〜 炎のレース 〜 第三部 第二十三話
☆第二十三話
◆炎の消滅。そしてゴールへ
燃え盛る炎の海をアウラが魔術で作り出した炎が半円上に包み込んだ。
「アウラ! 一気に炎に魔力を与えて炎を活性化させろ」
アウラはチッチの言葉に、こくりと頷き鐘を鳴らし言霊を乗せた。
からん♪ から――ん♪
「kano・uruz・kano・ansuz・uruz・gebo」
(火よ。力を! 焔よ。神から賜れし力の贈り物を)
魔術で作り出された炎が一気に勢いを増し燃え上がる。
その熱は離れた場所のグローリー号にまで届いた。
しかし、アウラが言っていたように魔術の炎は標的に定めた炎以外の物を破壊する事はない。
――放たれる熱量で近付く事は出来ないだろうが。
「そろそろかなぁ?」
チッチの間の抜けた声にアウラは小さく頷くと魔術を解いた。
アウラが地面から上に半円状に作り出した魔術の炎は次第に消滅していき、暫くして完全に消滅した。
魔術の炎が消えた後には、燃え盛っていた炎の海の跡は熱で萎れる麦穂、葉を捩じらせ白くなった牧草、焼けて灰色と白くなった植物と燻ぶり立ち昇る白い煙をあげる黒い焼き爛れた地表を見せた。
炎は完全に鎮火されている。
その事を確認するとチッチは、操作場に戻り帆のトリムを合わせ船足を上げた。
二人と山羊たちを乗せたグローリー号が燃え盛っていた炎跡に近付き、まだ熱気を放っている地面に差し掛かった。
「酷い……」
アウラは、草色と麦畑の麦穂が生み出していた黄金の風景を思い出し震える声で呟いた。
「なんて言うかなぁ、これだけの被害で済んだのはアウラの魔術のお陰だし、俺たちも進路を変える事く、終着点のシュベルクの街に向かう事が出来るなぁ」
チッチの不器用な慰めの言葉にアウラは頷くと、両腕を臀部辺りで手の平を組みチッチがいる操作場の方に振り向いた。
アウラはチッチの傍に近付くと、小柄な身体をくの字に折りチッチの顔を覗き込んで僅かに微笑んで見せた。
「相変わらずチッチは励ましとか慰めが下手ですね? でも、こんな方法で炎を消すなんて事を思い付くなんて……素敵ですよ」
「そうかなぁ、プラムの時には上手く慰めたじゃないかぁ? その後の介抱も――痛い……」
からん♪
アウラは、僅かに苦笑を浮かべた後、静かにくすくす笑い声を漏らし紫水晶の瞳を笑みへと変える。
プラムの事を思い出すと複雑な気持ちが入り混じり思うように上手くは笑えない。
何より焼かれてしまった食物たちの焼き爛れた黒い大地が、その気持ちに拍車を掛けていた。
アウラは、尊敬にも値する発想を思い付き燃え盛る炎の海を消してしまったチッチにせめてもの感謝と敬意を含め精一杯笑って見せた。
「炎の力で炎を消す……チッチ? 何時も何処を見てるの? チッチ? 何時も何を考えてるの?」
アウラは複雑な心境の中、今できる精一杯の頬笑みを浮かべチッチに尋ねた。
「アウラの――痛てぇ」
からん♪
「たぶん言おうとしている事と違うし言わなくていいです」
「話は最後まで聞いた方がいいぞぉ? 何度も言ってるけど」
「じゃあ、言ってみてください」
アウラは引き攣った微笑を浮かべた。
「小さな火は水をかければ簡単に消える。強い風で仰げば消えたりもする。でもあれだけの炎は簡単には消えない、例え水をかけたとしても風で仰いでも簡単には消えたりはしない。逆に大量の空気を送って炎は勢いを増し強く燃え上がる。瞬間的に爆風でも起こせば別だけど」
チッチは一度、言葉を切ると引き攣った微笑みを浮かべていたアウラの様子を窺がった。
アウラの表情は真顔でチッチの話を喰い入るように聞いているように見えた。
「それで?」
「炎が燃える時に喰らう周りの酸素を奪えば火は燃える事が出来なくなるから、炎が燃える為の媒体をアウラの魔術で作り出す炎を利用し炎を包み込んだところで一気に魔力を上乗せして魔術の炎を加速させ、炎が使う酸素を奪い窒息させれば、炎は消えると思ったんだ。こんなにも上手く消えるとは思わなかったけど……アウラ偉い!」
チッチが微笑み頬を向け近付けアウラの反応を窺がっている。
「はぁ――、あなたって人は……」
アウラは、かわいらしい溜息を吐くと関心しているのか突飛な発想を咄嗟に思い付く、チッチの思考に呆れているのか分からない複雑な顔をしてチッチの頬に軽く口づけを与えた。
チッチの碧眼が更に反れ満足そうに微笑んだ。
「さあ! シュベルクへ」
二人を乗せたグローリー号はゴールのシュベルクへと快走を続けた。
シュベルクに向かう途中、炎をと煙の気付きシュベルクから出た駐留軍や麦畑の管理を任されている人物たちとすれ違った。
その前には、逸早く野の火事に気付けて駆けつけた者たちが燃え盛る炎を目の前にしながら、空気を伝わる炎の熱と巻き起こす熱風で近付く事すら出来ず、ただ見守っているしかなかったのだろう、突然炎に包まれ炎が納まると野の火事は鎮火していた。
不思議な光景を目の当たりにして呆然と立ち尽くしている姿を横目に見ながら、グローリー号はシュベルクの街へ入いった。
灰色と黒の交じる大地を見て悲しそうな表情をして佇んでいる少女の姿があった。
美しいブロンドの金色に輝く髪は、妖精と見間違う程で歳の頃はアウラやチッチと同じ十代半ばと思われ、片側の前髪が下ろされ右の瞳を覆っている左側に覗く翡翠色の瞳を潤ませている。
腰まで伸びているであろう後ろ髪を頭部の耳上で纏めリボンで纏めた、羞花閉月と言うに相応しい少女が、静かに唇を震わせ、焼け野原になった大地を見つめていた。
その隣には、漆黒のローブに薔薇と妖精がモチーフされた赤い刺繍と背中には一風変わったゴーレムが光沢のある黒い刺繍糸で模されている。
陽の光を浴びるとほのかに陽の光にブルーが映える銀髪の少年が立っていた。
「……悲しいことですぅ」
「そんな顔すんなってぇ」
「寂しいですぅ」
「たく! わぁったよ! 分かりましたやりますよ。やればいいんだろ?」
白金髪の少女は静かにう頷いた。
銀髪の少年が右腕の装飾品に手を掛けた。
装飾品にあしらわれている宝石のように美しい透明色の滑らかな弧を描く丸みを帯びた部位の中には六芒陣が描かれていた。
銀髪の少年がそれに触れると眼の前に光輝く六芒陣が中に描かれ、その中から大剣の柄らしき物が現れた。
少年が六芒陣に現れた柄に手を掛け陣から引き抜いた。
十二枚の翼が刀身を包むように閉じられているが、柄の大きさとの比較が不自然な程短い。
「さてと……始めますか」
銀髪の少年は、すっと腰を下げ剣を構え口上を唱えた。
「聖界十二の宮殿より黄金の扉を開き、集い来たれ事象を絶つ刃よ。我の意志に応えよ」
口上を述べ終わると刀身を覆っていた十二枚の翼が開き出し柄から伸びる短い刀身が姿を現した。
刀身から光の筋が延び鍔下では光が広がる。
やがて、金属とは違う透明な大剣と呼ぶに相応しい光の刃が形を成し七色に輝いた。
銀髪の少年が、身の丈をその大剣を軽々と焼け野原となった大地に向け横に薙いだ。
刀身から放たれた光の波紋が、焼け野原を通り過ぎると灰色の大地に緑の牧草と黄金の麦粒を垂れた麦穂が姿を現し何事も無かったかのように元の姿へと戻り、黄金に輝く大地が甦った。
「ありがとですぅ」
妖精のように美しい金髪を風が揺らす。
少女は、やわらかい笑みを浮かべて感謝の言葉を述べた。
「陸を走っていた船に乗っていた男の子……似てるですぅ――」
「お前さぁ? 良く見てなかったのか? 俺の方が男前だったろ?」
「右眼の辺りに包帯を巻いてましたですぅ。怪我でもしたのですぅかねぇ? それでも美男子でしたですぅ――」
「お前っ! 眼がハート型になってんぞ? まぁ、似てたかもな! 髪の色も似たような感じだったし確かに男前だったかもな?……でも、俺はあんなに呑気で間抜けな顔をしないぜ」
「あれは微笑んでいたのですぅ!」
金髪の少女と銀髪の少年が、苦々しい表情を浮かべ暫くの間睨み合いを続けた。
「しかし、俺たちが駆け付けた時、あの白銀頭の包帯野郎と桃色髪の女の子が、なにをするのか気になってお前が、ぎゃ――すか騒ぐ中、見てたけどさ……まったく、とんでもない事を思い付きやがる。まぁ、頭が冴えているのは桃色髪のかわいい女の子の方だろうけどな」
「方法を思い付いたのは、きっとあの包帯美男子でぇすぅ! それよりあの子……魔法を行使したんですかぁねぇ? 精霊の振動に似たものを感じたですぅ……それと! おばかぁ! こんなにかわいい私がいるのにぃ――! どこぞの女に眼を奪われるとは、ゆるさんですぅ!」
「てめえぇ! 自分の事は棚に上げやがって! 見てなかったのか? あの包帯野郎、かわいい子が炎を消し終わった後、ほっぺにキスしてたぞ! 羨ましいなぁこの野郎。俺なんかなんもなしだってぇの」
「ふん! この程度の働きでキスされると思うな! ですぅ」
二人の痴話喧嘩を姿を戻した麦の大地が黄金の麦穂を上下に頷かせながら、楽しそうに風に揺れて二人を見ているようだった。
その頃、シュベルクの街の付近にグローリー号を停船させ、山羊たちを下ろしたアウラとチッチは最終手続きを受けに外壁のアーチを潜った。
手続きを済ませ、何か所かの街を周り既に手続きを済ませた者やこれから陽に入りまでに戻ってきた者たちの結果を集計し発表を待つだけとなった。
チッチたちがシュベルクに到着したのは、天中に陽が昇り詰めるまでには大分時間がある頃だった。
明日の順位発表までの間、手続きを済ませた二人はそれぞれアウラは屋敷に。チッチは一度グローリー号に戻りフラングの屋敷にグローリー号共々、夜陰に紛れて戻る事になっていた。
チッチがグローリー号に戻るとアスカが姿を現しチッチに話掛けた。
「不味い事になるかも知れない……奴らが動き出した。ランディーたちと他の仲間に使いを送っておいたが……果たして間に合うかどうか」
アスカは表情を曇らせた。
「いざとなれば何とかする。今シュベルクには国外のお偉いさんの護衛に各国の兵が、要人護衛に集まって来てるんだなんとかなるだろ」
「まったく、お前は何時も呑気でいいな」
その夜、暗雲が漂い始めるシュベルクの街にチッチのグローリー号は夜陰に紛れ人知れぬ場所からフラングの屋敷へと入いった。
To Be Continued
最後まで御読み下さいまして誠にありがとうございます。<(_ _)>
次回もお楽しみに!