〜 選択 〜 第四部 第七話
☆第七話
◆それぞれの選択 中編
魔術師の周りには不気味な黒い影のような物が集まり出した。
「対魔法・対物理結界」
シオンが眉を顰めた。
アイナの思いに応え殺さずを貫くシオンには魔術師を切れない。心のどこかで迷いが生じる。
何よりも生命の息吹に敏感なアイナを思う気持ちをよく知るシオンは戸惑った。
「世の中は広いな。魔術師が魔法陣無し詠唱無しにあれを張るかよ」
レイグも渋い表情をし言葉を続ける。
「こっちは消耗が激しい。異形の魔人を相手にした後だ……人数で勝っていても分が悪い」
魔術師の前で戸惑うシオンの前に、傷の癒えたチッチが立ちはだかった。
「お前……よく生きてたな」
「なんとか、生きてた」
「よかった! チッチ……生きてくれた。でも……似てる」
アウラは、紫水晶の瞳を潤ませチッチにしがみつき並んで立っている銀髪の少年に、ちらりと眼をやる。
「なにが? だけど、こいつの治癒力? てか、生命力……人間離れしてねぇか? なあ、アイナ」
「シオンが言うなですぅ……しかし、近くで二人が並ぶとそっくりですぅねぇ――」
アイナは、何かを考え込んでいる様子を見せている。
「どうかしたのか? 難しい顔して」
「顔や背丈、容姿の特徴もですがぁ、シオンを治癒する時、なぜか分らんのですぅが他の人間を治癒する時と違って、ちょっとコツが要るのですぅが……右眼包帯もシオンと同じような……ですが少し違うコツが要ったのですぅ」
回復力の尋常さでは劣らずの治癒をおこなったアイナとシオンも、それに凌駕する回復力と生命力に驚いていた。
――からん♪ 鐘の音を鳴らし魔術師が先手を取る。
「敵を間も前にして悠長におしゃべり?」
隠され仕込まれていた魔法陣が地面一面に輝きを放つ。
魔術師アウルの動作と現象と共に辺りの空気が流れ出す。
「ちっ! 異形の魔人の方が囮だったのか! 街の外壁の外、街までは距離があるといえ軍や騎士団も収穫祭で浮かれていたにしても、これ程の陣を準備されるとは……いったいどうなっている」
レイグがイリオン軍の警備、索敵態勢を嘆いた。
「内通者、協力者が軍の中に紛れ込んでいるのさ。アウラを事故に見せ掛け亡き者にしようとしたのも、シュベルク近郊の買収話もそいつらの仕組んだ事だろう」
ランディーが苦々しげに唇を噛んだ。
「何時までしゃべっているんだい? 遠慮せず先手を取らせて貰うよ」
アウルの魔術で作り出した風の刃が無数にチッチたちを襲う。
チッチは風の軌跡を読み取りかわす。
アスカはリヴァをけし掛け、風の刃をけちらせれる。
シオンはフィノメノンソードで風の刃を無効化していく。
レイグは魔剣フレイムソードの炎を巻き上げ、上昇気流を起こし風の刃を天へと蹴散らした。
「私も名も鳴き赤の騎士団隊長の力を見せねばならんか」
ランディーは、腰に帯びた軽剣の柄に右手をかけ、口上と共にその刃を抜き出した。
「王家の墓場を守護する鉄の乙女達よ。我がオーディンの剣の下に集いて、勇者に口づけを敵には死を与えよ」
ランディーの引き抜いた剣の刃から、無数の鉄の女戦士が実体化し風の刃と魔術師アウルに向かい猛然と襲い掛かる。
「私の後ろに下がるですぅ」
弟、アウルからの攻撃に呆けていたアウラにアイナが声を掛け前に出ると魔法を唱える。
「風と大地の聖霊よ。汝、古き盟約に基づき命を果たせ。我らか弱き者を守護せよ」
襲い掛かる無数の風の刃を地面から風に持ち上げられた砂塵が二人の前で壁を作り出し刃を弾き、時には取り込み消滅させた。
――からん♪
アウルも次の魔術を行使する。
魔術戦は敵との読み合い。敵の攻撃に対して予想される防御策と反撃の攻撃手段を先読みし行使していく。
チッチたちとアウルの壮絶な戦いを茫然と見ている事しかアウラには出来なかった。
恋心と憎しみを抱く少年と死んだと思っていた弟……アウルとの激戦。
どちらに加担すれば……いや、そう言う事すらアウラの頭の中には考えが及んではいなかった。
アウラは、ただ眼に映っている出来事を見ている、その光景の中にチッチが腰の双剣を引き抜き、アウルに向かう姿とチッチを邀撃しようと杖を構えたアウルの姿が映り込んだ。
アウルが次の魔術を行使するより早く、チッチの双剣が黒いローブを切り裂いた。
「止めてぇ――!」
戦いを茫然と見つめていたアウラの悲鳴にも似た叫び声が響き渡った。
「もう……止めて……二人とも」
チッチが動きを止めた。
チッチと共に共闘していた面々も動きを止めた……。
その行動はアウラの叫びによるものではない。
「ア……ウル?」
アウルが纏っていた黒いローブが、地面へと滑り落ちていく。
そのローブの中には、得体の知れない生物と呼ぶべきなのだろうか、異形の魔物が蠢いていた。
その姿は一見キメイラのようでもある。しかし、幾つかの人の顔とその頭から生える捩じれた角。
人の身体は保っているものの、身体中には無数の触手が蠢き、その先端にある、口からは、唾液を垂らし牙を剥き出しにしているもの、光の当たらない洞窟内を流れる川や湖に生息しているような、めしいた奇怪な眼を向けている。
皮膚はそれらの為か、人のそれとは違い爬虫類のようにも見えるが、その実態は定かではない。
「性悪金色魔法っ娘」
チッチがアウルを見据えたままアイナをそう呼ぶと言った。
「怖いかい? おぞましいかい? 僕のこの姿が」
アウルが引き攣った頬を吊り上げ、動きの止まった戦士達に問い掛けた。
「僕のローブを裂いた奴! お前も変わった毛色をしているね。人とは違う感覚を感じてたんだ。姉さん以外の他のみんなにもね。特別なものをさ」
「なんとなく、俺もお前にそう感じてはいたけど……魔術師」
チッチはそう言うと、じわりとアウルとの距離を取った。
「勘がいいね」
「よくそう言われる」
――チッチはアウルから眼を逸らさない。
「俺が今からそっちに行く。俺は封印を解く、その後アウラを頼む」
「ふういん? なんですぅ? それは」
チッチは叫び声を上げ弟アウルの姿を眼にして以来、半狂乱になっているアウラの肩を抱くアイナに頼み事を言った。
「俺の封印を解いたらアウラを眠らせてくれないかぁ」
「……解ってるですぅ……このままではあの子の……アウラちゃんの精神は」
これから起こる事を察したアイナは悲しそうな声で答えた。
チッチが一気に二人の方へと向かって駆け出した。
「そうはさせないよ」
魔術師も動く。
その身体が人外の魔物へと姿を変えて行く。
動きを止めていた他の面々が、チッチの援護に動き出す。
チッチが封印を解く。
ランディー以外の誰もが何が起こるかなんて分っていない。
アスカも何となく察しはつく。
しかし、目の当たりにした事は一度もない。
面々が魔術師の行くてを阻む。
チッチはアウラの傍に近付くとアウラをやさしく抱きしめた。
「大丈夫だ。アウラ? 落ち着いてほしいなぁ――」
チッチはそのまま言葉を続けた。
「封印を解いてくれ、アウラ」
アウラの虚空を彷徨う視線がチッチを捉え、静かに首を振った。
「封印……解かない」
「あれを見ろアウラ! あれはもう化け物だ。倒さないといけない。倒さなければならない。シュベルクの人たちの命が、生活が壊される前に……アウラなら分るだろ?」
アウラの視線の先にはチッチの碧眼と人外の紅い瞳が映っている。
――チッチの微笑みが、こんなにも痛いと思った事があっただろうか。
「あれはアウルなの……そんな綺麗ごと……チッチが言わないで! チッチだって化け物じゃない!」
自分が口にした言葉でアウラは自我を取り戻し、チッチの視線から逃げるように俯いた。
「そうだ。俺も化け物だったなぁ」
チッチの何時もの間の抜けた声がアウラの耳に届く。
「チッチ! ごめ――」
アウラの言葉を最後まで聞いている余裕はなかった。チッチの言葉がアウラの言葉に重なる。
「俺は……あれを倒す。あれはアウラが描いた魔方陣から直接創り出された魔物じゃない……たぶん。だからアウラは、その娘と逃げろ。封印は解かなくていい。俺の持てる力を全て出し尽くしてでもあれを倒す……自力で封印は解いたりしないから、そんな顔をするな」
「あ、あのね! チッチ……」
アウラは立ち上がったチッチに声を掛けようとしたが、チッチは既に化け物と化したアウルに向かい駆け出していた。
「ばか……最後まで話を聞けって……何時も言うのはチッチの方じゃない……ばかぁ――!」
俯いたままのアウラの紫水晶の瞳から溜まる事無く地面を濡らした。
――戦いは激化していた。
異形の魔人との戦闘で消耗している事が大きいが、リヴァのお陰でなんとか戦えている状態。
「なんてやつだ! 身体を切っても破壊しても時間が経つと再生しやがる。まるでお前みたいだ……シオン」
レイグの息が上がっている。
「俺は、あんなにタフじゃねぇー! 確かに人より傷の回復早いけどな……あれ程じゃねぇよ」
シオンも息を切らしている。
「まったくだ。山羊飼い! さっさと封印解いて来い!」
ランディーが息を弾ませている。
「お前は、まだまだ元気そうだな……チッチ」
アスカもまだ幼生のリヴァの消耗も激しい。
「う――ん。そうでもないんだけどなぁ……封印を解く事をアウラが拒否しているからなぁ……まぁ、なんとかしてくる」
態勢を整える為、距離を取っていた一団からチッチは、双剣を構え化け物と化したアウルに突撃をかけようとした。
――その時。
「ちょっ――と待ったぁ! ですぅ」
アイナが、チッチの前に両手を広げ立ち塞がった。
「その首の魔法陣が封印の印になってるですぅかぁ?」
「そうだけど……これを解けるのは、アウラともう一人しかいない。
「ばかにすんなぁ――ですぅ。その陣アイナにも解りますぅ」
「方法もなのかぁ?」
アイナは顔を赤らめシオンの顔を、ちらりと見やって頷いた。
To Be Continued
最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。
次回もお楽しみに!