〜 炎のレース 〜 第三部 第二十五話
☆第二十五話(終幕)
◆動き出す陰謀
ざわめき出す広場の観衆をバルシオが制し静けさを取り戻そうとしていた。
「皆さん! お静かに」
バルシオの呼び掛けに観衆は応え、興味を審議の行く末に注目し出している。
「一応、きみの言い分を聞いておこうか」
バルシオがチッチに向かい頬を吊り上げ、おぞましい表情の笑顔を作り出した。
「何でも有りと言ってもルール書をレース前に渡されたから読んだ。基本はルールはシンプルだったなぁ? 如何に失わず如何に早く如何に多く周れるか! 他に細かい事は書いてあったけど確か申請以外の動物を使って家畜を追えば減点の対象になる。例えば、牧羊犬だけを申請しているのに馬に人が乗って追うのは減点の対象になってたっけ? 最初に馬を登録してしまうと人は楽だし有利に家畜を追う事が出来るから持ち点からその分、点数を引かれて始めから不利な条件でレースをする事になるからみんな登録をせず見つかった時の減点覚悟で使う」
チッチは微笑みを崩さない。
「その通り、実際に監視に見つかった者は減点されている」
バルシオも凍った微笑みを崩さずに言った。
「それで荷馬車はいいのか? 申請せよとは書いてなかった。それに俺は何台もの六頭立ての大きな荷馬車を使って羊を乗せて運んでいる者たちを見聞きしたが荷馬車を使って運ぶ。それはいいのか? 申請してなくても」
「それは構わない。あくまで移動の手段でもある。それに荷場車自体は家畜を追えない。ただの道具だからな。問題なのは荷馬車を牽く荷馬にあり、それは減点の対象になるが」
チッチはその言葉を聞きいて微笑もを増した。
「それなら船は移動の手段で道具だ。船は山羊を追ったりしない。それに船は馬を使って牽いたりしない。それにバルシオ・トマウスは荷場を使い馬車を使ったと聞いたしここで行われていたレース中継でも司会者が言っていたと聞いたが、公開された得点表は減点されていなかったなぁ? なんでだ?」
チッチは如何にもわざとらしく腕を組み微笑みを消すと、ぽかんと口を開け不思議そうな顔を見せているつもりで表情を作った。
隣にいるアウラがチッチの身体を肘で突くと小声で言った。
「不思議そうな顔になってないですよ」
「そうかなぁ? 俺は不思議でたまらないから、こんな顔をしてるんだぞぉ」
「トマウスが減点されなかったのは監視員に見つかってないからだ」
バルシオは苦し紛れに、そうチッチに説明し言葉を続けた。
「広場にいるのは観衆であって監視員ではない」
「公になっているのにか?」
「そうだ。あくまで現場を見た監視員だけが減点行為を告発できる」
「俺は監視員とやらに減点行為として告発されたのか? 得点表に減点はなかったけどなぁ?」
チッチの指摘にバルシオの凍った笑みは消えていた。
苦しくなったバルシオは話を反らし始める。
「きみはナーンで砲撃を受けたと聞いているが?」
「ああ、酷い目に遭った」
「酷い目って、チッチ! 死に掛けたじゃないですか! あの時の砲撃音は聞こえていたなずなのに、ナーンの監視員や駐留軍すら来てくれなかったんですよ! 呑気な顔してないで少しは怒りなさい!」
アウラは口を尖らせチッチに抗議した。
「アウラ? 抗議するなら俺じゃなく向こうにしてくれ」
「もしかして妨害工作の数々はあなたたちの仕業ですね?」
「いいぞぉ! アウラ」
「私は主催者で妨害に加担する事も指示を出す事も出来ない立場だ。その時監視員や駐留軍が来なかった。だから、きみは減点されなかったんじゃないのかな?」
バルシオは形勢の入れ替えを試み、そう言うと頬が吊り上がる。
「問題なのは前例のない船を使った事だ」
「何故?」
チッチの碧眼がバルシオを眼光炯炯、睨みつけた。
「ルール書には川を移動してはいけないと書いてなかった。これまで誰一人として川を利用してなかっただけだ。流通には以前から使われているのにだ。ついでに言うなら放牧者は遠い昔から風を読み天候を読んで放牧の旅を続けた。俺は文字通り帆船を使い風を読んで放牧レースを制した」
「そ、それは……」
チッチの眼光に気押したバルシオは口籠る。
その様子を見てチッチは追い討ちをかける。
「このレース、得点表を見る限りバルシオ商会の出場枠以外で出た者たちの殆どが、荷馬を使って荷馬車を牽き家畜を運んで減点されている。これだけあからさまに主催者の思惑が見える出来レースだ無効にして掛け金全て払い戻すか、成立させて俺に賭けていた人に配当金を支払うかだ。無論、個別順位予想や二位、三位予想をしていた人達にもだ」
チッチの配当倍率は百二十四万倍、イリオン金貨一枚が百二十四万枚になる。
バルシオ親子は悔しげな顔をすると発表を中止し舞台袖へと姿を消した。
「俺に賭けてくれた人を一人知っているが、その人は三百二十八枚のイリオン金貨を賭けてるんだぞぉ」
「三百二十八枚?」
アウラの声が裏返る。
チッチの配当倍率が百二十四万倍なのだから、返還される配当額は四億二つ転げて六百七十二万枚。
買収されると聞いているシュベルクの領地どころか近辺の領土も軽く買えてしまう枚数だ。
アウラは、チッチが声を荒げた事を珍しそうに見ていたが、ふと考えた。
確かチッチは山羊飼いの自分に賭ける者はいなかったと言っていた。
「チッチ? いったい誰なのですか?」
「俺」
「へぇ? 三百二十八枚もの金貨をどうやって! チッチ……あなたまさか!」
「俺とフラングの爺さんにランディー、それにソルシエールのおば……お姉さんにロザリア、エリシャ、とロッカもだっけ? フラングの爺さんが殆ど用意してくれた。ソルシエールのおば……姉さんが十枚とランディーも安い年金から十枚。その他のみんな一枚ずつ、そして俺が五枚、学園のみんなや教師たちも少しづつ足してくれた」
「ランディー様やソルシエールさんまで……それに学園のみんなが、どうしてシュベルクの事情を知ってたの? ……まさか!」
「ロザリアだろ? ランディーにでも聞いたんじゃないか? アウラの故郷のが危機だって言って集めてくれた。それをランディーが爺さんに届けたと聞いてる」
「……チッチ、ありがと」
アウラは、チッチの胸に顔を埋め震える小さな声で言った。
「違うだろ?」
「みんな……ありがと」
「そうだ」
チッチは満面の笑みを浮かべて、そっとアウラを抱きしめた。
後日、審議の結果成立しフラングは領地を継がせた実の息子にレースで手に入れた配当金を使い領地買い取りの売買契約を結び、その他にも買収されると噂されていた領地に向かい話を聞き、買収話が真実であった事を知るとその領地も買い取った。
残りの金貨をシュベルクの存亡に尽力してくれ金貨集め、貸してくれた者たちにささやかではあったが礼を尽くし出資金に上乗せして金貨を返した。
フラングが改めてシュベルクを中心とした領地を持つ伯爵位を国王より賜り貴族に戻り領地を治める事となった。
――明後日。
シュベルク邸に夏休みに入りったばかりの学園に生徒たちは、チッチとアウラの応援と収穫祭を見に来ていたアウラの友達を招き、ささやかな宴が執り行はれている。
女性生徒たちは華やかなドレスに身を包み男子生徒は正装をしている。
宴の間に楽師たちの演奏が流れる中、大広間で社交会を楽しんでいた。
その会場にアウラの姿はなかった。
大広間の繊細な彫刻が彫られた豪華な大扉が開く。
それを合図に楽師たちの演奏が曲調を舞踏会用のものへと切り替えた。
大扉から大広間に赤絨毯が従者の手により、敷かれ終わると開かれた大扉の向こうに見える手摺りのついた階段を白桃色の豪華なドレスに身を包んみ、ランディーにエスコートされ、ゆっくりと昇ってくるアウラの姿が現れると皆の眼を独り占めにした。
ランディーが差し出した右手を肘から脇の半ばまである真っ白な長手袋をした細い指先で軽く摘まむように添え、細い右手でふんわりと膨らむドレスを摘まみ揚げている。
細く美しい長い桃色髪は頭の上で纏め上げられ整えられた前髪と耳元に下ろされている軽く捩じりを加えた巻き毛がふんわりとやわらかく揺れている。
アウラの八面玲瓏と言うに相応しい姿に会場にいる全ての人物が眼を奪われ、魂を抜かれたような顔で大扉の方向に釘づけになっていた。
大きく開いたドレスの胸元から覗かせている胸元はコルセットの恐ろしいまでの威力でアウラの控えめな胸に谷間を作り出していた。
ドレスの胸元には淡雪のように白い乳房が露わになっている。
元イリオンの北の地方グリンベルに生まれ羊飼いをしていたアウラの肌は白く透き通るようでもあり、その肌は陽の光のしたで広野を放牧する羊飼いとはとても思えない。
グリンベルを焼かれ天涯孤独になったアウラは孤児院に贈られるはずだった。
幸いな事に貴族の養女として幼い頃に隠居したばかりのフラングに迎えられ恭しく振る舞い事も出来る。
裕福な貴族の養女になってからも羊飼いをしている少女とは思えぬ程、その容姿は美しく一国の姫君を思わせる程の気品を振り撒いている。
アウラが大扉の入口で一度立ち止まり、エスコートを仰せつかっていたランディーは恭しく一礼をすると身を翻し大扉の脇に立った。
ドレスの後ろ側に伸びる裾を持ち上げていた侍女たちも扉の陰に退いた。
一度下ろされたアウラの左腕がゆっくりと持ち上がる。
その腕から伸びる細い指先の延長線にはチッチの姿があった。
扉から先のエスコートの指名をアウラが示したのだ。
何時もの微笑みを絶やさないチッチの視線がアウラと交わる。
作法など微塵も知らないチッチにロッカが耳打ちをした。
チッチがアウラの下に向かい近付くと持ち上げ宙たアウラの手に右手を差し伸べた。
「私と一曲、踊ってくれませんんか? 私のシュバリエ」
二人の指先がゆっくりと近付き触れようとしている。
アウラは、ほのかに顔を赤らめチッチの微笑みを見ていた。
――二人の指先が触れようとした時。
一人の騎士が慌ただしい様子でランディーに近付き耳打ちをした。
「隊長。シュベルクの南西、ナーンの街付近に異形の魔物十体が現れたとの報告を持ち、先程早馬が到着致しました」
ランディーの顔に緊張の色が窺がえる。
「それで状況は」
「はい、その魔物は人型。ゴーレムかと思われます。先行したナーンの駐留軍が接敵砲撃を行いましたが砲弾をまるで受け付けません。無論、剣や槍、弓などは論外。現在シュベルクに向け北上中。その足は遅く荷馬が軽く駆ける程度との事、その足から推測されるシュベルク到着は日没から夜半、恐らく夜襲を掛ける腹積もりかと思われます」
「ちっ! シュベルクには、まだ各国の要人が滞在しているのだぞ! で、ナーン駐留軍に増援は?」
国外まで名を馳せる名も無き赤の騎士団の隊長が険しい表情を見せている。
「ナーン駐留軍は奮戦する間も無く壊滅。イリオン正規軍及び、近隣の軍は援軍に向かわず邀撃体制を整えております」
ささやかな宴は白昼夢のように儚く一時の安らぎの間は崩れ去って行た。
★からんちゅ♪魔術師の鐘★ 第一章 第三部 〜炎のレース 〜 End。
第四部 〜 選択 〜に続く。
To Be Continued
最後まで御読み下さいまして誠にありがとうございます。<(_ _)>
第一章 第三部 〜 炎のレース 〜 終幕。
次回第一章 第四部 〜 選択 〜
次回もお楽しみに!