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〜 炎のレース 〜 第三部 第十八話

 ☆第十八話


 ◆チッチ倒れる


 南に進むに連れ時折、日差しが雲の間から差し込み光の幕を下ろしている。

 その風景は光で繕った光のレースのカーテンのように見える。


 ――など、と呑気に自然が生み出した奇跡の風景を楽しんでいる暇はない。


 砲撃は暫くの間止んでいる。

 それは天候の回復とチッチたちの船と街道を並走している武装馬車との距離。

 相手もその事を良く知っている。

 射程外から撃って来たのは恐らくチッチたちを意図的に任意の場所に追いやるための威嚇。


 ――チッチたちがナーンの街に向かっている事を。


 このまま並走を続ければ、嫌でも大砲の射程に向うから近付いて来てくれるようなものだ。

「どうするかなぁ? でもなぁ……」

 チッチが、ぼそりと呟いた。

「なに言ってるんですか! 徐々に距離が詰まって来てますよ! チッチ」

「風が良過ぎるから進路変えたくないんだよなぁ」

 呑気な口調で顎を掻きながら、チッチは武装馬車との距離を測っているようだった。

 そうこう言っている間に先に見え出したナーンの街と緩やかに街に向けて曲がっている街道が見える。

 ナーンの街へ入る西の街道も見え始め、街道を大型の馬車が数台走っているのが見えた。

「よし! 決めた」

 チッチがそう言いい、すぐさまマストに張られた帆の風を抜き、帆を畳み込むと履帯を操作する握り手の右側を強く引いた。

「きゃっ」

 くるりと百五十度程、船体を回すと風上にの方向に船首を向けた。

 急な方向転換にアウラの身体は振られ、チッチの方へと倒れ込んだ。

 普段、操船が忙しい時は畳んである操作場にあつらえられてある二人掛け程の広さの腰掛けに二人並んで座っていた。

 操船にも大分慣れて来たのか、座ったままで操船するチッチの傍らに座っていたアウラはチッチの膝に倒れ込んだ。

 風上に向かうと思いきや、もう一度進路を戻す。

 武装馬車が街に、そのまま入ってくれるか街道を更に南へと向かってくれれば距離が開くはずだった。

 しかし、武装馬車は急激に速度を落としチッチたちの船に向かって街道から平原へと降り此方に向かって来る。

 西にいた武装馬車らしきものも、街道から外れこちらに向かって距離を詰め出した。

 チッチは、船首を風上に向け切り上がり始める。


 ――武装馬車を誘導するように。


「チッチ? 街から離れてますし気のせいか追いつかれてるような……気がします……」

「そうでなければ困る」

 チッチの碧眼が笑っている。

「なぜ? この船も大砲を積んでいるとか……?」

「そんな物積んでない。船の自重が重くなると陸を走れなくなる。馬で牽いてる訳じゃないからなぁ」

 ある程度、街から離れると再び砲撃が始まった。

 一見してみると追い込まれているようにも見える。

「奴らは激しい雨の中、砲撃をして来た。なのに小雨になり雨が上がってからも砲撃をしてこなかった」

「それがなにか?」


 ――轟音が響き大地が揺らぐ。


「街が近付いていたからだ。街の近くで激しい砲撃をすれば街の駐留軍に気付かれるからなぁ、奴らは、この船を撃破したかった。なら、もっと早くから平原に入れば良かったが、そうしなかった」

「どうしてですか?」


 ――着弾が地表を吹き飛ばし地面を抉る。


「泥濘の中を重い大砲を数台積んで入れば、馬車の車輪が沈み動けなくなるからだ。奴らは、街に近付いていたから西側に俺たちを追い込み、挟み射程に入ったところを一斉射して沈める為に西側の武装馬車に信号旗を上げた。それが見えたから、俺は一度進路を変えたんだ」


 ――チッチは、上手回しを繰り返し風上に切り上がる。


「でも、これ程街の近くで一度に撃ったら、駐留軍がやはり出てくるのではありませんか? それに動けなくなるかも知れないのに街道を外れてまで追ってくるのはなぜです?」


 ――砲撃音の轟音と着弾音の間隔が短くなっている。


「あの場所で砲撃したとして、砲撃の音を聞きつけた軍が大砲の準備をして出てくる頃にはそれぞれ、街を通り過ぎ逃げ切れるからだ。俺が一度、進路を変えたからあいつらは焦った。雨も上がりこの辺の地は、まだ締まってきたから追って来た」

「でも、どうするの? このままじゃ追いつかれて射程圏に入っちゃうんじゃ……きゃっ!」


 ――船体の近くに着弾し地面を抉った。


「大丈夫だアウラ。俺たちは風上にいる。帆船は風上の方が有利だから……帆船どうしならだけど」

「どうして? きゃっ!」


 ――砲弾が船の真横の地面を弾き飛ばす。


「風下になら、自由に船首を向けられる」

「でも、相手は馬車……きゃっ」

 チッチは、帆の最適帆を合わせ船の足を上げた。

 地面もやわらかい場所まで近付いていた。

「よし、引っ張り切れた。途中で引き返されて待ち伏せされるのは、ごめんだからなぁ」

 やわらかくなり始めた地面に重い武装を積んでいた馬車の速度は急激に衰えるが、履帯を足に持つチッチの船は僅かに速度を奪われるだけだった。

 射程圏から十分に離れるとチッチは船首をナーンの街へと向けた。

 武装馬車は、泥濘に車輪を取られ、もう既に動きを止めていた。

 チッチの笑顔がアウラの紫水晶の瞳に映り込んだ。

 武装馬車の殆どが、泥濘に車輪を取られ傾いている。

 もう、大砲の射角を調整しても船には当たらず、明後日の方向へと飛んでいくだろう、と思われる。

 船がその横を通り抜けようとした時、轟音が響き渡った。

「きゃっ!」

 砲弾は船の二本のマスト間を通り抜け直撃を免れた。しかし、砲弾はマストから船体に向けて張られていた一本のロープを掠め切って行った。

 張りつめられていたロープは弾き、チッチとアウラの方向に向かって飛んで来る。

「アウラ!」

 チッチがアウラを抱きしめ、床に押し倒した。

 その直後、メキッ、ミシッと鈍い嫌な音がアウラの耳に飛び込んだ。

「チッチ大丈夫? ありがと、かばってくれて」

 チッチはアウラに覆い被さる形で、ぴくりとも動かない。

「チッチ……チッチ――てばぁ……痛っ」

 アウラの頬にのほんの少し痛みが走り、手を触れると赤い血が滲み出していた。

 船は切られたロープ以外に損傷はないように思えた。

 船体も操船場も壊れたようには、アウラの眼には映らなかった。

 船はナーンの方向に進んでいる。

 履帯のお陰で進路も殆ど外れてないように思えるが、後ろのマストに張られた帆は、バタつき抵抗となり船足は徐々に衰え然程、速くはないが走っている。


 ――ただ、チッチだけが動かない。


「チッチ……ねぇ……眼を覚まして……チッチ――!」

 アウラの白い肌に、少し粘り気を帯びた熱い液体が、ぽたぽた落ち始め白い頬を赤い鮮血で染め上げ、錆びた鉄のような臭いが鼻腔の奥を刺激した。

 アウラは、無意識にチッチの頭部に触れた。

 生暖かい感触がアウラの小さな手の平一杯に広がっていく。

 持ち上げ様としたが持ち上げる事が出来なかった。

 ゆっくりとチッチの身体を抱えながら横向きに倒した。

 チッチを抱え直し操作場の椅子にもたれ掛けさせ、アウラは衣服の袖を肩口から破き傷口に巻いた。

 アウラは、他に怪我がないかチッチの身体を隅々まで見渡した。

 左手と左の足が、在らぬ方向へと向いている事に気付き、添え木になる物を探した。

 船着き場に船を寄せていた時のチッチの姿を思い出す。

 竿がある場所に来たが添え木に使うには長すぎる。

 アウラは、自分が何時も持ち歩く節くれた杖を思い出し船室に戻った。そこには地図に自船の進んで来た航路を経路を書き記す為の道具があった。

 定規を掻き集め、すぐさまチッチの下へと戻っり手当を始め様として船室から出ると態勢を整え直した武装馬車がゆっくりと近付いてく来る様子がアウラの眼に飛び込んだ。

 チッチの下に行き治療を始めようとして自分の眼から溢れ出す、熱い透明な液体に気付く。

 こんな時に魔術を使えたらと悔しくて下唇を噛んだ。

 自分は、まだ強力な魔術を十分に扱い切れない。


 ――悔しい。


 涙が止まらない。

 現代のグランソルシエールとソシエール本人から言われているが、今の自分は禁術の魔術を解読と魔法陣の解析に長けているだけで魔術の威力や効果は然程、成長が見られていない。


 ――悔しいよ……チッチ。


 涙は溢れ視界が霞む、噛みしめた下唇が痛む。

「チッチ、死なないで」

 アウラがそう呟いた瞬間。

 態勢を立て直した武装馬車からの砲撃が再開され轟音と着弾音が辺りに響いた。

 距離が開いたお陰で直撃は免れている。

「チッチ、死なないで……お願い眼を覚まして」

 チッチの白銀にブルーマールの映える美しい髪が鮮血の赤に染まっていた。

 袖を破って巻いた布はどす黒い色に染まっていた。

 船の直ぐ近くに着弾し船体に衝撃が奔しる。

 やわらかい足場に苦戦しながらも砲撃は徐々に正確さを増して来ているように思えた。

 アウラは、チッチに応急処置を施し終わると節くれた杖を強く握りしめ立ち上がった。

 禁術は自分の身にも大きな負担が掛る。未熟な自分が禁術を扱えばどうなるか皆目見当もつかない。


 ――しかし。


 禁術を使ってでも、チッチの(ゆめ)を守って見せる。

 アウラは決断した。

 その時、アウラの腕の中で血まみれのチッチから弱々しいい声が聞こえた。

「アウラ……を……早く」

「チッチ! よかった」

 拭ったはずの涙がアウラの紫水晶の瞳に溢れ出す。

 チッチが立ち上がろうとして床に崩れるように伏していく。

 アウラは慌ててチッチの身体を支えた。

「アウラ……封印を……解いて、くれ」

 轟音が響き砲弾の雨が降る中、チッチの碧眼と普段は包帯の下に隠れている人外の真紅の右眼が、冷たい眼光を放ってアウラを見つめている。


 To Be Continued

最後まで御読み下さいまして誠にありがとうございます。<(_ _)>


次回もお楽しみに!


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