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〜 鐘が鳴る 〜 第一部 第三話

 ☆第三話


 ◆気づいて! チッチ


 静けさを取り戻していた教室の生徒たちは、またしても起こったアウラの大胆な行動に吹雪の魔術を唱えられた魔物のように動きを止めている。

 教室内は、小さな湖で夏場に酸欠になった魚が水面で空気を求め吸う様よろしく、口をパクパクしている前席に座っている女子生徒や目を見開いたまま手に持っていた羽ペンを机の上に落とす女子生徒、授業を上の空で受けていた男子生徒は、鼻と上唇の間に羽ペンを挟んで天井を眺めていたが、アウラとチッチの抱擁に視線を向けた際、不覚にも上唇の力を抜いてしまい滑り落ちていく羽ペンの先が辿った軌跡を鼻の下から頬にかけて間抜けにも残している。

「そこの二人、仲良き事は良い事だが今は授業中。なんだ……、その、静かに出来ないなら外に出なさい」


 中央塔から各塔の間に広がる庭に二人の姿があった。

「ごめんなさい……、私のせいでチッチまで教室追い出されてしまいましたね」

 アウラは、がっくりと肩を落とした。

「べつに構わない。寝てるだけだったし」

 チッチが何時もの微笑みを浮かべて向けた。

「やっぱり、変わってないですね? シュベルクの屋敷にいた時に覗き魔さんの寝ている姿をよく見ましたから」

 アウラは、遠くに過ぎ去った時間を懐かしむように遠い眼をして言った。

「覗き魔さん……て、まだその呼び方なんだなぁ――、俺って」

「だって私……あなたの、覗き魔さんの名前知らないですもん」

「言わなかったけ?」

「聞いてません。肝心な事を言わないまま覗き魔さん、旅に出て行ったんですよ? 酷いじゃないですか……」

「う――ん、でも、アウラは俺の秘密と夢を知ってるだろ? それはアウラ以外の誰も知らない。あっ! ロザリアも何故か知ってたなぁ」

「あっ! それ私が言いました。ごめんなさい……。あの事は兎も角、夢の話しもしちゃ不味かったですか? 夢のために旅を続けていたのでしょ? それとも旅を止めて思いのために学園に入ったの?」

「何ていうのかなぁ、シュベルクを出て直ぐにランディーに見つかって追い掛けられた。半年も……そんで捕まって学園に放り込まれた」

「つ、捕まったて……また何処かでイケない事して、騎士団のランディー様に追われる事になったんじゃ……」

「イケない事ってなにかなぁ?」

「何処かの街で公衆浴場を覗いたとか……寝ぼけて誰かの……む、むむ胸触っちゃったとかしてたんじゃ無いですよね」

 アウラは、頬の筋肉がピクピク引き攣り始めている事を感じた。

「酷いなぁ……アウラは、それじゃ俺が危ない人間に聞こえるぞ。知らない人が話を聞いていればだけど……あの時も覗いてはないけどなぁ」

「でも、見たじゃないですか! 私の裸!」

「見たけど、覗いたんじゃないぞ! 本当だぞ! 見てしまったんだ……綺麗だった。本当に……桃色に染まった肌も、小ぶりな桃二つとさくらんぼが天ぺ――」

 アウラは、少年の脳内映像を掻き乱すかのように言葉を重ねる。

「お、思い出さなくていいです! そんなに鮮明に! ……どうしてランディー様に追い掛けられていたの?」

「も……なんでかなぁ? 山羊飼いだからか俺が?」

 チッチが小首を傾げた。

「……循鱗(ドラゴンのちから)、ですか?」

 アウラの紫水晶の瞳が不安の意を示し始めた。

「たぶん、なぁ」

「そ、それで結局捕まって、この学園に来たのですか? でも、あの時はびっくりしちゃいました」

 アウラは、一瞬不安顔を消し微笑んで見せると話をはぐらかす。

 チッチもそれを察したのか、何時もの微笑みを浮かべた。

「夢の事は今日まで聞かれた事なかったから言わなかった」

「今日まで?」

「そう、今日アウラが来る少し前に聞かれるまで聞かれなかった。聞かれないのにわざわざ自分から言う事でもないかなぁって思って」

「そうですね。あはぁはぁ……それよりその眼、やっぱり時間が経っても戻らないのですか?」

 

――力を貸してほしい。でも……やっぱり、言えない。

 

アウラは、少年の右眼を覆っている包帯を見て軽く笑っていた笑みを消し尋ねた。

「あぁ、戻ってない」

「ごめんなさい。私のために……、私のせいです」

「アウラが謝る事はない。封印を解いてくれと言ったのは俺だ」

「でも、こんな……後遺症が出るなんて……ずっと残るなんて思ってもいなかった」

「何らかのリバウンドは来るかも知れないと思ってたけど、俺も知らなかった事だ」

「私が循鱗(じゅんりん)の力を解放しなければ……」

「見えなくなった訳じゃない気にするな、そのうち戻るかも知れない……それにアウラが治してくれるんだろ? 魔術で……それに循鱗は母さんが俺に残してくれた力だ。俺はこのままでも構いやしないけどなぁ」

「でも……もし、もしも! 戻らなければ覗き魔さんは、これからこの先ずっと右眼を隠していかなければならないのですよ」

「そんなに悪い事ばかりでもない。今は右眼が見え過ぎて困るくらいだけど、封印を解く前より普段使える力は増したし使い易くなった。アウラが俺の力を必要とするならば何時でも使うさ」

「だめぇ――! そんなの……絶対にだめです。あの力を使っては駄目。もし、覗き魔さんが人でなくなってしまったら……、教会に追われ、殺されちゃう! あっ……」

 アウラは、自分でも気付かない内に取り乱していた。

 自分の大事にもかかわらず飄々(ひょうひょう)としている少年を見ていると、どうしても頼りたくなる

 この少年なら何とかしてくれるかも知れない……それは私の甘えだ。

 彼の傍にいると、つい忘れてしまいそうになるくらい心が跳ねる。

 北の神殿からシュベルクの街に戻る前、この少年は、私が魔物を造り出したと言っていた。

 その魔物がグリンベルの街を焼き払ったのかも知れない。

 少年が言うには、グリンベルの街近くで魔物を感じ、“もう一つの循鱗”が暴走して魔物ごと街を焼いたかも知れないと話していだけれど、少年の記憶も曖昧でグリンベルとハングラードの悲劇の真相は、今だ互いの心の闇に生きている。


 ――この少年の言った事が全て本当なら……。


 この少年は生まれ故郷のグリンベルを焼いたかも知れないドラゴンの力を持つ少年で私の仇……そして私は……。

 彼の母と街の仇かも知れない。私が組立描いた魔法陣から、造り出された魔物たちが彼との母と街を襲った可能性が高いのだから……。

 お互い討ちたいと心の何処かで思っている。

 真相が明らかになった時……討つと約束し合った仲……それが二人の絆。

 自分の大事に巻き込むような事を頼む訳にはいかない。

「あの時、循鱗を解放してなければ、二人とも生きてないだろさ。それに人間にとって恐れの対象でしかなかった母さんの力が破壊だけでなく誰かを守れる力でもある。今、そう思える自分が……俺は母さんを誇れる気持ちがうれしいんだ」

 少年のやわらかい微笑みが、今は苦しい。

 その笑顔は清々しく厚い雲に追われた空の雲の間から差す陽の光のようだ。

「もし、覗き魔さんが追われるような事になったら、今度は私の力で覗き魔さんを守ってみせます!」

 そう言うとアウラは、微笑みで返し堅く握った拳を上げチッチに見せた。

「ありがと。それよりいい加減覗き魔さんは止めてくれないかなぁ? それにアウラ何か変だぞぉ? 俺に何か頼みでもあるんじゃ――」

 アウラは少年の声を掻き消すように声を上げた。

「……じゃあ、名前、教えてください」

「それが頼み事なのかぁ? 良し教えよう。俺の名は――」

 少年が名前を告げようとした時、チッチを呼ぶ声に掻き消された。

「お――い。チッチ。飯食いに行こうぜ」

 その声は、少年が座っている前の席に座っていた友人ものだった。

「うふ。チッチかぁ、かわいい名前ですね」

 アウラは、にこやかな微笑みを浮かべてチッチを見た。


「あっ! それ、あだ名だから……」

「じゃぁ……チッチの本当の名前は?」

 チッチは息が届く程、アウラの耳元に口を近付け本当の名前を呟いた。

「あっ……ふぁ、そんなに近付けたら……息が耳に……くすぐったいですてばぁ……、で、でも素敵ですね」

「耳の刺激が?」

「ち、違います! お名前です。貴族の方のような響きの素敵な名前です。そして、とてもお強そうです」

 アウラが感想を述べ、くすっといたずらぽい笑い声を漏らした。

「チッチ、早くしろ! 置いてくぞ」

「うるさいなぁ、分かった今行くから」

「チッチ、やっぱりお前はいいぞ。初めましてお美しいお嬢さん。私の名は、ロッカ・フィンディアスと申します。宜しければお名前を教えては頂けませんか? レディ」

 チッチ達の傍まで来たロッカが、アウラを近くで見るなり名乗った。

「あっ! はい。私の名はアウラ・ヴァージニティです。アウラとお呼びください。どうか仲良くしてくださいね。ロッカ・フィンディアスさん」

 アウラの八面玲瓏な顔から女神の微笑みが作り出された。

「ロッカで結構です。美しいお嬢さん」

「はい。ロッカさん」

「アウラ。ロッカには気を付けた方がいい。そいつは女を手当たり次第に口説きまくる奴なんだぞぉ」

「黙れ! 覗き魔。彼女は解ってないようだが、チッチ。お前のあだ名の由来を喋ってもいいんだぞ」

「アウラ……今のは聞かなかった事にしてくれ」

「どちらをですか?」

「両方だ」

 アウラは、くすくすと笑っている。

「さあ、美しいお嬢さん。貴女を泣かせた上に教室を追い出され、あろう事か巻き添えを食らった貴女を口説くような下衆な野郎は放って置いて宜しければ、この私とランチなど御一緒して頂けませんか? 僭越ながら食堂までエスコート致します」

「はぁ……それは私が……」

 アウラの言葉にロッカが言葉を重ねた。

「ささ、急がねば人気の白パンと甘いデザートが無くなってしまいます」

「まあ、それはいけませんね。早く行きましょうか? ねぇ、チッチ」

 アウラがロッカに手を引かれながら、そう呼んだ。

「ちょい待て! アウラ、そいつは……」

 チッチは手を引かれエスコートされるアウラを呼び止めた。

「ロッカさんが何か?」

「俺がどうかしたか? チッチ」

「なんでもない。それより……、アウラ。お前も俺をあだ名で呼ぶのかなぁ?」

 なんとも嫌そうな顔をしてチッチは言った。

「駄目ですか? うふふ、かわいいあだ名ですよ。チッチ」

 チッチの表情を読み取ったアウラが言った。

 チッチは覗き魔よりは幾分、ましになった呼び方に苦笑いを浮かべた。

「チッチ、置いて行きますよ」

 気のせいか、先程より何処となく嬉しそうな声がチッチに届いた。


 アウラは思った屋敷のいざこざにチッチを巻き込まないようにしよう、と。


 To Be Continued

最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>


次回をお楽しみに!

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