〜 炎のレース 〜 第三部 第二十話
☆第二十話
◆風が変わる前に
桃色の美少女が少し剥れた顔で速度の落ちたグローリー号を操船している。
好奇心豊かなアウラはチッチに操船の仕方を教わっていたが、からくりのお陰で大分乾燥化されている操作も並みの人間が操るには複雑なものだった。
アウラは何とか舵の操作をしているだけで特に複雑な帆の調整などを行えるはずもない。
切られた帆の修理などはアスカがしてくれ、帆の調整も合わせてくれた。
その後、アスカはチッチのブルーマールの映える白銀の髪を自分の腿に乗せ膝枕して甲板上に座っている。
暇なのだろうか時折、アスカがチッチの頭を撫でたり自分の身体を前後に動かしている。
アスカが少し前に身体を倒すと、それだけで何を食べていれば、あそこまで膨れ上がるのかと思える程の凶悪な胸がチッチの顔に押し付けられる。
アウラは自分の控えめな胸元を見て切なさを覚え小さく溜息を吐いた。
グローリー号をナーンの近くで停船させ眠っているチッチの代わりに通過証明書を貰う為に山羊を船から降ろし始めた。
頭数は二十頭。
際にも砲撃の直撃を受けずに済んだお陰で山羊を一頭も失う事はなかった。
「わたしが、この船とこいつの面倒を見ておいてやるから手続きを済ませて来るといい」
アスカがそう言って、まだ残っているチッチの顔に付着していた血を水に浸した布で拭き取っている。
チッチの状態というと酷かった怪我は、一時的に循鱗の破片を解放した際にチッチの母の循鱗が共鳴し力を発揮したのか、みるみる内に傷口を塞いでいった。
その時アウラは初めて循鱗が本来の力を発揮した、その凄まじいまでの超再生能力を目の当たりにしたのだった。
チッチの姿も依然と変わらず右眼の瞳だけ人外のもののままだったが、他に変化は起きていなかった。
ちょっと心配ではあるたが、チッチとアスカを残しアウラはナーンの街へと山羊たちを追って向かった。
アウラの心配事とは無論、チッチの容態。しかし……やけにアスカの事が気に掛かる。
黒尽くめの外套と口元の黒い巻き布を取り去ったアスカは、とんでもない二十歳前後の美人だった。
この辺りでは、殆ど見る事のない艶やかな黒い髪に茶色掛った美しい黒い瞳は、同性のアウラから見ても惚れ惚れするような容姿端麗の美女に思えた。
その上、凶悪とも取れるあの胸の持ち主で魅力的な女性である事に間違いはない。
アウラはグローリー号が見えなくなるまで、ちらちら振り返りながら街の中へと入っていった。
ナーンの街に入ると思っていた以上に混雑していなかった。
レースが始まって三日目にもなれば、他の出場者もその他の出場者たちの動向を探り多方面に散らばり始め、どの街に行けば通過証明の手続きで混雑を避けれるかなどを考え出す。
チッチの読みと勘は間違ってなかった。
始めから南方面に向かった者たちは既に南を周り東か西に移動を始めているだろう。
当然ながら西から来る者たちは西方面を周るのに二日間程、時間を費やしているはずだ。
風に恵まれた足の速いグローリー号のお陰で通常二日近く掛かる西方面を一日で周り切る事が出来たチッチたちを追随して来ても追いつけないので、まだ到着している者たちはいなかった。
東から流れて行った者たちは、東方面を周り切る事は、頑張れば一日程で周り切る事が出来るだろう。
その後、一日余りで到着出来るリスブルかナーンに向かうか、約二日程掛け東に向かうかのどちらかだ。
恐らく移動に約二日を費やす事になるが、通過書を三か所で手に入れる事が出来きる東に向かうことだろう、その後シュベルクまでの移動に一日掛けても計六か所の通過許可書を手にしてシュベルクに戻る事が出来る。
遅れをとっている者は当然ながら、足自慢の家畜を追う者や減点覚悟で大型の荷馬車を使用して西に向かう者が多くなる。
東から南に下った者たちは一気に最南端の街リスブルに向かい、シュベルクとリスブルの大よそで直線状にあるナーンの街を後回しにして残りの日数と移動日数を考えシュベルクに帰る途中に立ち寄り通過証明書を手にしていくだろうと、チッチは読んでいた。
広野の中にあるナーンの街に先に寄れば、くの字を描く進路を取る事になり道程が増える事になるのだから、わざわざ移動距離を増やす事をする者は少ない。
中には、裏を掻く者たちもいるはずだから、多少の混雑は覚悟の上だった。
これ程速やかに通過証明を得る事が出来るとはアウラは思ってもいなかった。
その後、残りの日数を考えれば南方面で二か所の通過証明を受取って計五か所の通過証明を持ってシュベルクに戻る事になる。
アウラは、ナーンで六か所目の通過許可書を受け取ると急いでグローリー号へと向かった。
チッチの容態が心配事でそうさせるのか、はたまた恋心がそうさせるのかアウラは自然に足早になる自分に気付くが、逸る気持ちが最後には駆け足で走るようにスカートの裾を摘み、後頭部で纏められている桃色の髪を上下左右に揺らしながらグローリー号へと急いだ。
グローリー号に着き甲板に上がると二人の姿が見えない。
アウラは辺りを見渡し二人の姿を探していた、その時。
「うぐぅ……」
船室の方から苦しそうな呻き声が聞こえた。
「大人しくしていろ! 無理はしなくていい……お前は寝ているだけでいい」
「触るなよぉ!」
まだ何処かに傷が残っているのだろうか、とアウラは思い船室の扉を開こうとした。
「あっはぁはぁ! お前……大分溜まっているな? わたしがやさしく抜いてやろう」
「いいのかぁ? もの凄く溜まってるし今、もの凄く硬くなってると思うぞぉ、たぶん」
「その方が遣り甲斐がある」
「ふむ……じゃぁ、頼んでいいかぁ? 正直、毎日辛かったんだ」
「まっ……そうだろうな」
アスカのやわらかで意味ありげな声が聞こえる。
「アスカ、早くしてくれ」
「そう慌てるな……久し振りみたいだから、ゆっくり丁寧にしてやるからな」
アウラは、始め二人が何を話しているのか分からなかったが、ロザリアが読んでいた小説を半ば強引に渡され、読んだ時に書かれていた内容を思い出し頬を赤らめた。
アウラは本の題名に興味を持ち読んでみたがその内容に、初心なアウラは思はず絶句した事を覚えている。
『鳥籠のローラ姫と悪戯騎士』と見開きに銘打たれた題名に、城を鳥籠に例えた話で城の外に出る事の出来ないローラ姫を悪戯好きの騎士が時折、人眼を盗みローラ姫を外に連れ出し城から出て一時の自由を楽しませている内に、やがて恋に落ちる話なのだと想像していた。
冒頭はそのような展開で物語が進んでいたが、その内にアウラの口からは決して言えない行為が行われ始め、顔を赤らめながら読み進めていくと更に信じられないローラ姫と騎士の二人は通常でない愛情表現を展開する物語だった。
「お前は疲れているだろう? 横になっていればいい」
「ああ、そうする」
「では、始めるぞ」
アウラは扉の向こうの光景が物語の一部の内容と重なって船室に入る事が出来ず、呆然と立ち尽くすた。
――まさか! そんな事……な、なななないよね? チッチ?
「アスカ……そこ気持ちいい……やっぱりアスカ上手だなぁ――」
「ばか……恥ずかしいから、そんな風に言うな。そんなに慣れている訳じゃないんだぞ……本当に気持ちいいか?」
「ふむ、最高に気持ちいい……天に昇って行くような気分だ」
「じゃぁ、少し本気を出すからな」
「そんなにされたら、本当に直ぐ天に昇ってしまうじゃないかぁ」
アウラは顔を赤らめながら突然、別の感情が顔を覗かせると一気に船室の扉を開いた。
「チッチ! なにやってるの二人とも! 破廉恥な行為をしてるんじゃぁ……ない……よね……」
「……」
「……」
――狭い船室の空気が急速に温度を下げて空気中の水分全てが凍りついた。
「「破廉恥?」」
チッチとアスカは、あんぐりと口を開けて呆然としていた。
「……な、なななんでもありません! これは……その……そう! ご、ごご誤解です」
アウラはこれ以上茹でても赤くならないと言う程に顔を赤らめ、そう言い残し船室の扉を閉めた。
「はぁ――」
アウラの切ない溜息が灰色の雲が覆う空に木霊した。
「凝りをほぐしてたんだ……勘違いしちゃった……うぅ、恥ずかしい」
アウラは、しょんぼり項垂れ、膝を抱え込み膝に顔を埋めた。
「もう、チッチの顔……見られないよぉ……」
「なにがぁ?」
間の抜けた声がアウラの背後から飛んで来た。
「……なんでもない……それより怪我はもういいの?」
「ああ、一時的に母さんの力を使い過ぎて循鱗の力を出せなくなっただけだ」
「……でも、封印も解かずにドラゴンの姿になり掛けてたじゃないですか……北の神殿や風狼の時とは真逆で……とてもおぞましくて、その……怖い感じがしました」
「まぁ、複雑な理由があるんだなぁこれが……何れ話すかも知れない」
チッチはそう言い終わると展帆し出した。
後から船室を出てきたアスカはアウラを見て、くすりと笑いチッチの作業を手伝い始めた。
「アスカ、あんまりアウラを虐めるなよぉ、アウラを虐めていいのは俺だけなんだから」
「チッチにもそんな権利ないです!」
アウラは頬を膨らませ、ぷいっと横を向いた。
「さあ! 出航だ。晴れ間が広がり風向きが変わる前にリスブルに到着させる」
昼を半ば回った頃、グローリー号はナーンの街を後にした。
「腹減った」
バフ、帆が風を孕む音がチッチの声を掻き消しグローリー号はリスブルへと船首を向けた。
To Be Continued
最後まで御読み下さいまして誠にありがとうございます。<(_ _)>
次回もお楽しみに!