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〜 炎のレース 〜 第三部 第十一話

  ☆第十一話


 ◆羊飼いのアウラ


 ジールの街の船着場。

 アウラは(もや)いを放る為、自分の手首程もある円状に整えられた太いロープの前に立っていた。

 チッチは既に帆を畳み、マストに括りつける作業を終え船足も十分落ち、接岸する為の微調整に入っていた。

 アウラが舫いのロープを見て、わざとらしく、嫌味を込めて棒読みの言葉をチッチに向けて放った。

「これだけ太いロープだといいですね――? いくらチッチでも細かく結べないでしょ? 私太いのが好き!」

「何だって? 良く聞こえなかったなぁ」

 アウラは、忙しそうに奔走しているチッチを見て本当に聞こえていないのだと思った。

「わたし――!太い方が好き――! 太いのがいいって言ったの!」

「……そうかぁ――! そんなに太いのが好きかぁ?」

「なんだ……ロープの事かぁ……それ重いぞぉ」

「うん! 油の匂いがするね。でも大丈夫ですよ」

 アウラは、そう言うと操船の為に舵を固定し長い竿に持ち替え、船着き場に寄せようとしているチッチを見てその距離を確かめた。

 舫いロープをか細い両腕で抱え持ち上げようと足を踏ん張り持ち上げ始める。

「よいしょっ!? お、重い……」

 アウラは、チッチの場所を確認するとロープを抱え上げた。

「重いよ――、チッチ、手――」

 『手伝って』と言い掛けアウラは言葉を呑み込んだ。

 チッチとロープの組み合わせに異常な程、警戒心を持っている事に気付くアウラだった。

「ちょっと待ってほしいんだけど……今、忙しいから」

「だ、大丈夫です! 一人でやれると思います……なんとか」

「それは助かるなぁ、山羊たちを乗せてるから竿を押すので精一杯だったんだ、実は」

 船着き場に近寄った時、小型船接岸用の二股に分かれた片側の桟橋の先端にいる男数人が舫ロープを放るように手招きで合図を寄こした。

 舫いを受け取り、ロープを引いて船を寄せてくれる手伝いをしてくれるようだ。

 アウラは、何とか持ち上げた舫いロープをお腹の辺りで懸命に支えながら、大きく腰を捩じりロープを力一杯桟橋に向って放り投げた。

「えぃ!」

 かわいらしい気合いの声と共に舫いを放つ。


 ――ドッホン。切ない響きが水面に木霊した。


「……」

「……」

「……ごめんなさい」

 桟橋の男たちが苦笑を浮かべ、すぐさま長い竿を持って来くると舫いロープを拾い上げ船を曳いてくれた。

「……ごめんなさい」

 とことんロープには恥をかかされる。

「はぁ――」

 アウラは、溜息を吐くとがっくり肩を落とした。

「気にするなよぉ。アウラ」

 竿を置いたチッチがアウラの肩を叩いて微笑んでいる。

「これからが本番だ。真っ先に西に向かっていた奴らも、ちらほらいるみたいだし東に向っていた奴らも速い奴は今日の夜、遅くても明日には押し寄せてくる。妨害も受けるから気をつけないとなぁ」

 チッチが、やさしい微笑みをアウラに向け言葉を続けた。

「家畜の追い出しはアウラの得意分野だし……直ぐに初めて次の街に向かおう」

「……うん。ありがと、チッチ」

 顔を見合し軽く笑い合ってから二人は山羊たちを船から降ろし始めた。


 ジールの街を囲む外壁が、船着場から見えている。

 船着き場からは、大きく重い荷物にも耐えられる広めの石畳で造られたしっかりと整備された街道が敷かれている。

 船着き場から少し離れた街まで荷馬車を使い荷揚げされる荷物を、速やかに街まで運ぶ為に一直線になっていた。

 当然、街の外壁にある一番広い幅のアーチが街道の先にある事は間違いない。

 街に出入りするのはレースに出場している者だけではないので狭いアーチの所から街に入ろうとすれば、余計な混雑に巻き込まれる事になる。

 しかし、この街道は普段、平時は船着場から揚げられた荷物専用の搬入出口になっているようで辺りには一般人と思われる人の姿は見受けられなかった。

 二人は少し離れたジールの街に向け山羊の群れを追い立てた。

 陽は、まだ地と天中の中程で燦々(さんさん)と輝いている。


 二人がアーチの前まで来ると荷物搬入出口ともあり、税関や検問所が置かれていた。

 山羊を伴いアーチを潜ろうとした時、税関の者に引き止められたが、放牧レースの出場者である二人がシュベルクを出発する際に手続きをし貰い受けた免税証明書を見せると、すんなりアーチを潜らせてくれた。

 二人は街に入って直ぐに祭りで賑わう本通りを避け人気の疎らな場所を探し、ジールにある通過証明書の手続きを行っている建物の位置を地図を見ながら、妨害と人混みを避け、最も早く着けるルートを検討していた。

 二十頭の山羊を伴いながら収穫祭で賑わう道を通るのは困難な事だった。

 レース初参加の二人は、サインスでそれに巻き込まれ通過書を貰いに行くのに時間を取られた。

 通過証明を貰うには、連れている家畜の頭数と登録された焼印代わりの丈夫な鉄錠の掛った首に吊るされてタグを見せて確認をとって貰い途中で別の家畜と入れ替えてないか確認される。

 連れて行くか、広場に置いて監視委員をその場に連れて来なければならない。

 街の地図を二人が見入っていると本通りの方からざわめきが起こった。

 本通りに細かい土埃が舞い上がり、通りを歩いていた者たちが、慌てる様子で散り散りに動き出し二人のいる辺りにも息を切らせた人が多く寄せて来る。

 徐々に土埃が納まって行くにつれ本通りの方からは罵声の交る口論が聞こえ始めてくる。

 二人の傍に逃げ出して来た者と思われる、少年が文句を付けていた。

「ちくしょう! あいつら人混みの中をあんなに多くの馬を伴って駆け込むなんてどうかしてる! あそこにいた人に怪我がないといいけど……ちくしょう!」

 二人と同じ年頃だと思われる十代半ばの少年は本通りの方を見ながら声を荒げた。

「あ……あの! どうしたのですか? そんなに息を切らせて」

 アウラは、恐る恐るといった様子で少年に声を掛けた。

「なんだよ! 何か用か!」

 余りの事に収まりが着かないのか、少年から強い口調の言葉が返って来る。

 少年の強い口調に驚いたアウラの華奢な身体が、ぴくんと跳ね傍にいたチッチの袖を掴んだ。

「痛でででぇ、アウラ……身も一緒に掴んでる」

 周りの様子を気にした風もなく地図を睨んでいたチッチが突然、降って湧いた腕の痛みに声を上げた。

 怯えるアウラを見た少年が額に片手を当て頭を下げた。

「ごめん……きみに怒っている訳じゃないんだ」

「放牧レースの出場者さ、馬を放牧している奴だろうけど、人混みの多い本通りに物凄い勢いのまま何十頭も連れて突っ込んできやがったんだ。怪我人が出てなければいいけど」

「おやさしいのですね。貴方は」

 アウラは、チッチの袖を離し立ち上がるとお尻に着いた草と誇りを払った。


 ――チッチに向けて。


 少年が少し顔を赤らめながら、ちらちらアウラの方に視線を彷徨わせている。

「いや……そんな事ないですけど……」

「おやさしそうですわ。とっても……誰かさんと違って」

「誰かさん?」

「……いえ、なんでもありませんわ」

 アウラは少年に微笑み掛けた。

「俺は何時もやさしいけどなぁ」

 チッチが剥れた頬を開き抗議の声を上げた。

「あんな事をする人の何処がやさしいんだか」

「……まだ怒ってるのかなぁ?」

「別に」

 アウラは短く答えると通りの方が一段と騒がしくなっている。

 喧嘩が始まったようだった。

「駄目だ。あれじゃ死人が出ちまう」

「私で宜しければ、お手伝い致しましょうか?」

「でも、きみは女の子だしあの騒ぎの中に入るのは危険だよ」

 少年が慌てた様子でアウラに言った。

「大丈夫です」

 アウラは地面に置いていたローブを手に取り草と誇りを払った。

 にこりと微笑んでアウラは手に持っている節くれた杖の鐘を鳴らした。


 からん♪ からん♪ からん♪


 小気味良い鐘の音色を響かせながらアウラは荒れる人の波へと向って歩き出した。

 少年が心配そうにアウラの小さな背中を見ていて周りで小気味良い音を、ころころ奏で時折鳴く動物に気付いた。

「山羊飼いだったのか……あの娘……た、大変だ! 魔物を呼び出す気じゃ――」

 少年の声に被せるようにチッチが言葉を乗せた。

「心配無い。あいつは羊飼いだ。それに山羊飼いは俺」

「もしかして、きみたち……レースの出場者?」

「そうだけど……ちょっと困ってる。アウラが騒ぎを収めたら頼みたい事がある。いいかなぁ?」

「はい……いいですけど、本当に収める事が出来るのですか?」

「アウラなら出来る」

「分かりました約束します。それより、きみは行かなくていいのかい? あの娘一人で行かせて」

 チッチが左眼の碧眼を弓のように反らして少年を見ていた。

「俺は山羊の番をしてなくちゃいけない。まぁ、必要ならその時に行く」

「ぼ、僕は行きますよ。やっぱり心配だ」

 少年が人だかりの方に振り返り、アウラの背中を追って走り出した。

 To Be Continued

最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。


次回もお楽しみに!

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