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〜 選択 〜 第四部 第八話

 ☆第八話


 ◆それぞれの選択 後編


 異形の魔物と化したアウルの大きさは斬れば斬る程、身体を破壊すればする程に、増殖し巨大さを増している。

 始めの頃は、成長を終えた象程の大きさだった。しかし、今は全長二百六十三フィール程、南の国が有する海軍の巡洋帆船程の大きさまで巨大化していた。


「毒舌金髪娘。封印を解いてくれ」

 チッチは静かに決意を言葉に変えた。

 アウラの気持ちを噛み殺すように……。

 チッチの決意の言葉にアイナは、こくりと頷いた。

「これから封印解放の詠唱を教える。方法は知っているて言ったなぁ、詠唱は?」

 チッチが口にする前にアイナが封印解放の詠唱を言葉に変え唱え始める。


ansuz(アンスズ)perth(パース)nauthiz(ナウシズ)othila(オシラ)fehu(フェイヒュー)teiwaz(テイワズ)sowelu(ソウェイル)uruz(ウルズ)

(秘め事を受け取りなさい。束縛を放ち所有者の元に導き完全なる力を)


「ですぅ。よく出来た魔術ですぅ。本来、魔術は精霊魔法を人間にでも使えるようにと開発、改良されて来たものですぅ。でも、そんな力が誰にでも使える程、世の中そんなに甘くはないですぅ」

「ふむ、性悪毒舌金髪娘はなんで解るんだ? 六芒の複雑な紋章が? アウラはその点、魔術の解読に関して天才的だから……はっ! あの時アウラが言っていたような……なんだっけ、そう『なぜだか解る。紋章が教えてくれているみたい』だって言っていたなぁ」

「私は契約を結んでいる精霊たちに聞いたですぅ。精霊たちの囁く声を聞いたのですぅよ」

 アイナは、静かに瞼を下ろした。

 チッチの唇がアイナの唇に近付いていく。

「ちょっ! おまっ! 何すんだぁぁぁああ!」

 シオンが大声を上げた。

「チュ――♪」

 チッチはシオンを、ちらりとも見ず微笑む表情とは対照的にぶっきらぼうに答えた。

「させない!」

 アウラの声が張りつめた戦場の空気を揺らした。

 チッチの鋭い眼光がアウラに向けられる。

「何をだ? 口付けか、それとも……」

「後半……チッチが言うはずの言葉です」

 アウラも紫の鋭い視線でチッチを見返した。

「こら! シオン余所見している暇はないぞ!」

 レイグが声を張り上げた。

「んな! ……事言われても……ほっとけねぇ」

「すまんね。シオンくん。今は必要なんでね。きみの力も彼女の力も……そして山羊飼いの秘めた真の力もね」

「ちっ……面白くねぇ」

 ランディーの言葉にシオンが舌打ちを打った。

「おい! なにをちんたら話している奴に突破される」

 アスカが怒鳴った時。異形の魔物と化したシオンらの脇を擦り抜け、アウルがチッチの前に立ちはだかった。

「しまった! アイナ――!」

 シオンの声がアイナに届く。

 異形に眼をやった際、アイナの右眼を隠していた白金髪が、ふわりと浮きあがった。

「アイナさん……その眼」

 アイナの左目の緑色の瞳と右眼の赤い瞳のオッドアイ。

「アウラちゃんには、まだ知られたくなかったですぅ……隠しておくつもりはなかったですぅが……ごめんですぅ」

 悲しみの微笑みを浮かべ、アウラに返し言葉を続けた。

「でも、今はこの状況をなんとかしないと多くの命が失われるですぅ! 私だってこんな右眼包帯右眼異形の変人人間に、キ、キキキ、キスされるなんて、まっぴらごめんなのですぅぅ、シオンに似てますぅから、まだ我出来るですぅが……」

「アイナさん? それは言い過ぎです……チッチは確かに覗き魔ですけど、変人ではないです!」

「じゃぁ! アウラちゃんが封印を解けばいいですぅのにぃ」

「そ、それは……出来ません……封印を解いたらチッチはアウルを……」

 二人が口論している間に異形と化したアウルが、ぐんぐん近付き三人のまじかに迫った。

 それの事を確認したチッチが戦闘態勢を整え動き出した時、アウラが華奢なその身をチッチとアウルの間に滑り込ませる。

「させないと言ったでしょ? チッチ!」

「確かに聞いたけど、白金髪オッドアイ! アウラを魔法とやらで眠らせてくれないかなぁ? ついでにあの異形の魔物も眠らせてくれたら楽ちんなんだけどなぁ」

「たぶん、あの魔物は無理ですぅ。今のわたしには」

 アイナは小さく頷き詠唱を始めた。

「大気に流れる風と水の精霊よ。古の盟約を果たせ。汝、眠りの唄を奏で眠りに誘え」

 アイナの魔法詠唱がアウラに向けられ放たれた。


 ――からん♪


 アウラの持つ節くれた杖に括られた鐘の音色が響き渡る。

「私は魔術師。魔法だか何だかは、よく知りませんが根元が同じなら、私に解読、解析、そして解除出来ない術式はありません」

 アウラは鐘を揺らし音を奏でて杖を構えアイナを見据えた。

 その一瞬の隙を見逃さずチッチはアイナに目配せを送ると、アウラの脇を擦り抜け異形の魔物に向かった。

「はぁ! チッチお願い! アウルを殺さないでぇ――!」

 一瞬の隙を衝かれチッチの背中に悲痛な叫びを上げるアウラをアイナが組み付き地面に伏せさせその身を抑え込んだ。

「放してぇ! 二人を戦わせないでぇ! お願いアイナちゃんお願いだから――!」


 チッチは自分の意志で抑え込んでいる循鱗の破片に呼び掛けた。

「仕方ないなぁ、アウラとの約束を破る事になるけど、お前を解放してやる。主導権は俺が持つ。お前には渡さない……絶対に」

 チッチの内側で不気味な声が反響し響く。


〔主導権を握るだと? 笑わせる小僧! 自ら我を呼び出すとは愚かな、我の力が必要になったのか? あの化け物を消滅する為に。お前の母の完全なる循鱗は封じられ、戒めを解かねば、その力を十分に発揮出来ないからな。しかし、我は違う。我はお前、お前は我だ〕

「開放する」

 チッチの身体に変化が現れ始める。

 真紅の右眼は闇色へと変わり、漆黒の翼が背に現れる。

 臍を中心に漆黒の魔物ドラゴン(プリュ・フォール・モンストル)へと姿を変える。

〔完全体の我を支配する? 笑止〕

「俺が自分の意思で、お前を抑え込める時間は少ない。万が一お前に呑まれる事になれば、きっと母さんの循鱗と、それにアウラが俺を消滅させてくれる」

〔そのような事になれば、お前も消滅するのだぞ! 愚か者め!〕

「解ってる……そうなれば母さんの処に逝ける。そう、お前とも共倒れだ」

〔ふん! 馬鹿者め来るぞ小僧! お前と共倒れなど、ごめんこうむる。よいか小僧、人間のお前が完全体の姿を保ていられるのは、後僅か時間は然程無い。我の“絶対(ブレス)”を使う良いな?〕

「解ってる」


 漆黒のドラゴンと化したチッチの喉元に光沢を放つ漆黒の物質が急速に収束する。

「なんだ? あいつは……奴も異形の魔物だったのか?」

 ランディーを除く、シオンを始めとした面々は突然現れた野生竜に似て非なるドラゴンの姿を眼を皿のように見開いて見ていた。

 黒き雷を帯びた細かい漆黒の粒子を、ドラゴンは巨大な顎の中でその密度を極限まで高めている。

 ドラゴンの顎が異形の魔物を捉え喉元に収束した漆黒の閃光を放った。

 異形の魔物と化したアウルの断末魔を上げ消滅していく。

「アウル――!」

 アウラの叫びと異形の魔物の断末魔が混じり空気を震撼させた。

「あの黒い物質は……反物質(ダークマター)? だと! あんなものを生成できるのか! 生身の人間が……いや、生物が……自然の摂理を超えている……いや、壊しているのか」

 シオンが呆け呟いた。

「アウル――!」

 アウラの悲しみの悲鳴が何度も何度も辺りに響き渡っていた。


〔小僧! 何故? 加減した〕

「さあ?」

〔ふん! お前は母の循鱗を使う度に成長しておる。我は本来の循鱗の混沌(やみ)の部分。自力で我を呼び出してから、僅かの間に強くなったな小僧、我には最早お前を取り込む事が出来ぬかも知れぬ……だが小僧! お前の甘さが何れ仇となる。その時、弱ったお前を取り込む機会となるだろう、心しておけ、我も今は何も出来ぬ“絶対(ブレス)”を使ったからな。何れ、また会おう小僧……〕

「なるたけ……普通に封印を解いて母さんの循鱗で使いたいなぁ……母さんの循鱗を戦いの道具にはしたくないど……」

 チッチの眼前には魔術師アウルの姿が横たわっている。

 チッチは腰に戻してあった双剣に手を掛け鉈のような刃を陽の下に晒した。

 魔術師に向かい歩を一歩踏み出した時、その脇を旋毛の辺りでリボンに結われた桃色の髪を揺らしアウラが擦り抜け、異形の魔物の姿から魔術師の姿に戻り地面に横たわる弟、アウルの傍に駆け寄った。

「アウル……アウルぅ」

 アウラの呼び掛けにアウルの身体が僅かに動いた。

 弱々しく虫の息だが生きている。

「アウル……よかった。今から治癒して貰うからね。アイナちゃんお願いアウルを助けて」

 アウラの悲願を耳にしたアイナが悲しげな表情を浮かべ無言で俯いた。

「どいてくれないかなぁ? アウラ」

 チッチの問いにアウラは、大きく首を横に振り、地面に横たっているアウルを背に両手を広げ立ちはだかた。

 チッチの傍に異形の魔物と闘っていた者たちも集まった。

 魔術師の身体に僅かに残っている異形の魔物は再生を始めている。

「アウラ、退いてくれないかね? でないとアウラも一緒に斬らねばならんのでね」

 ランディーがアウラに微笑み掛け諭す。

 アウラは無言で首を振る。

 シオンとレイグは、隙を衝き魔術師を討つ為、じりじりと両翼に開き期を窺がっている。

「アウラ? その魔術師を我らは捉えたいのだ。アウラの組み上げた魔術で、その魔術師が異形の魔物をその身に取り込んだ、或いは取り込まれたなら、その子は最早人ではない」

「そう言うならチッチだって――! ……はっ!」

 アウラは、ゆっくりとチッチの瞳を見つめ視線を合わせた。

 チッチの左眼は碧眼を瞼だ覆い細く弓のように反らしている。何時ものチッチの笑顔がそこにあった。

 その微笑みから視線を反らせた。ゆっくり俯きながら……。

 その瞬間をシオンとレイグは見逃さなかった。


 ――その距離約三十フィール。


 レイグがシオンに、ハンドシグナルを送りタイミングとその距離の目測を確認する。

(距離、約十メール、行くぞ)

 シオンとレイグが、魔術師との距離を瞬時に詰める。

 両者の二本の大剣が魔術師の身体へと振り下ろした。

 一本は鳩尾の指二本分程上心臓のあたり一本は首。

 どんな生物でもその二カ所は急所。

 二人の行動に気付いたアウラだったが、魔術を使うにもその身で弟を庇う事も間に合わない。

「やめてぇ――!」

 アウラは悲痛な叫びを上げるしか出来なかった。

 キィィィ――ン、剣戟音が二重に響き渡る。

「……チッチ?」

 二人の行動を察知したチッチが、魔術師の身体を跨ぎ二人の剣を受け止めた。

「なんで? 斬れねぇだと、なんだよ? それは……」

 シオンが『斬る』と心から思い願うなら例え、大陸でも見えない強力に張られた魔法結界でも斬れない物はない。

「なぜ……邪魔をする?」

 魔術師を庇うチッチにレイグが問うた。

「さあ? 身体が勝手に動いたんだよなぁ」

 カチカチと交わる刃が発する音の中、とぼけた声でチッチが答えた。


 To Be Continued

最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。


次回もお楽しみに!

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