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〜 炎のレース 〜 第三部 第十七話

 ☆第十七話


 ◆雨中の砲撃


 ――翌朝。

 昨夜、一度大人しくなった雨は夜が明けても降り続いていた。

 昨日は時折、地面の土を叩き上げる程、降ったり小雨になったりと落ち着かない空模様が続いている。

 雨の中、晴れていたら陽の昇る頃に当たる時間からチッチは船を出す準備を急いでいた。

 風が強い内に船を動かし出したいからだ。

 水上でも同じであるが、帆船と言うものは最初の行き足をつける為にタグボートで牽いて貰うか、それがない場合下ろした錨を巻き上げる際に、その力を利用して船に行き足をつける。

 陸でもそうすれば良いのである。

 タグボートの代わりに牛か馬か何かに引かせればいい。

 しかし、生憎広野の真ん中に野生の牛や馬が都合良くいるはずも無いし、いたとしても捕まえるこ事に時間を費やしてしまう。

 チッチも碇は下ろしておいたものの、水面のように上手く行くかは分からない。

 幸い風向きと風の強さに恵まれ、用意した(いかり)は既にしまった。

「ふぁ――! おはよ……チッチ」

 目元を擦りながら、ふにゃふにゃ顔のアウラがチャートルームの丸い窓からチッチを見ていた。

 レース中は旋毛の辺りで纏めてある細く美しい桃色の長い髪は下ろされていて所々で跳ねている。

 小ぶりで形の良い薄桃色の唇をのたくる蚯蚓(ミミズ)のように時折、へにゃへにゃと歪めながら、鼻の下を擦っては欠伸をし紫水晶の瞳は虚ろで虚空を見つめている。

 アウラは低血圧で朝は弱い。

「おはよう。アウラ」

 作業中という事もあって何時もより、はっきりとした返事がチッチから返って来た。

「昨夜は、あれから良く眠れたかぁ――」

 チッチの問い掛けにアウラは無言のまま、こくりと頷いた。

「雨が酷いから、出航までもう少し寝ててもいいぞぉ」

 アウラは、こくりと頷くと船室の寝床に突っ伏した。


 大人しかった雨風が強くない始めた頃を見計らいチッチが出航しようとした時、アウラは髪を梳かし旋毛のあたりでリボンで結わえ身形を整え外に出ようとした。

「船室のにいてもいいぞぉ、今日も荒れそうだから――!アウラが風雨に打たれて風邪引いたり、疲れたりするとレースの後半に差し支えるから」

 チッチの声が何時もより、はつらつとしているようにアウラには聞こえた。

 昨夜の出来事が、そんなに嬉しかったのかと思う。

 二人は身を寄せ合い狭い船室のベッドで眠った。

 アウラは、チッチが寝る前に言った言葉が気になっていた。

 あの時は、チッチが起きていたとは知らずに自分から唇を寄せてしまい、チッチが起きていた事に驚き恥ずかしさの余り混乱していてチッチの言葉に何気なく「うん」と答えたが、よく意味が分からなかった。

 アウラは、昨夜チッチが言っていた言葉を聞いてみた。

「ねぇ、チッチ? 昨夜、何か謝っていたよね? なにを謝っていたのです?」

 一瞬、チッチは身体を竦めた。

「……なんでもない。幸い? 事故は起こらなかったけど……」

「事故てなに? ねぇねぇてばぁ――! 確か……『朝、刺さってたらごめん』て言ってなかったですかぁ――」

「そんな事、言ったかなぁ?」

「うん! 言ったよ。私、何も考えずに『うん』て言っちゃったから気になって……教えてぇ、チッチ」

 アウラは嬉しそうな微笑みを浮かべて聞いた。


「……ね、寝ぼけてて覚えて無いなぁ? 寝言……言ってたのかなぁ」

 チッチは誤魔化すように言葉を濁した。

 覚えてはいる、悪気で言った訳ではないけど……。


 ――言えるはずがない。


「寝言だったんですね? チッチの寝言にしては何時もと違う感じでしたけど……! それと事故ってなんですか? でも、安全な旅が一番ですね」


 ――アウラの頬笑みが、チッチの胸に突き刺さる。


「そうだ! 事故は無い方がいい……なぁ」


 ――万が一事故が起きていたらと考えると心が痛い……。


「そうですね! うふふ」

「そうだよなぁ――、事故じゃない形がいいよなぁ」

 チッチは小声で呟いた。

「なにか、言いました?」

「なにも……」


 ――男の子の朝の事情を話せる訳がない。


「か、風がいい。出航するぞぉ」

 チッチが操船を行う為の操作場に立ち、陀輪を回しマストに展帆すると帆は風を一杯に孕んで膨らんだ。

 制動を外すと、ゆっくりと船体が動き出した。

 船の行き足が十分に付くと最適帆を合わせ、次の街、ナーンに船首を向けた。


 南に向うに連れて激しさを増す風雨の中を走るチッチの船から、見て東側に数台の大型の馬車がナーンの街に向け疾駆している。

 恐らく出場者が家畜を運んでいるのだろう、と思われた。

 もう、これでは放牧レースと言うより家畜を運ぶレースだ。

 数年前から昔ながらの家畜を追って歩いたて周っていた放牧レースも様相をすっかり変えている。

 街の発展も放牧レースを変えていった一つの原因だった。

 指標になる街には、収穫祭にレースの出場者たちを見ようと多くの人が集まる。

 人が集まれば街の経済が潤うのは道理。

 その指標の街になる為に指標街の登録をする街は次第に増え、周る距離も延びていった。

 次第に過激さと苛酷さを増していく放牧レースに熱狂する観衆の要望に伝統は崩されていった。

 ここ数年は特に様々なレース展開が繰り広げられ更に人々は熱狂していった。

 様々に変更されていくシンプルだったレースのルール。


「チッチ、この船で山羊を運んでいても減点にならないのかな? 確か馬車で家畜を運ぶ事は減点の対象になっていたと思うんですけど」

 アウラは、船室の丸窓から顔を覗かせチッチに尋ねた。

「確か、登録外に他の家畜を使って追う事を禁止していたはずだったなぁ? ……でも馬車は家畜じゃないから減点にはならないけど、それを引いているのは馬だから減点される。これは船だし他の家畜を使ってる訳じゃないからなぁ」

 放牧では羊を追うのに牧羊犬を使う。

 主は、馬に跨ってその後を追ったり、群れから逸脱しようとする家畜を追い群れに戻したりする。

 群れを組む習性の家畜もあるので、放牧民は馬や牧畜犬を用いて旅をしていた。

 レース前に、家畜を追う言わば道具として馬を登録してあれば何の問題もないが、その分最初からハンディーを背負う持ち点となっている。

 それぞれの出場者たちは、あれやこれや点数を考えながらレースを展開しているのだ。

「チッチ! 馬車の窓が開いて何か筒のような物が出て来ましたよ?」

 アウラは、チッチが六分儀を使う時に使用していた望遠鏡を覗いて並走して走る形になっている馬車を見ていた。

「これ! すごいですね! 麦粒程にしか見えてない馬車が、こんなに近くに見えるなんて」

 はしゃぎながら望遠鏡を覗いてアウラが言った。

「爺さんが言うには、六分儀もその望遠鏡も何処かの遺跡で見つかったものらしい。今ある望遠鏡より数倍遠くまで見れる。それにこの世では、まだそれを作る技術もないらしいから、今直ぐ作れるような代物ではないらしいぞぉ」

「ふ――ん。そうなんだ。世界って不思議でいっぱいですね。チッチ……あっ! 何か光った」

 アウラの声に数瞬遅れて轟音が届いた。

「雷? ですか……雨は次第に弱まって来ているし稲光も見えないのに……」

 アウラの言葉を聞いたチッチは素早く右眼の包帯を解き、アウラの見ている方向に振り向いた。


 ――その時、重苦しい音と伴に近くの地面は草や泥水と土を弾き、吹き飛んた。


「きゃぁ!」

 続け様に砲撃音と着弾音が雨中に轟音を響き渡らせた。

「きゃぁぁっ!」

 アウラは綺麗な桃色髪の頭を抱え込み、その場にしゃがみ蹲る。

「大砲だ! アウラ船室から出てこっちに来い!」

 雷の苦手なアウラは、一目散に船室から出るとチッチの傍らに寄り添った。

「大砲を馬車に積んでるの?」

 着弾地点はまだ遠い。

「俺たちの情報が流れてるのかなぁ? しかし、妨害工作に大砲まで持ち出してくるかなぁ……普通」

「チッチ、呑気な事言ってないで逃げなきゃ」

「その必要はない。ふむ…………二百六十三フィール(約八十メール)て所かなぁ? もう少し先になれば別だけど当分この距離を保てば向こうの砲撃は届かない」

 大砲を載せた馬車はナーンに向かう整備された街道を走っているようだった。

 チッチたちの船は、道なき草原を走っている。泥濘の中を走れるのは、履帯のお陰であるが、ナーンに向かうに連れ街道との距離はじわじわ縮まり、やがて大砲の射程圏に入る。

 向こうもそれを知っているはず、そう考えチッチは、この砲撃をただの威嚇と判断した。

 このまま距離を保っていれば砲弾は船まで届かない。

 大砲の射程距離は、大よそ……百六十四フィール(約五十メール)。

 船との距離は、チッチの目測で大よそ二百六十三フィール。

「どうするの? チッチ」

「どうもしない。このままナーンに向かい一気に南の街リスブルに向かうだけだけど」

 雨は次第に弱まるが砲撃の雨は次第に激しさを増す。

 目指している南の方角は明るくなって来ている。

 天候が回復すれば火薬を濡らし湿らす心配がなくなり、今より激しい砲撃が予想された。


 To Be Continued

最後まで御読み下さいまして誠にありがとうございます。<(_ _)>


次回もお楽しみに!


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