〜 選択 〜 第四部 第四話
☆第四話
◆奇跡の再会。
思いも寄らぬ突然の再会にアウラは動揺した。
グリンベルで街と共に焼かれ死んだ筈のアウルが痛々しい素顔を見せアウラを姉さんと呼んだ。
生きていれば十四歳になっている。
アウルを名乗る魔術師の背格好は、他のその年頃の少年たちと同じ程度。
少し大人びた声になっているものの、忘れもしない弟の今は少し大人びた声と自分と同じ色の瞳と髪の毛、記憶に残っている面影を見て無意識の内にアウルの名を呟いていた。
アウラは馬上から飛び降りると夢遊病者のように、たどたどしい足取りでアウルの方へと歩き出した。
周りの騎士たちは、それぞれ警戒を怠らない。
各々が持つ得物を構え、一時たりとも魔術師から刃物のように研ぎ澄ました眼を逸らす事をしていない。
それはランディーも同じだった。
騎士隊の前を阻むように立っている。
魔術師のローブには『国境無き楽園の使者』を表す紋章が刺繍されている。
北の神殿で交戦した騎士団と同じ紋章。
北の神殿からアウラとチッチがシュベルクに向かう途中、アウラを連れ去り各所に在るとされる国境無き楽園の使者のまさしく鉄の砦にアウラを幽閉した組織。
その砦は強固な要塞もあれば何処の街中にある商会だったり、教会であったり岩肌を刳り貫き砦になっているなど、特定するには困難なアジトを名の示す通り各国に点在し、それに加盟する使者の総数はおろか、アジトの数さえ知る事は出来ていない。
臨戦態勢を整える騎士たちの間を縫うように、アウラは死んだと思っていた弟の方に近付いていく。
余りにも突然の再開にアウラは放心状態のまま。
本来なら喜びの余り瞳に涙を潤ませ駆け寄る事だろう。
ふらふら何かに憑依されたかのように瞳は虚空を見つめているように輝きを失っている。
そんなアウラの腕を細い指先の手が強く掴んだ。
アウラの歩みが制される。
「つるぺた! 行っては駄目ですぅ! あの子には得体の知れない強力な魔力を、それも禍々しい魔力を感じるですぅ」
アウラを制したのは白金髪の少女だった。
突然、腕を掴まれ呼び止められたアウラは自我を取り戻す。
しかし、アウラの動揺は続いていた。
「離して! あの子は私の弟なのっ――。八年以上前に死に別れたと思っていた弟なの!」
アウラは、心の動揺を表しているかのような荒々しくも震える声を張り上げた。
「あなたの事情は知らんですぅ……ですが、あの子が発している魔力は危険ですぅ! 近寄ってはだめですぅ」
白金髪の少女は懸命に訴えを続けた。
魔術師が不意にシュベルクの外壁の外へと顔を向けた。
「姉さん、僕は行くよ。待っていたモノも来たようだしそろそろ時間だ……本当は再開をゆっくり味わいたかったけど、どうやら僕らは騎士さんたちに歓迎されているようじゃない。分かってはいたけどね。それと一つ姉さんに伝えておかないといけない大切な話だけしておくよ」
アウルは、火傷で引き攣っる頬の肌を吊り上げ微笑み言葉を継ぐんだ。
「本当は姉さんを連れて行って、ゆっくり話をしたいし合わせたかったんだけど、元気で父さんも母さんも生きてるよ。西の強国カリュドス帝国でね。じゃぁ、僕は行かないと」
アウルはそれだけ伝えると地面に何時も間にか描いていた魔法陣の上に杖を突き立て言霊を呟くと鐘を鳴らした。
アウラの全身を旋風が包み込み、旋風は数瞬の後に消え去った。アウルの姿と共に――。
騎士たちは緊張の糸を緩めたのか、糸を切られた操り人形のように得物を構えていた腕を下ろした。
「何をしているか! 我れも急ぎ向かうぞ」
気を緩めた騎士たちをランディーが一喝する。
「「はっ!」」
ランディーは両腕を見た。毛穴は逆立ち嫌な汗が額から流れ落ちている事を感じた。その感覚は両腕に止まらず全身に広がっている事に今更ながら感じ取っていた。
精強の名も無き赤の騎士団の約半数を前にして無防備にも程がある。あの魔術師の自然な振る舞い。
その見えない実力は異常な程、不気味で異様な程に警戒心を駆り立てた。
実力者揃いの名も無き赤の騎士団だったから、こそ不用意に仕掛けず事無きを得た。
「さて……どうすっかな」
銀髪の少年が呟いた。
「俺も、あれ呼び出すか? つっても俺たちが見つけたモノは状態が悪過ぎて動きはするものの……あの数を相手に、まともにやり合うのは無理だな。こりゃ」
「じゃぁ、どうするの? この国の軍隊じゃあれは倒せないよぉ」
少年の肩口に座った小さな少女が少年の耳たぶを引っ張った。
「まぁ、魔法でもぶっ放してみるさ」
「あの娘の危機じゃない時は、まともに行使できないくせにぃ――」
「うるせぇ! なら、お前があの姿に戻ってやっちまえ」
「やだぉ――! 疲れるしぃ! わたし一人じゃあの姿でいられるのは、ほんの短い時間だけなんだよ? 何れ、わたしはSIONの導きで心も身体も一つになれば、何時でも鬼神の力を際限なく使えるのにぃ――、お兄ちゃんが態度をはっきりしないからだよぉ……あの娘の事を想う気持ちは分かるけど」
「何が、言いてぇんだ」
「好きなんでしょ?」
「うるせぇ」
「ほらね」
「……」
「お兄ちゃんは、記憶を戻さなくていいの? 方法はもう知ってるのに……それにあの娘は自分の出生の秘密を知りたがっている。だからギルドを辞めると言いだしたんだぉ? マスターが無期限の休暇という事にしたみたいだけどね」
「おい! それ……本当か? 俺は何も聞いてなぞ」
「今回、収穫祭の要人警護依頼に半ば強引に着いて来たのもお兄ちゃんが記憶を戻す事に専念出来るように、そしてあの娘は出生の秘密と弟を追って得体の知れない『アカデメイアの森』に行く為なんだよぉ! 生きて帰れないかも知れないから、だから収穫祭が二人の最後の想い出になるかもって……お兄ちゃんは女心を何も分かってないんだから! 振られても知らないからねっ!」
「……あいつ……一人で大丈夫なのか? アカデメイアの森に行くなんてよ。それに想い出って言うのは生きているからこそ分かち合えるものだろ……生きて帰れねぇなら、一人で行こうとするんじゃねぇよ……」
「あの娘は強いよ。心も魔法の力も……普段は、おどおどして頼りなく見えるけどぉね」
「でも……今は悩んでる暇はないよぉ? あれを倒さないと多くの人の命が掛ってるんだから! あの娘が一番悲しむ事って何さぁ! お兄ちゃんは知ってるでしょ? だったら、ちょっとは格好いいとこ見せてやりなよねぇ!」
「……そんじゃ、まぁ! 始めますか」
銀髪の少年は前を見据えシュベルクを囲む外壁の向こうを見詰めた。
アウラと名も無き赤の騎士団は白金髪も少女が騎士団を先導し消えた魔術師を追っていた。
「こっちですぅ」
白金髪の少女が魔術師の魔力を辿りながら行く先を示す。
そんな中、白金髪の少女がアウラに話掛けた。
「……あなたの気持は少し分かりますぅ。私にも弟がいるのですぅ、あっ! わたしたち姉弟は一卵性の双子なんですぅ……今弟は覇王の力に目覚め、自分の思うがままの理想郷を創生しようとしているのですぅ……一度、その世界の一部を見た事があるのですぅが、わたしも初めは素晴らしい世界だと思ったですぅ……でも、一緒にいた鈍感銀髪野郎が、その世界の結界で創り上げた幻想をぶった斬って、その世界の真実を知ったのですぅ……とても寂しくて悲しい世界だったですぅ。私は弟の野望を止めたいのですぅ。あなたのように死に別れたと言う訳ではないですぅがぁ。あなたは口には、出さんですぅがわたしも弟が目の前に突如現れれば、きっとあなたの思った事と同じような事を思ったと思うですぅ」
白金髪の少女が翡翠色の瞳にやさしい笑みを浮かべ、アウラに向けた。
――見透かされているようだった。
死んだと思っていたアウルが『敵』として現れカリュドス帝国には父も母もいると言う。
祖父母の話が出なかったのはきっと、もう他界しているのだろうか。
祖父母の年齢から考えて、あの惨事から無事に逃げ出せていたとしても、その心労に耐えられなかったのだろう。
アウルと両親が、なぜ無事で遠く離れたカリュドス帝国にいるのか。
――しかし……腑に落ちない事がある。
その事がアウラの心を更に混乱へと落していった。
シュベルクの外壁の外。
異形の魔物たちはゆっくりと歩みを進めていた。
邀撃に向かい交戦中のイリオン軍は、距離を保ち届かない砲撃を続けながら後退戦を強いられてる。
「弾こめぇ――! てぇ――!」
火薬の炸裂音と火花、白煙が大砲の筒先から吹き上がる。
次弾を込める作業中に弾を込め終わった砲列が続けて砲撃を行なっていた。
「弾か火薬が切れるまで撃ち続けろ! 決してシュベルクには近付けるな!」
隊長に怒声が飛ぶ。
――解っている。あの異形の魔物を止める事は出来ない。
人型のゴーレムと思われるが、それにしては頑丈で時より当たりそうになる砲弾を素早い動きで難なくかわし直撃しても傷一つ付ける事が出来なかった化け物。
シュベルクの外壁が隊長の視界に入り出した。
――これまでか……しかし、イリオン軍の誇りにかけて諦めはせん。
邀撃部隊隊長は口元を真一文字に結び、異形の魔物を鋭い眼光で見据えた。
――その時。
聞き慣れない何か唄のように聞こえる、まるで詩人の唄う詩のように軽やかに言葉が隊長の鼓膜を揺らした。
「九つの冥界より来たれ漆黒の業火よ。 我との古き血の契約に従い我の呼び掛けに応えよ 汝、我が魂を糧とし力を行使せよ。漆黒の炎となり敵を焼き尽くせ」
「|ダークネス フラム(漆黒の爆炎)」
唄うような朗読が終わると漆黒の炎が一体の魔物を包み込んだ。
「何だ! あれは」
イリオン軍が極秘裏に進めている魔術研究を知らされていない一介の隊長は驚きの声を上げた。
しかし、遠い昔には魔術が存在した事くらいは知っている。
「あれは……魔術なのか?」
漆黒の炎に包まれる魔物を見て隊長は呟いた。
周りの兵士たちは、ただ凄まじいその光景に眼を奪われた。
To Be Continued
最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。
次回もお楽しみに!