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〜 炎のレース 〜 第三部 第十五話

 ☆第十五話


 ◆陸上の帆船


 チッチが、準備を整えデッキに戻ると最適帆を合わせ船足を上げた、ぐんぐん船着場が近付いてくる。

 普通なら船足を落とし接岸に備える距離だ。

「お、おい! 何やってんだ! 早く縮帆して船足を止めろて裏帆を打たせ停船させるんだ。この船の大きさから考えると岸まで十六フィール(五メール)辺りで座礁するぞ」

 チッチの背中に向かいノイルが大声を張り上げ制止した。

「ちっ!」

 ノイルが舵を切ろうとした時チッチが叫んだ。

 チッチが右眼の包帯を緩めて解いた。

「チッチ! あなた」

 一部の者は知っているが、アウラの前でしか決して解かない右眼の包帯をチッチが解いた事に驚きアウラは咄嗟に叫んだ。

 後ろで舵を取るノイルからはチッチの背後しか見えていない。

 チッチの細かい指示がノイルに飛ぶ。

 船体がスローブの辺りに差し掛かるまで後少し船着場までは、まだ距離がある。


 ――その時。


「取り舵一杯」

「なっ! ここで取り舵を切ったら、スローブに乗り上げるぞ!」

「大丈夫……スローブに上がるんだ」

 チッチは、帆の最適帆を維持し船足を落とさない。

「怖気付いて舵を戻すなよ。ノイル」

 チッチの相手を抑え込むような強く鋭い言葉がノイルに飛んだ。

 空は雲り風も強くなり始め、この船の行く末を案じしているようにもノイルには思えた。

 舵を持つノイルの手が震えている。

「アウラ! 衝撃に備えておくんだぞぉ」

 何時もの間の抜けた声がアウラに向けられた。

 その声を聞いたアウラは胸の奥に張り詰めていたものが溶け温かいものを感じる。

「うん……分かった」

 それはアウラにとって安堵にも似た安らぐ気持ちだった。

 アウラは、今にも舵をどちらかに切りそうな程、緊迫した面持ちのノイルの舵を持つ手にしっかりと小さな手を添えた。

「大丈夫。何時ものチッチだから、なんとかしてくれます……何かをしっかりと考えてるから、ね? だから大丈夫です」

 ノイルが反身を開けアウラと並んでしっかりと舵を固定した。

 船はスローブに向け垂直に向いている。

 チッチは帆のトリムを合わせながら、船の流される分を調整し舵取の指示を出していた。

 いよいよ船がスローブに近付くとチッチが素早く帆を畳んだ。

 操作を乾燥化する為のからくりが並ぶ中にあるデッキから縦に伸びた四本程ある棒状の物を握り前へと倒した。

 ガコン、鈍い音とカリカリカリという連続した音を立て始める。

 マストが床に沈み込むように下がり短くなり、マストの中程から上部のマストは根元の内側へと消えて更に短くなった。

「陸に上がるぞぉ……その前に船底(ボトム)が川底に擦るから、急激に船足が落ちるかも知れない……まぁ、大丈夫だと思うけど」

 チッチの声の後、船底から突き上げるような衝撃が奔った。

 舵を持つ二人はしっかりと舵と手摺を握り、衝撃に耐える。

 時折、ギシッギシッと船体が軋む嫌な音が聞こえる。

 それでも思った程の衝撃は無く軋み音はするものの、船体の破壊音が聞こえる事はなかった。

 最初の衝撃が落ち着くとチッチが別の棒状の物を手前に倒し、最初に倒した棒状の物を引いた。

 マストが元の状態に戻り、チッチはマストに帆を張った。

 バフ、と帆が風を孕み、船足を上げていく。

 やがて、船は緩やかなスローブに船首を上げた。

 船首を上げながら、船体はスローブの角度に並行して船体も傾きを変えていった。

「陸に乗り上げた……」

 ノイルが呟き辺りを見渡した。

 景色は流れている、まだ船体は停止していないようだと気付き、その景色の流れる早さに驚いた。

「陸を走ってる?」

「思った以上に天候が荒れそうだ。強い風が吹きそうだったから船を陸に上げた」

 チッチは、船が完全に陸に上がり安定を取り戻すと外していた右眼の包帯を乱暴に巻き出した。

 見兼ねたアウラがチッチの傍に行き包帯を巻く手伝をした。


「ありがとう、アウラ。船の操作から手を離せないから困ってた……、それに疲れて上手く巻けない」

「もうぅ! チッチは何時も乱暴な巻き方してるじゃないですか!」

 アウラはそう言って包帯を巻き直し始めた。

「怪我をしているのか?」

 ノイルが心配してか二人に尋ね二人に近づこうとした。

「来ないでください。今は……、怪我をした訳ではありませんから……眼の病です。状態が酷いので人に見せたくないのです。ごめんなさい」

 アウラは強い口調でノイルを制した。


 ――誰にも見せたくはなかった……あの眼を。


 ――自分以外と僅かにそれを知る人物以外に知られたくなかった。


 ――本来、自分が憎むべき『あの眼』を持つチッチを……今は守って上げたい。


 船が陸を走り出す。

 水上より、やや速力は落ちるものの、風に恵まれ通常に馬を走らせるか、それと同等以上の速力で陸に上がった船は疾駆し次の街ジーンへと向う街道の見えない一面薄い黄緑の草原駆け抜けた。

 船の舷側に向け、甲板の淵から身を乗り出し船底を覗き込んでいるノイルが尋ねた。

 包帯を巻き直し終えた、アウラも手摺りから舷側の方を覗き込んで見る。

「なぁ! あの喫水域に当たる舷側の船首後から船尾くらいまでの船腹に付いている羽根のように斜め下に向けかって伸びた長めの板は何だ」

竜骨(キール)だ」

 チッチが短く答えた。

「竜骨? 舷側に?」

 竜骨は船の背骨に当り船体の命とも言える部位で通常の船は、それを中心に組まれ船の船底にある。

 無論、グローリー号の船底にもある。

 帆船の場合、舷側に櫂を備えている櫂船と違い長く薄く延びるような喫水の深い船底になっている。

 帆が風の力を受ける。その力をキールが水の抵抗を得て前に進む為の力に変えている。

 その分、喫水が深くなり、浅瀬や浅い川を航行する事は困難で深い所を測深しながらの航行となるが、チッチの船は元々川で荷物を運ぶ為に造られた喫水の浅い階船を改造したもので、まったくの平船底ではなく、ゆるやかに丸味を帯びていた。

 しかし、帆を張るにあたって元々水面上で不安定な平船底に近いチッチの船は喫水域が浅く、マストの丈を抑えていてもこれだけの帆を張るには無理があった。

 大型船なら二艘式にする等の工夫も出来たが海や大河なら兎も角、チッチたちの下るベールング川は広いと言っても大きな川程しかなかった。

「竜骨って普通、船底だろ? なぜ、どてっ腹にしかも斜め下向きに付けてるんだ?」

 ノイルが不思議そうに問うた。

「それはサイドキールと言って本来水面で船の安定を増す為の物だ。それに喫水が取れないから、出来るだけ帆を展帆した時に水の抵抗を得る為、長めにしてあるんだけど……お前? 喰いつく所が違わなか? 船が陸を走行しているのに……」

 チッチの間の抜けた中にも何処か残念そうな口調で答えた。

「おお!! それ! 喫水域の舷側から生えてるこの板みたいなのが、続けて回転している物はいったい何だ? 車輪では無いようだし……」

 ノイルがサイドキールの下辺りで僅かに見えている。ガラガラ音を立て回転している見た事もない車輪代わりの長い帯状の物体を指さし訪ねた。

「それは車輪だ」

 チッチの碧眼と口元が弓のように反れた。

「嘘つけ! 丸くないぞ! 板が無数に連なって回転してるじゃないか! 見れば車輪で無い事くらい僕にも分かる!」

「そう怒るなよぉ――、それは履帯(りたい)と言って、歯車の付いた駆動輪と転輪、誘導輪を並べ、誘導帯の中を回ってる無限軌道の車輪だ。独立した転輪が、振動や起伏のある所でも滑らかな走行を実現してくれるし、振動も少なくて済むように考えてある。通常の車輪に比べ接地面積が広いから悪路にも強い。地面にかかる接地圧が少なくなるからなんだけど」

「ほ――う……まったく分からん」

 ノイルが小首を傾げた。

「操作は二本の棒を引くだけだ。片側を引けだ引いた方の履帯が停止し抵抗となって方向を変える事が出来るし、両方同時に引けば制動を掛けられるようになっている……船を走らせる為の推進力が風だけだから、無風になると水面なら兎も角、陸の上では困った事になるけどなぁ」

「ふ――ん」

「お陰でこっちの操作は楽なんだけど……帆の調整が入るからやっぱり大変だ……。ちょっと不味い設計をしたなぁ」

 

 チッチがそう言って珍しく渋い顔をしていたが、困った様子に見えないのはなぜだろう? とアウラは思った。

 きっと、普段からの行いがそう見せているのだ。

 自業自得だとアウラが思っているとチッチに声を掛けられた。

 鼻や眼は良く利くし以前、風狼と出会った時、北の神殿の事柄から耳も良かったんだ、この地獄耳。

 言葉に出してないのに……、聞こえてるはずはない。

「はぁ――」

 アウラは、かわいらしい溜息を吐いた途端、気持悪い感覚に襲われた。

「アウラ。下ばかり見てると船酔い? 乗り物かなぁ? どっちでもいいけど、酔うぞ」

 アウラは気持ち悪さを我慢して、ふらふらとチッチの傍に来ると身を寄り添いもたれ掛った。


 To Be Continued

最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。


次回もお楽しみに!

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