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〜 炎のレース 〜 第三部 第十九話

 ☆第十九話


 ◆覚醒する(めざめる)悪魔(ちから)


 轟音が轟き近くに着弾する度に泥水と土煙が小さな礫となって二人を襲う。

「封印を解いたらチッチの身体は姿を変えてしまうじゃないですか! 今は右眼だけですがその内、人でなくなってしまうかも知れない……そんなの……そんなの私嫌です」

「血と体力を失い過ぎた。もう一つの循鱗が……グリンベルの悪魔(あいつ)が……俺の身体と精神を取り込む前に……早く!」

「あいつ?」

 着弾は続いているより近くにより正確になりつつある。

「母さん、の……循鱗……力を解放……して本来の、循鱗……効果を最大限に引き出し……あいつを……追い払う。武装馬車も」

「いや! お願いチッチ、もう封印は解かないでぇ! チッチが人でなくなっちゃったら……私」

 支えのロープを無くしバタつく帆は無駄に抵抗となって船足を落としていく。

「大丈夫……アウラ信じてくれ、このままでは……何れ追いつかれ的になるだけだ」

 唇を近付けようとするチッチの身体をアウラは首に両腕を回し強く抱きしめた。

「アウラ……」

 チッチの肩には爪先立ちで精一杯背伸びしたアウラの小さな顔が乗っている。

「封印は解きません……絶対に」

 その時、船尾の手摺りを砲弾がかすめ、破片が飛び散った。

「あぐぅ……」

 チッチがアウラを床に押し倒し被さるように破片から守る。

 アウラは、それでもチッチの首から腕を離さなかった。

「ア、ウラ……封、印……を」

 先程より弱々しいく消え入りそうな、チッチの声がアウラの耳元で囁かれた。

 チッチの身体の下でアウラは床一面に広がってゆく血溜りに気付いた。

 背中から感じる生暖かい感触と一面を覆う錆びた鉄のような臭い。

「チッチ?」

 ぐったりするチッチにアウラは呼び掛ける。

 チッチの流す血でアウラの白い絹のシャツも真紅に染まっていた。

 流れ出している血の量と自身を染める出血量でチッチの傷が相当酷い事を感じる。

 これ以上血をチッチが失う事は死を意味する。デッキに広がる血溜まりと衣服が湿った感覚で理解出来た。

「チッチ? チッチ! チッチ――」

 ゴボッ、ぴちゃぴちゃと不快な吐血の滴り床に落ちる音がアウラの耳元で聞こえる。

 それでもチッチは右腕を伸ばし右膝を立て起き上がろうとしている。

 自由にならない左腕と左足を引きずりながら、アウラの身体から逃れるように離れていく。

 アウラは、呆然と首に巻いていた腕の力を抜いて離れるチッチの身体を見送った。

「おれ……は……アウ……ラを死な……せたくない」

「ばかぁ! 何時も何時も自分の事……放ったらかしでぇ!」

「それ……でもだ」

 アウラは、チッチが流した血の海の中で真っ赤に染まりながら呆然としていた。


 ――それでも変わってほしくなかったグリンベルの悪魔(ドラゴン)の姿に。


 封印を解く事を拒んだ結果。チッチは、更に重い傷を負う事になってしまった。


 ――後に残ったのは切実な願いと大きな後悔。


「アウ……ラ」

「チッチ……なぁに?」

「    だよ」

 チッチの苦しそうな微笑みが、虚空を彷徨うアウラの紫の瞳にぼんやりと映り込んだ。

「……ばか……こんな時に……」

 アウラは、動けず何も答えられずに灰色の空を見上げた。


 激しい砲撃は続き、やがて武装馬車は大砲の有効射程にグローリー号を捕らえようとしていた。

 重そうに身体を引きずりながら這い出すチッチを、ただただアウラは見送った。

「チッチ……」

 アウラは震える声でそう呟いた。


 チッチは不自由な身体を引きずりながら船尾の甲板に向かった。

 船の縁に右手を伸ばし手を掛け立ち上がる。

(山越え、操船に準ずる諸々の事に……母さんの力を使い過ぎた……今の俺にはこれ以上、循鱗が持つ本来の力をもう引き出せない……アウラが封印を解く事を拒む以上……あいつを一度、解放し身体を回復するしかない)

 チッチは胸の中で呼び掛ける。


 ――おい! 今から俺の意志を弱めてやる。本当はお前なんかの力なんか借りたくはない。しかし、このままではアウラが……お前も危ない。俺が死ねばお前も死ぬ。お前は俺が赤ん坊の時、母さんが俺の体内に埋め込んだ循鱗の破片!


〔情けない奴め人間如きが完全な循鱗(われ)の力に頼りよって愚かな奴だ。もっと弱ったところでお前を古き循鱗と伴に取り込んでやろうと思ったが、なかなかしぶとい。流石は循鱗を宿す者と言っておく〕


 ――お前は俺の肉体と精神を乗っ取り母さんの循鱗をも取り込もうとして同化を試み一度、しくじったお前は母さんの循鱗と違い不完全だ。俺と伴に消えてなくなるか、それとも元の循鱗に回帰し生きるかだ。どの道、お前は消えるんだけどなぁ! さあ、どうする? グリンベルの悪魔。


〔愚かな奴め、我も貴様の母の循鱗同様封印されている事を忘れたか〕


 ――お前は一度、俺の肉体と精神と同化してる。俺の意志を全てお前に委ね、お前の意志を前面に出せば、循鱗(おまえ)の力を使えるかも知れれい。俺の肉体と精神を使って出てみるか?


〔安い挑発だ。愚か者め! 我の力を一時的に使い超再生能力を発揮した後、回復した貴様は母の循鱗を解き放ち瞬時に意志を入れ替え、あわよくばそのまま我を母の循鱗に回帰させるともりなのだろう〕


 ――流石は俺だなぁ……お前は、俺の分身体のような奴だからなぁ。よく分かってるなぁ。


〔……まあ良い。その試み我も乗ってやろう。だが、貴様がしくじった際には、その肉体と精神を媒介にさせて貰う。そして我が新たな唯一無二の究極のドラゴンとなろう〕


 ――まぁ、そうはさせないけどなぁ。


〔人間よ! さあ貴様の全てを我に渡すが良い〕


 アウラは血溜りの中で我を取り戻す。

 甲板には血で赤く染められている所からチッチが這って行った方向に刷毛で伸ばした染料のように伸びた赤い血の後が残されている。

 血の海の一部は所々黒く色を変えていた。

「チッチ!」

 アウラは身体を起こすと態勢を低く取り四つん這いで這うように床に伸びた血の跡を追った。

 砲撃は更に正確さを増しているが、やわらかい地面と揺れる武装馬車から上手く狙えないように思われる。

 着弾で舞い上がる泥水と泥の雨と衝撃で揺れるグローリー号の甲板を這いながら、アウラはチッチの下に急いだ。

 アウラの紫水晶の瞳がチッチの姿を捉えた。


 ――チッチの様子が可笑しい。


 確かにチッチは酷い傷を負っているが、それとは明らかに異なる異変がチッチの身体に起こっている事が分かった。

「チッチ!」

 アウラは砲撃と着弾音が響く中、喉が潰れてしまうかと思う程大声でチッチを呼んだ。

 チッチに声は届かなかったのか、何の反応も見せなかった。

 アウラの瞳にチッチの背中が革の水袋一杯に水と詰め、張り裂けるくらいに膨らんでいる時のように膨れ上がり衣服が裂かれて行く様子が映り込んでいた。

 アウラは砲撃の衝撃に揺れる甲板に立上がり、手摺を掴み辿るようにチッチの下へと急いだ。

 チッチの背中の生地が張り裂けた。

 左首筋に描かれた封印の魔法陣が漆黒の光を放っている。


 ――封印が解ける? でも何かが違う。


 裂けて無くなった布地の中から血の色に染まった赤黒くなっているチッチの背中に突き刺さったグローリーの船体の破片が無数の小さな翼のように見えているのだとアウラは思った。

 痛々しいチッチの背中に刺さった破片が形を変えていく。

 封印を循鱗の解いた時に北の神殿で見た時のような虹色に輝く美しい翼ではなく、黒い結晶が集まった漆黒の翼。

 折れて動かす事も出来なかったはずの左手は持ち上がり、黒く鋭い爪を備えていた。

 左足も同様、人外のものと化している。

 全身がドラゴンの姿をしている訳ではなく、遠目からは人に見えるだろう、と思われた。

 変化を起こしているのは両手足と背中の翼のみ。

「チッチ!」

 アウラの声に反応しチッチが振り向いた。

「チッチよかっ……」


 アウラは声を失った。


 チッチの左の碧眼と炎のように赤い右眼は漆黒一色に染まり、その瞳の中を見た事のある文字が琥珀色の光りを放ち上から下へと流れている。


【Ue=1/2∫P(r)φ(r)d3r】

【Ue=1/8πεο∫P(r)(r')/|(r)(r’)| d3rd3r’】

【u=1/2(E・D+B・H) =1/2(|εE2+1/μ B2)】

【|∂ο/∂+ +Dius=0】


 禁術書を開いた時、なぞられていた数字と記号文字の羅列が続け様に流れる。


〔邪魔をするな。小娘〕


 チッチの何時もの声にくぐもった野太いが重なっている。

「……チッチ」

 アウラは怯えた声でチッチを呼んだ。

 チッチの両腕が武装馬車に向いた。

 両腕の先に鋭い爪が絞るとその先に、チリチリと甲高い音を響かせながら黒い何かが集まり始めた。

 やがて爪の先には平均した大人の拳大程の黒い球体が、漆黒の稲妻を纏い集約した。

 チッチが狙いを定めた武装馬車に向け、ピキィピキィと発射音を立て漆黒の球体を乱射した。

 武装馬車は球体の直撃を受けると漆黒の球体が通り抜け鋭利な刃物で刳り抜かれたように穴が穿ったれ数瞬後、形を崩しばらばらに砕け散った。

「チッチ! もうやめてえぇ――」

 アウラは悲鳴にも似た声を上げチッチに飛び付いた。


〔五月蠅い! 小娘。こ奴の全てを我が頂く邪魔をするな〕


「あなたは、だれ? チッチから出て行って」


〔それは無理だ。我とこ奴は既に遺伝子レベルで融合している。追い出したくば、こ奴ごと殺すのだな〕


「いでんしれべる? 何? それ、言っている事が分からない」

 アウラは、聞いた事もない言葉に戸惑いを覚えたじろいだ。


「リヴァ! あいつを取り押さえろ!」

 何処からか一度聞いた事のある声が聞こえチッチの身長の倍はあろうかと思われる白い大きな蛇に羽根のような物が生えた生物がチッチの身体に纏わりつくとその身体を巻きつかせ、チッチの身体を締め付けた。


〔己! リヴァイアサン邪魔をするんな!〕


「お漏らし娘何をしている! 早く封印を」

「なぁ! なぜそれを……」

「おしゃべりは後だ。チッチに巣くう化け物を早く封印しな」

「あっ、はい」

 アウラは手に持っていた節くれた杖に括られた鐘を響かせ口上を述べた。


 からん♪


perth(パース)uruz(ウルズ)berkana(ベルカナ)

(秘め事よ。力を戻しなさい)


 変わり果てたチッチの形相に臆せず薄桃色の唇を寄せ唇を合わせた。


〔後、少しで我の身体になったものを……〕


 チッチの声に重るくぐもった声が口惜しそうに言い残し消えた。

 その声が消えるとチッチの身体がその場に崩れ落ちた。

「まったく、世話の焼ける奴だ」

 アウラの背中の後ろに黒づくめの姿が現れた。

「あなたは……確かあの時の」

 アスカが倒れたチッチを抱え上げた。


 To Be Continued

最後まで御読み下さいまして誠にありがとうございます。<(_ _)>


次回もお楽しみに!


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