〜 選択 〜 第四部 第三話
☆第三話
◆夢か、果たして幻か
異形の魔物の足跡が途切れた場所にチッチとアスカは、その周囲を捜索する。
「魔法陣見つかんないなぁ」
何時ものように間の抜けた声でチッチが、ぼそりと呟いた。
「ああ、何かが可笑しい……ソルシエールが言うには魔法陣を見つけ出し術式を乱せば、行使した術者の能力にもよるが大方の魔術が効力を失うか、或いは弱まるかゴーレムは本体に術式を書いたものを貼り付け術者の意のままに動かす事が出来ると言っていたなぁ確か……。その術の書かれた札なり、胴に直接刻んだ術式にも魔法陣の効果があり、本陣から引き出した何らかの力を受け取り本来の力を発揮するとか言っていたけどなぁ……」
アスカは頭を捻り考える。
無論、術者も馬鹿ではない。
簡単に見えるような見つかり易い所に魔法陣を描いているはずはない。
出会い頭に魔術師同士が魔術戦を行うとなれば、そんな悠長な事をしている暇は無い。この件に関しては事前からそれなりの地位を持つ何者かの協力があり準備され異形の魔物を呼び出したに違いない。
でなければ、十体にも及ぶ異形の魔物を時間も掛けずに誰にも悟られる事すら無く作り出せる訳がないのだ。
しかしながら、魔物の出現したと思われる場所には魔法陣を隠す場所が見当たらない広野だ。
もし隠すとするならば……。
――地中。
アスカは視線を地面に落とした。
地面が掘り起こされた形跡もない。
リヴァを呼び出地中に潜らせ調査した。
……が呼び出しに使用したと思われる魔法陣を見つける事が出来なかった。
「う――ん? もしかしたら魔法陣を描いた術者が消したか、魔物を生み出して消えたか、魔物を創り出す術式を完璧に組み立てられるのはアウラしか今のところいないはずだから……本人は忘れてるみたいだけど……本当は思い出さないように自分の心に鍵をかけているんだと思うんだよなぁ? 異形の魔物を創り出す術式を知らない間に組み上げてしまった事に対する罪の意識があってアウラは、決して表に出さないけど何時も苦しんでいるみたいだからなぁ」
チッチは、何時ものように微笑みを浮かべ、アスカに顔を向けた。
「なら、どうやって異形の魔物が、こんな所から突然現れ本陣も無しにあれだけ駐留軍に損害を与える力を得ているんだ!」
アスカのかすれた声がチッチに向かい怒りと苛立ちを見せた。
「まぁ、ソルシエールが言うように本体の術式だけで動いているんだろ? 生命を持った異形の魔物を創り出せる魔法陣はアウラにしか描けない」
「では、なんだ! 駐留軍を壊滅させた化け物とは一体なんだ! お前もあの惨状を見たろうに、そんな化け物を創り出せる奴が他に何人もいると言うのか?」
「アウラが描いた魔法陣から創り出された異形の魔物を見た事があるか? アスカ。……俺は一度もない。ランディーが言っているだけでグリンベルの他に今まで異形の魔物に襲われたと言う話を聞いた事があるか?」
「姿無き不可視の影、我々の調査では確かに創り出されている事を魔法陣の発動形跡から見ても間違いない。もしかすると創り出されているのではなく……」
アスカがチッチに食い下がる。
「なんて言うか……よくそんな場所に潜り込める奴がいるもんだなぁ――、……リヴァか?」
「そうだ。リヴァを調査に向かわせた事がある。他の奴らも同じような手法で調査した結果の結論だ」
「その異形の魔物は、いったい何処に消えるんだろうなぁ?」
「そこまでは分からない。組織の偉いさんが必死で解明しようとしているだろうさ……何れ何らかの形で我ら人間の災いになる……そんな気がする。だから私は力を持つ者の一人として組織に入った……こんな私を色目無しに育ててくれた。今は亡き祖母の為にも私の力が災いで無い事を自分自身に示す為に……」
険しかったアスカの表情の中に、何か寂しげな蔭が見えたように思えた。
チッチは、アスカの隣に立つと軽く肩を叩いた。
「人は、自分と違う者を認めたりは決してしない。でも、分かってくれる人も沢山いた。俺の旅した幼い頃の話だけど……」
チッチとは、別の意味で何時も表情を崩さないアスカの表情が悔しげに曇りだしている。
「まったく……お前は……慰め方を知らない奴だな」
アスカは、口を噤みチッチに寄り掛かると正面から抱き寄せた。
チッチより、顔一つ分背の高いアスカの顎下にチッチの顔がちょうど来る形になる。
チッチの頭を抱えたアスカのお陰でチッチの顔面は『デカパイン伝説の神々しい谷間』に埋もれる。
「アズガ……ぐるじい……いぎが……べぼ……いいがぼ」
チッチはアウラがこの場にいない事に感謝した。
アウラがこの場にいて、この状況を目にしたら有無を言わず鐘の音が数回鳴り響いているに違いない。
「調査は、これで終わりだ。何も見つからない以上、ここにいても無意味だからな。私たちもシュベルクに戻ろう」
アスカがチッチの頭を抱えたままそう言った。
「|わがじまじだ(分かりました)」
「こら! 胸元で余り喋るな、くすぐったいだろ! リヴァ来い!」
アスカがチッチの頭を放すとリヴァを呼び戻した。
白金髪の少女は面識のない人たちに随伴し魔術師捜索に協力する事になったが、人見知りが激しいせいか、おどおどしながら下ろされた髪に隠れた瞳と表に露出している、緑の宝石エメラルドのように美しく輝く瞳を彷徨わせ落ち着かない様子だった。
同じ馬の背に乗せられ横向きに並んで座っている。
歳の頃も同じくらいの美しい白金髪の少女。
隣に座っているアウラが白金髪の少女に話掛けた。
「綺麗な瞳ですね」
「……」
アウラの紫水晶の瞳と視線が交わる。
「それに綺麗な髪。まるで記述に残っているエルフの女王様のようですね」
「……」
「それに美しく線を描く顎の形に綺麗な肌にのる、かわいいお鼻」
「……あっ……あなたも……きれいですぅ」
「まぁ! ありがとうございます」
アウラは、頬笑みを向けると金色髪の少女も微笑みで返した。
美少女二人のひそひそ話す姿に馬の手綱を引いている騎士の鼻の下が伸びている。
「その下ろした前髪の奥にも、翡翠色の美しい瞳が隠れているのですね。両目が揃った時、それはそれはお美しいのでしょうね」
「……」
アウラは、元貴族のフラングに幼少の頃から育てられている事もあり恭しく話を続けた。
アウラの何気ない一言で金色髪の少女の表情が悲しげに曇った。
その事に気付いたアウラは不思議そうな顔をしたが、ややあってチッチの右眼を思い出す。
チッチのような事はないだろうが、何かの事故で右眼に傷を負ったのかも知れない、と思い少々気まずい空気が流れた。
年頃の娘が顔に傷を負うという事は何よりもショックであろうし気にしているに違いない。
――自分がもしそうだったとしたら、やはり触れられたくはないだろう。
金色髪の少女は黙って俯いたままだ。
「あの……お気に触ったのならごめんなさい。知らぬ間にお気に障るような事を言ってしまったのかも知れませんね。本当にごめんなさいね」
白金髪の少女は俯きながら、ぼそりと呟いた。
「……つるぺた」
「えっ!」
アウラは一瞬、白金髪の少女が何を言っているのか分からなかった。アウラは少女の視線を追った。
その視線は自分の控えめな胸の膨らみへと続いている。
アウラの視線も自然に白金髪少女の胸に向かった。
――大差ない……いや、むしろ……。
アウラの控えめな胸の膨らみはチッチ曰く、桃なのである。
視線の先にある膨らみと言うと……オレンジ程。
アウラは、がっくりと肩を落として溜息を胸中で溜息を吐いた。
腹が立つというより比べるだけで虚しくなってくる。余程、気にしている事に触れてしまったのだと頭を切り替え反省していると白金髪の少女が細い声で尋ねて来た。
「……陸を走っていた船を見た時は仰天したですぅ……あれに乗っていた男の子も右眼に包帯を巻いていたですぅが、彼は右眼をどうかしたのですぅかぁ?」
「は、はい……彼の右眼は病に侵されていて、それで包帯を巻いているのですよ」
アウラは、あたり触りの無いように答えた。
白金髪の少女は「そうですかぁ」と答えると、そのまま黙って何か考えている様子で俯いていた。
――その時、一人の騎士が隊列に進軍停止の合図を手振りで伝えた。
「前方に魔術師らしき人影、数……一人です」
騎士の声から信じられないと言う心情が読み取れた。
魔術師は本来、魔法陣を描き杖、聖具など基本的なものからアウラのように鐘を用い杖の振り方、聖具の掲げ方など魔術の発動条件を決定し魔術を行使する。
事前に魔法陣を描いておいた自分に有利な場所で戦う以外、周りには魔法陣を描き術の発動までに掛る時間、魔術師を守り援護する為に騎士や戦士などと連携し戦闘を行う。
単独で姿を騎士隊の前に曝したという事は、魔術師の有利な領域に足を踏み入れたか、或いは相当の実力者でないと一人姿を見せる事など皆無だ。
アウラのように魔法陣を用いず行使する禁術書でも覚え扱えない限り魔術師が、のこのこ騎士隊の前に姿を現すなど自殺行為に等しい。
「さて、あの無謀な魔術師は敵なのか……それとも味方か」
ランディーが眼光を研ぎ澄ました。
魔術師の姿など敵も味方も似たような身なりで、その姿から唯一識別するとすれば隊章のみ。
同じ組織か軍に属する者ならば、その人物の顔を確認する事も出来るが……。
魔術師は小柄な身体つきで黒いローブに身を包んでいる。
その魔術師は顔まで隠れて程、深く被っていた外套に手を掛け、ゆっくりと取り去った。
顔には、眼を覆いたくなる程の火傷跡が痛々しい。
魔術師は、引き攣った唇の端を僅かに上げた後、引き攣る頬を持ち上げ微笑みを創り出し口を開いた。
「姉さん……久し振りだね」
――からん♪
その顔は火傷痕が酷く変わり果ててはいるが、幼い頃から残る面影とヴァジニティー家の羊を示す焼印が彫り込まれた鐘。
「その声……その瞳」
アウラの顔色は失われていく。
「ア……ウル?」
アウラは、紫水晶の瞳を潤ませグリンベルで死んだ弟、虚空を見詰めるようにアウルを潤んだ紫の瞳に映していた。
To Be Continued
最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。
次回もお楽しみに!