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〜 炎のレース 〜 第三部 第十二話

 ☆第十二話


 ◆アウラ名誉挽回


 ――からん♪ からん♪


 騒ぎの中を節くれた杖と持ち、茶色のローブに身を纏いフードを深々と被る。

 杖を片手に持ち、羊を伴っていない時、羊飼いの風貌は魔術師にも見えなくもない。

 羊の群れを連れていないアウラの姿は混雑している多くの者たちの眼には、本当の魔術師に映ったのかも知れない。


 小柄な人物が鐘の音を響かせ、人混みの中を無人の野を行くが如く混雑する人の間を歩いていた。

 アウラが鐘の音を響かせる度、人だかりは両脇に割れ人垣を作り、アウラの通る道を空けるかのように開いていく。

 それに呼応するように騒ぎで飛かっていた怒声も徐々に納まっていく。


 旅の章より、守護と導きの祈り。

kano(カノ)of(オヴ)raido(ライゾ)eihwaz(エイワズ)and(アン)algiz(アルジズ)to(トゥ)raido(ライゾ)teiwaz(テイワズ)raido(ライゾ)of(オヴ)wunjo(ウンジョー)gebo(ゲーボ)

(旅の始めに守護と星の導きを。旅人に喜び満ちる旅の贈り物を)


 アウラが、旅の導きに用いる古語の交る常套句を述べると辺りの混乱も一瞬にして治まった。


『羊は羊飼いに導かれ広野を歩き、羊飼いは人を導き、神に導かれ楽園に導かれる。』


 旅をする旅商人や旅芸人たちは勿論の事、教会の教えが広まっている世で誰もが知っている、その(くだり)がその場の人々を沈めた。


 ――からん♪


「争いを止めてください」

 アウラは、地面で額から血を流している一人の老婆に手を差し伸べその身体を起こし支える。

「大丈夫ですか?」

 懐からハンカチを取り出すと老婆の額に流れた血を拭き取りあてがった。

「羊飼いか?」

 騒ぎの中心人物が、馬上から口髭から伸びた顎髭まで繋がった、もっさりとした髭を鷲掴みに撫でた。

「はい。私は羊飼いですが? それが何か?」

 アウラが珍しく挑発的な尖った言葉を放った。

「お前も放牧レースの出場者か」

「さて……どうでしょう。もし私が放牧レースの出場者ならどのようになさるおつもりですか?」

「知れた事を! このレース妨害黙認の過激なレースと知って言っているのか? 小娘」

 アウラともっさり髭の男の口論に本道りにいた人々が集まり出し、二人を囲むように周りを囲い始める。

 本通はまだまだ混雑しているが、揉め事を避けこの場を離れた人たちも多く大分人通りが少なくなり始めている。

 先達ての騒ぎの際に多くの人は危険を感じその場を去り、残りは野次馬と化し二人の周りに集まったからだった。

「ええ、知っています。私はそのレースに出場している者の助手(パートナー)として、この度の放牧レースに出場しております」

「それで連れている家畜は何だ」

「山羊でございます」

「わぁはぁはぁはぁ! 羊飼いが山羊を追ってレースに参加しているのか?」

 もっさり男が、豪快に笑い声を上げた。

「はい、羊飼いは多くの羊の群れを追う際、羊の群れに一・二割の山羊を混ぜるのです。ご存知ですか? 羊はのんびり屋さんで余り動き回りません。その群れに好奇心の強い山羊を混ぜると、それに感化され羊も良く動くのです。この旅のレースは山羊しか連れていませんが」

「いや、嘘だな」

「何故? そのようにお思いになるのですか?」

「知れた事を東なら一日掛ければ到着でき残りの二か所の街も知恵と策を用いれば総数二日で通過証明を三枚手にするだろうが西は違う、東より距離があり丸一日寝ずに歩き通しても着く事は不可能に近い。早い者でも陽が天中を下り始めた頃に辿り着くのがやっとだ。俺の家畜は馬。半日で西側の南方面に着き、北上して来たジールの街が西側の最後の街だ」

「レースが始まって、丸一日とまだ天中半ばのこの時に、羊飼いや山羊飼いは到着出来ないとおっしゃりたいのですか?」

「そうだ。お前の言う事が本当だとしても、まだ一枚の通過証明も持っていないと言う事だ。違うか?」

 もっさり髭の男がもじゃもじゃの髭を誇らしげに撫でて言った。

 アウラは薄く笑みを浮かべた。

「私たちは、既に二か所の通過書を頂いております」

「なんだと? それは嘘だ! 家畜の中で最も足の速い馬を持つ者たちでも西側の街を回り切るのがやっとだったんだぞ。早い者はもう次の街、北、南、東の街に散って行った者もいる。お前が言う事が本当なら通過証明書を見せてみろ!」

 男は撫でていた、もっさり髭から手を離すと怒声を上げた。

「貴方は、妨害か混雑に時間を失い、その焦る気持ちから人混みの多い本通りを通り抜けようなどという無茶な事をしたのですね? 分かりました。お見せします」

 アウラは、チッチのいる方向に振り向き両手を開いた。

 野次馬の人だかりが、割れるように開いていった。


 ――まるで神の導きを受けた救世主(メシア)が、災害に喘ぐ人々を導く為に海を割ったように両脇に人垣が分かれアウラとチッチまで一筋の道となる。


『羊は羊飼いに導かれ広野を歩き、羊飼いは人を導き、神に導かれ楽園に導かれる』と言われ原典にも記される、羊飼いは時に教会の司祭程の影響力を発揮する。

 無論、羊飼いであって普段から特別な権力などは持っている訳ではない。

 しかし、(いにしえ)からの口伝と習慣と老婆を労り、横暴な輩に立ち向かう美少女アウラの堂々たる姿勢が、それをさせたのだった。


 アウラは、大きく息を吸い込むと視線の先に見えるチッチに向い、かわいらしい大声で伝えた。

「チッチ――! 今よ! 通過許可書! 今なら本通りに人は少ないですから行ってください――!」

 チッチは、アウラの意図を汲み取り口元に指を当て口笛を響かせた。

 街の隅で食べた草を反芻していた山羊たちが主の呼び掛けに、ころころとカウベルの音を響かせ顔を上げる。

 チッチが通過証明の手続き行っている建物に向かい走り出すと長い間伴に旅を続けてきた、阿吽の息でチッチの動きに連動しているかのように駆け出した。


 馬を連れて来た男とその後に本通りから街に入ったレースの出場者たちは、騒ぎで出来た人垣に阻まれ右往左往している。

 その後から、またレースの出場者たちが続いて街に家畜の群れを連れて入るのだから、何をしなくても辺りはごった返し出場者たちが懸命に自分の家畜たちを誘導するものの、時既に遅しと言った感じだった。

 次々に家畜たちが混じり合う。

 それに街の者たちも混乱して騒ぎ出した事が、主たちの家畜を御する鐘を始めとする様々な鳴り物や声を阻んで家畜の制止もままならくなった。

 もうこうなってしまえば、後の祭り(フェスティバル)だ。

 しかし、人が騒ぎそれに怯えた家畜たちの中には暴れる家畜たちも出て来ている。

 このままでは、折角収めた騒ぎが無駄になるどころか、多くの怪我人が出る事は火を見るより明らかな事だ。


 ――からん♪ からん♪ からん♪


 アウラの持つ節くれた杖に括られた鐘の音を響き渡った。

 からん――♪

 アウラが鐘の音に魔術を乗せ響かせた。

 煮え滾る湯に水を打ったように辺りの騒ぎが収まっていく。

 その中で収まりが着かな者がいた、最初に本通りに入って来たもっさり髭の馬上の男だった。

「小娘が! 邪魔をしやがって!」

 男が馬上から下馬するとアウラに険しい表情で歩み寄った。

「このレース妨害は容認されているはずです。それより貴方の無謀な行動は出場者全員の品格を下げる愚行です。レースに出場している者同士なら兎も角、収穫祭を楽しみレースを楽しんで頂いている街の方々に危険を及ぼす行為を黙認出来るはずがありません」

 凛とした姿勢でアウラは正面に立ち杖を構えた。

「何を偉そうな事をほざくか! この小娘が!」

 もっさり髭の男がアウラに掴みかかろうとした時。


 からん―♪


 鐘の音が響くと男は、その場から一歩も動けなくなった。

 アウラが魔法陣術式破棄の魔術で魔除けの結界を張った。

 その魔術の力加減で人も結界の対象となる。

 周囲の人々は羊飼いが魔除けの方を使う事を知ってはいるものの、まじない程度のものであるように認知していただけでアウラのそれらしき力に驚いていた。

 野次馬たちは、魔術を初めて目の当たりにしたのだから、当然と言えば当然の事なのかも知れないが、誰も魔術の存在など信じているはずもなく、華奢な身体で凛として立ち向かったアウラの姿勢が大の男を退かせたと思い込んだ。

 喝采が起こると波が寄せるように野次馬の群衆がアウラを取り囲み始めた。

「えっ!」

 予期せぬ事に驚いているアウラの背中から聞きなれない少年の声が聞こえて来る。

「こっち」

 アウラの後ろを追ってきた少年が声を掛けた。

 アウラは、魔術を解くと少年に手を取られ街の中へと走った。


 To Be Continued

最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。


次回もお楽しみに!

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