〜 炎のレース 〜 第三部 第二十四話
☆第二十四話
◆コインの表側
――シュベルクの朝。
フラング邸の一室で桃色髪の毛が白いシーツの上でもそもそと蠢かしながら、薄いシーツの中で旅の疲れからかアウラは何時もよりお寝坊さんを楽しんでいる。
桃色髪の持ち主は頭に敷いていた、ふかふかの枕を外すと両腕に抱え込んだ。
ギョスの街で宿に泊まった時、敢えて二部屋とったというのに、チッチはアウラの部屋に潜り込んで来なかった。
レース前、プラムの事を聞きつけやって来たチッチは毎晩のように護衛の騎士が見張っている。
それも国外までその名の轟く名も無き赤の騎士団の騎士の警備を、あざ笑うかのようにアウラの部屋に易とも簡単に忍び込み、ベッドの中に潜り込んで『介抱』と言っては破廉恥な行為を散々繰り返したのである。
無論、チッチに悪気はなく母に自分がされていたように介抱をした訳であった事も理解している。
思い起こせば北の神殿に向かう際、豪雨に足止めされ宿を取った時に雷が苦手で雷鳴が怖くて仕方なくチッチの部屋にアウラの方から出向いた事があった。
アウラの脳裏は、あの時のチッチの姿を思い出して頬を赤く上気している事が分かる。
――この一件は、一先ず置いとく事にしましょう。
無論、チッチのベッドに潜り込み雷鳴が治まる頃には安堵感から睡魔に襲われ、チッチのベッドで不覚にも朝まで眠りに就いてしまったが、当然のように何も起こらなかった。
北の神殿からシュベルクに帰った時、旅支度が整うまでの僅かな時を伴に屋敷で過ごした最初の朝、眼を覚ますと鍵を掛けていたはずの部屋にチッチが忍び込み、そのままどう言う訳かベッド下の床で眠っていて目覚めたアウラがベットから立ち上がろうとして危うく踏んづけそうになったが、足に何かが触れた事に気付き、悲鳴と共に素早く足を引っこめ思いっきり全体重を掛けてチッチを踏むという難を免れた。
その後、恐る恐るベッドの下を覗き込むとチッチは眠っていて驚き怒ったアウラが毛布を剥ぐとチッチの姿に悲鳴を上げた事を思い出し上気した頬が更に赤みを増して行く事が分るくらい頬が熱い。
チッチが寝ている時の姿は、身体を子猫のように小さく丸め眠っていて実にかわいらしく見えるのだが……。
――チッチは眠る時、何時も全裸。野宿の時も……何故に?
流石に一緒に旅をしている時と今回のレース中は、夜寝る前に服を脱ごうとするチッチに再三注意をして来たので全裸で寝ている姿は見なかった。
――昼寝をする時は、きちんと服を着て眠っているのだから不思議で仕方がない。
チッチが屋敷にいる間、毎晩のように忍び込み朝になるとアウラの悲鳴が一番鳥より早く屋敷の中に木霊していたのであった。
昨夜は、レースも終わり、事前に狙われたような事はないだろうと一応警備を敷いているが屋敷の外に重点を置いての警備を行っている。
アウラは昨夜、部屋に鍵を掛けずに眠りに就いた。
チッチはどんな事をしても部屋に潜り込んで来るのだから、鍵を閉める事に何の意味もない。
寝る前に良く考えてみた。
チッチ以外の人物への警戒に掛けた方がいいのは当然だ……しかし、アウラは鍵を掛けなった。
屋敷のみんなと警備の人たちを信用しているからで、決して(・・・)チッチが部屋に入り易いように鍵を掛けないのではないのだと、自分に言い聞かせ床に就き眠りに落ちた。
――そして、今朝はチッチは来ていない。折角、鍵を開けて置いたのに!
アウラは、チッチが来てくれる事を期待していた自分に気付き顔を熟れた無花果の実くらいに顔を赤らめシーツにの中に頭の先まで、すっぽりと潜り込んだ。
雨中での激しい砲撃を受けた時、グローリー号の上でチッチが言ってくれた『 だよ』の言葉がアウラの胸の中で何度も何度も繰り返し聞こえているように繰り返し響いていた。
シュベルクの街のとある静かな蝋燭の火が揺らめくだけの薄暗い一室には、獅子の紋章を付けた男がワインの注がれたグラスを不敵な笑みを浮かべて揺らしていた。
周りには侍女が数名控えているだけで司教の姿も口髭の男も、そして……小柄な黒いローブの魔術師の姿も見当たらなかった。
「おい! コインを貸せ」
控えていた侍女が、恭しく一礼すると用意したコインを男に渡す。
紋章の男が、一枚のコインを手の上に乗せると親指で弾き宙へと舞い上がらせた。
紋章の男が手の甲でコインを受け素早く残る片方の手の平を覆いかぶせた。
「さて……、コインはどちらを見せる」
男は不気味にも思える程、唇の両端を吊り上げ笑みを作った。
コインを隠している手の平をゆっくりと持ち上げ男は呟いた。
「表か……」
男がそう呟き、パチンと親指を弾き合図を送くると傍に控えていた一人の侍女が部屋と後にし部屋を出て行った。
「まぁ、裏でも結果は変わらん」
男はそう呟くと掛けていた椅子から腰を持ち上げ蝋燭の淡い火に鎧を輝かせながら、マントを翻し部屋を出て行った。
シュベルクの街中の広場の一角には、立派は来賓用の席が設けられ各国の要人たちが腰を据えた。
広場にはレースの結果を知りに大勢の人が押し寄せている。
間もなく五日間に及んで繰り広げられた放牧レースの結果が告げられる。
昨日の日没までにシュベルクまで帰り、最終手続きを済ませたチッチたちレースの出場者は、設けられた舞台の裏広場に集まって結果の発表を待っていた。
「各競技の優勝者の発表が終わりました。それでは続きまして収穫祭最大の催し物、放牧レースの結果をお知らせ致します。それでは、この度レースの一切を取り仕切るバルシオ商会の会長バルシオ・ディマスより、レース得点集計の結果発表を行って頂きます。尚、今回のレースでは前人未到! 指標点に指定されている街を全て周るという快挙を成し遂げた放牧者が出ております。配当倍率についても過去最高の結果となって折りますので皆様ご期待ください。では、バルシオ・ディマス会長」
司会をしていた人物が舞台袖に移動するとバルシオが舞台の中央へと歩みを進めた。
中央に立ったバルシオは俯いたまま小刻みに身体を震わせ手に持つ、金の帯符で筒状に丸め込まれた羊皮紙が平たく潰れる程握りしめ、暫くの間立ち尽くしていた。
ややあって、苦虫を噛み潰した表情で羊皮紙を開いた。
結果の書かれている羊皮紙を両手で開く手に必要以上の力が込められている事が分かる程、羊皮紙共々落ち着かない様が見て取れた。
震える声でバルシオは結果を読み上げ始める。
レースに連れていった家畜クラス別に、その順位を読み上げていく。
最後に優勝者の名前が呼ばれると、名前を呼ばれた三位までの出場者が晴れの舞台へと裏広場から上がっていく。
舞台に上がった者は順位に合わせ色の違う楯と賞金を受取り舞台の後ろに控えた。
チッチたちが連れていた山羊は羊と同じクラス。
次々に結果の発表が行われていった。
いよいよ最後に、この度の収穫祭の主役。羊、山羊の部優勝者の名前が呼ばれ、その後に総合優勝者の発表となる。
三位の出場者の名前が呼ばれた。
裏広場から舞台に上がる。
次に名前を呼ばれたのはバルシオの息子、バルシオ・トマウスであった。
トマウスは唇を噛みしめ苦々しい表情を浮かべながら、チッチとアウラを一睨みし唇を歪め不敵な笑みを浮かべ舞台へと上がっていった。
アウラは、その視線に怯えチッチの袖口を思わず摘まんだが、チッチは何時もの笑みでその視線を見返していた。
「で、では、羊、山羊部門の優勝者……チッチ、アウラ・ヴァジニティー組」
怒りか、それとも悔しさか唇と声を震わせながらバルシオが名前を告げた。
広場に怒涛のような歓声が沸き上がる。
バルシオが両手を肩口から下にゆっくりと上下させ、広場に集まった人々をなだめた。
暫しの間を置き怒涛のように沸き上がっていた歓声が止み、一転して静まり返る。
最後に発表される総合優勝者の名前とその賭け率に注目し広場のに集まった人々は固唾を呑んで舞台上を見守っていた。
歓声の静まりを確認したバルシオが口を開いた。
――如何にも悔しそうな苦々しい表情を浮かべ、最後に唇を吊り上げた。
「総合優勝は……チッチ、アウラ・ヴァジニティー組」
――歓声は、まだ起こらない。
「配当倍率に……百……二十四万倍」
余りにも高い配当倍率に広場の人々は声を失った。
やがて、ぽっりぽつりと落胆の声が漏れ出す。
その静けさの中、バルシオ・トマウスが異議を申し立てた。
発表を行っていたバルシオ・ディマスが頬を吊り上げる。
「異議とは、なにかね? バルシオ・トマウス」
「はい。その者は伝統ある放牧レースを侮辱する行為を行いレースを展開しておりました」
「それは、それは……、もし、その行為がレースに違反するものならば無論の事、余りにも卑劣な行為であれば、総合優勝の取り消しも審議に掛け検討しなければならんな……で、その行為とは?」
バルシオ・ディマスが不快な笑みを浮かべ、トマウスに問うた。
「はい。その者は川を船で下り得体の知れない陸上を走る船で家畜を運びました」
来賓席と広場の人々の間で、ひそひそと話す声が聞え出しそのざわめきは次第に大きくなっていった。
To Be Continued
最後まで御読み下さいまして誠にありがとうございます。<(_ _)>
次回もお楽しみに!