから、すぐに傷は癒え……あれ? 循鱗の力が足りない」
身体を貫かれた傷口は癒えていくが再生が遅い。
「本当なら超再生力と呼ぶに相応しい傷口が再生のに……うぐぅ!」
「酷い傷……しゃべるなですぅ――!」
その回復力はアイナの知るシオンの回復力とは違う、回復力の速さ超再生を失ってはいたが、癒えてゆく傷の早さにアイナは驚いた。
「これでも遅いのですぅ?」
「あの時……触手に貫かれた時、循鱗大半を持っていかれたみたいだ」
チッチは、ふらりと一度立ち上がったが、崩れるようにアイナの方に向い倒れ込んだ。
「まったく! おばかですぅ! そのまま寝てればよかったですぅのにぃ!」
チッチの白銀にブル−マールの映える髪は、陽の光を透かすと青く幻想的に見える。
髪に固まりかけた黒いと流れ出している血の赤が付着し汚れていた。
アイナは倒れ掛るチッチの身体をやさしく支えた。
To Be Continued
最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。
次回もお楽しみに!