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〜 炎のレース 〜 第三部 第十話

 ☆第十話


 ◆裏の首謀者


 収穫祭で賑わう今年の主催会場シュベルクの街には、放牧レースの情報が早馬と共に入りては出、出ては入りしている。

 レースも序盤だと言うのに入る情報に歓喜と嘆きの声が入り混じり、ちょっとした騒ぎになっていた。

「ここまで壮絶な妨害の情報は入っておりません。大方のレース出場者は西と東に分かれレースを展開している模様です。ここからがこのレースの本番! ここまで進路の妨害をして時間を失わさせる為の工作など、かわいらしい妨害だけでレースは進んでおります。通過証明も最多で三枚を持つ者が大半を占め、レースは膠着状態。この先あの手この手を繰り出し他者への妨害も過激さを増して参ります。死人や街道、橋などの破壊工作により、領地の財産が失わなければ良いのですが……只今、新しい続報が入りました。東で早々と通過書を揃えたバルシオ商会の御子息、バルシオ・トマウスが減点覚悟なのか大型の荷馬車、五台程で陽が昇る前から西に向かったとの報告が入りました。トマウスは一番人気の配当金三・八倍となっております。……それともう一つ驚きの情報が入りました。移動に時間が掛る為、敬遠されると見られていた北方面の街をたった一日で二つの街の通過証明を受けた出場者がいるようです! 信じられません。無謀にも山超えに挑みサインス、ペグと周りその日の夜にはペグを出発したと言う事です。その出場者は……これまた驚きです! 二人連れの少年と少女の山羊飼いだそうです」

 山羊飼いと聞いたせいか、地面を揺らすようなブーイングが広場に響いた。

「……その二人の配当金は……い、一、十……失礼。百二十四万倍。もし、山羊使いが優勝する事があればとんでもない配当金となりますが、何故、一日で北を周れたのか……、恐らく賭けに出て山越えをし成功したとしか考えられませんが、これから西へと進路を取り周るには、街道を迂回して時間を失う事になります……、いったいどのように、これからレースを展開するのでしょうか? この先もレース展開から目を離せません」

 一瞬、会場が凍りついたが、続々と飛び込む情報に会場に集まった者たちは一喜一憂していた。


 歓喜に沸くシュベルクの街の静かな一室に蝋燭の明かりの下で静かに今後の目的と収穫祭の騒ぎに乗じて人気のない場所で試す予定の実験を遂行するかどうかの会談が持たれていた。

「このシュベルク一帯は遠い昔、北に魔物たちを封じた際にグランソルシエールを中心とした十賢者が新たな魔術を作り出し実験を繰り返した場所だ。その時に残された禁術書の走り書きや実験痕後も残っている」

 黒いローブを身に纏い深々とフードを被った小柄な男が僅かに見える口元を吊り上げた。

「君に今回の大事を任せても大丈夫なのかね? 我々は確かに魔物に対する力を求めてはいるが、その力は『神の奇跡』の力でなければならないのだぞ。万が一実験に失敗しシュベルクの領地が消えるような事があれば、折角手に入れた力を教会側としては使えない。無関係を装う立場を取らざるを得ない」

「まあ、司教殿。我々も教会が民から吸い上げている寄付金には随分と手助られています。禁術の捜索費用、魔術の解読に掛る必要な経費などをそちらからの御厚意(・・・)で受けそれはもう感謝の一語に尽きます。この力は教会側の物と言って誰も文句は言いますまい。神の為に寄付を寄こしたのも、また民なのですからな」

 蝋燭の光りの中、磨かれた金属の鎧が鈍い光を乱反射させている偉丈夫が口元の髭を触って撫で上げた。

「実験はシュベルク買収が済んでからでも遅くはなかろう? 今シュベルクの領地を継いだ息子は我らの寄こした女たちに夢中。毎晩のように舞踏会を開いて浮かれて資産は底をつき掛けたところにシュベルクの街付近の買収を持ち掛けたら、こちらの言い値で売りおったわ。書類を交わすのは収穫祭が終わり落ち着いてから直ぐにと約束を取り付けてある」

 豪華な身形をした口髭の男が鼻で笑った。

「それに近隣諸国に比べ、我がイリオン王国は魔術文化の衰退が激しい。かと言って近代武器の発展も途上国だ。万が一戦が起これば我が王国は、大国ラナ・ラウルか近年西の制圧を果たし最大の強国となったカリュドス帝国の属国となる事だろう。戦の際して、この地は守りに易く攻めに難い。魔物を復活させる為に北に行くにもこの地は利が良い。王国もさぞ高く買うだろう」

 獅子の紋章を胸元に下がっている。

 それは、紛れも無くイリオン王国の紋章だ。

 政に携わっている者でも高い地位の者が着ける事を許された紋章だ。

 王家の紋章を身に着けられる者は、その血を引いている者だけだ。

「万が一シュベルク買収がならなかった時は、この地を更地に戻せばいい。そして王家に献上させる。その時は司教殿? 後の民の先導任せるがよいかな?」

「はい。御意に」

 紋章の男が僅かに唇を吊り上げ失笑を漏らした。

「民を導くのは、羊飼いなどではない。貴殿ら教会の神から賜りし役割だ」

「はい。おっしゃる通りでございます」

 司教が深々と頭を下げる。

「しかし、王も近年の情勢に慌てふためき隣国と条約などと……ふん! 円卓上の話し合いと紙切れに書いた文字如きに国の行く末を委ねるとは……つまらん」

 紋章の男が肩肘をつき拳を顎に当てるとワインの注がれたグラスを磨かれた大理石の床に投げつけた。

 控えていた侍女が割れたグラスと床に広がったワインを拭き取り片付ける。

「そう逸りまするな。ラナ・ラウルもカリュドスも近年増える魔物の対策に手を焼いております。イリオンもまた同じでございますが、ラナ・ラウルでは守護者ギルドなる傭兵どもを集めた戦闘集団の中には、魔術を超える蛮族の技を扱う者もいると聞いております。またカリュドスでは遺跡を漁り、古の魔人を発掘していると聞いております」

 豪華な身形をした口髭の男が紋章の男に恐恐とし伝えた。

「それで我が国は、禁術の魔術か?」

「いいえ『神の奇跡』の力でございます」

 司教が言うと紋章の男が鼻で笑った。

「その神の力の実験。シュベルク買収失敗に終わった後、直ちに実験に入る。良いな?」

「御意のままに」

「皆に伝えよ。おい! 魔術師、更地にしてもいいぞ」

「分かりました。早速準備の入ります」

 黒いローブの小柄な男が被っていたフードを脱いで紋章の男に恭しく一礼をした。

 紋章の男がローブの男の顔を見て言った。

「ふん! まだ少年ではないか……、しかし、酷い火傷の跡だ……ふん! 禁術でも試したのか?」

「ええ、幼い頃に火事に遭いまして……それでは」

 黒いローブの少年がフードを被り直し密室を後にした。

 少年の手には鉄杖が持たれ、その上に飾り付けられた鐘が、からん♪ と小気味良い音色を奏でた。


 心地良く吹く順風を帆に孕んだ船が川を西の街に向け南下している。

 その船には黒い四角い瞳に白い髭が愛らしい山羊も乗っていた。

 チッチは帆の最適帆(トリム)を合わせロープを結ぶ為に開けられた船縁の穴に括り付けるとアウラと舵を代わり操船に勤しんでいる……はずだった。

「きゃぁ――、チッチ! ぶ、ぶぶつかるぅぅぅ――、船が傾いてるよぉぉぉ! チッチ!」

「うるさいなぁ、アウラは……うるさくて眠れないじゃないかぁ」

「私、船なんて動かすの初めてなんだから! ちゃんと見ていてください――! ぶつかるぅぅぅ」

 チッチが起き上がり、舵を代わり僅かに舵を切り方向を修正した。

 川の水面に他の船は見当たらないが、左岸には大分近付いてはいる。

 チッチは右眼に巻かれた包帯を解くと濁った水面を見詰め、暫く考えているような様子を見せた。

 手元の舵の握りながら、マストに伸びるロープを素早く解きと帆の風を抜いた。

 近くに据えられたいる荷車の車輪を改造して作られた円形の物に付いている持ち手を回すと、帆はマストに吸いつくように畳まれた。

 タイミングを見計らっていたかのように別の円形の車輪を回してマストを回し同時に舵を右に切り、素早く帆を畳んだ持ち手を掴んで逆に回すと再び帆が張られる。

 帆の開き替を終え、最適帆を合わせをしながら緩んでいたロープを引き結ぶ為に開けられた船縁の穴に括り付け、アウラの手を掴み船の陀輪を握らせ舵を渡した。

「えっ!」

「そのまま」

 ゆっくりと船の傾きが逆の方へと変わっていく。

「きゃっ! 今度は逆に船が傾いたよぅぅぅ」

 ひょろひょろと、よろつくアウラの腰に手を回しチッチが支え舵を握った。

「川幅も広くなってきたし川の流れる早さを計算に入れて船体が流される分も見越して船首を調整したから……少し船足は落ちるけど、この舵の角度を動かさなければ、ジールの街の船着場に着く。時々、確認して指示を出すから大丈夫。川の流れや風が変わるか他の船がいたら教えるんだぞぉ、後、船着場が見えたら起こしてくれるかなぁ」

 そう言い残しデッキに突っ伏した。

 アウラには、まだ遠くに右岸しか見えなかった。

「また寝るのですか? いつ起きてるんですか! チッチ! 特に学園では」

「寝てない時は起きてる」

 チッチは甲板に突っ伏したまま答えた。

「白」

「えっ! ……こら! チッチ覗きましたね! 覗き魔――!」

「雲」

「嘘つき! 雨が近いですから大分、灰色になってますよ? スカートの中、覗いたでしょ! 誤魔化さない」

「まだ大丈夫だ。少なくても今日辺りまでは持つと読んでる……それと覗いだんじゃない。見えたんだ偶然」

「うそばっかり! よく偶然が続きますね?」

「偶然が続くなんて時は、得てしてそんなもんだ」

 船の足は速く岸を離れてからまだ間が、ないというのに離岸した場所はもう見えなかった。

 上流と言っても川の流れは然程、早くはない。北の山脈から大分距離もある。

 その間、幾つかの源流が集まった川の流れは、そんなに早いとは思えない。

 グローリー号は、アウラの知っているどの船よりも速いと感じた。

 メインの二本のマストに張った帆が北の山脈から吹き下ろす追い風を一杯に孕んでいる。

 チッチは一体、今度はどんな魔術(ちえ)を使ったのだろう、とアウラは考えながら舵を取った。


 To Be Continued

最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>



次回の更新もお楽しみに!

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