〜 炎のレース 〜 第三部 第九話
☆第九話
◆西の街へ
上流に近い所を流れるベールング川の幅は、シュベルクの東を流れているシュベルクの川幅程広くはない。
シュベルクは、大陸の北に位置する場所にあるイリオン王国の更に北に位置している。
大河の広がる南方の国から運ばれてくる様々な物資。
言わば、陸路の街道が整備された陸も交通網なら、川は高速道路に匹敵する一度に大量の貨物を運べる貴重は交通網とも言える。
南方の国を流れる大河は、対岸が見えない程もある。
その川幅は幾つもの川の流れが北の山脈から集まり一つの大きな流れとなって海へと流れ込んでゆくのである。
シュベルク川は、比較的川幅も水深もあるのだがそれに比べ、ベールング川は水深も浅く大きな船は川を下れない。
チッチは眼前に置かれた物を見て何時もの微笑みを更に頬を大きく釣り上げて嬉しそうに眺めている。
待ち伏せをしていた男たち数人が、河原の上に丸太を水の流れる方向へと並べ木の実から絞り出した油を敷いた丸太に、たっぷり撒いている。
「すごいなぁ――! これ一晩で造ったのかぁ?」
チッチは、信じられないと言った顔? をして見入ってそれを見つめている。
「どうせ、筏でも組んで西に下るつもりでいたんだろ? 小僧」
「ああ、筏に帆を張って一気に西のジールに向かい、そのまま南下するつもりだったんだ。それに山羊を乗て」
チッチの引いていた荷車を見た男は、にやりと笑って言葉を続ける。
「俺たちは元船大工だ。丸太は切り出してあったんだがな。間に合わないと思って作業場に眠っていた船を引っ張っり出して来てやった。それに騎士の連中が持って来た図面と見た事もない、からくりを取り付けたが、一晩ではこれで限界だった」
「すげぇなぁ……、これってもう立派な船じゃないかぁ、ありがと! おっちゃん」
「小僧! あのからくりは何だ? 無数の車輪やそれを組み合わせたようなものは? 他にも見た事もないような物が沢山あったが?」
「あれは俺が考えたものだ。でも、俺はレースの事もあったから作る暇がなかったけど、学園の錬金技術科の生徒でエリシャと言う名の友達が代わりに作ってくれたものだ」
チッチは、得意げに胸を張って誇らしげに言った。
「あと、小僧の荷車に載っている物から大体想像はつくだが、いくら流れが緩やかと言っても素人が造る筏じゃ、南まではもたんだろさ。俺たちを捕まえた騎士たちが木を切り出してったんでな、聞いてみたら筏を造る材料だと言ったんで俺たちがもっとましな物を造ってやったのさ」
男は一度言葉を切るとチッチに尋ねた。
「小僧。操船は出来るのか?」
「旅してた頃に元船乗りの爺さんが教えてくれた。その後、爺さんの代わりに船で荷物を運んでいた事がある。今考えたらこき使われていたような気がして来たなぁ」
チッチは小首を傾げて頬を膨らませた。
「知っているかも知れんが、平底の船は喫水が浅い。水面に浮かべれば不安定だ。こいつは、ここいらの川を航行させる小型船、喫水が浅い平底に近いと言ってもそれなりにはあるがな」
「ああ、知ってる。そこでちょっと手を加えてほしいんだけど……、いいか?」
「まあ、保障は出来ないが外着けで済む事なら、やってやる」
チッチが男を手招きすると耳元で話した。
「なるほど、船底ではなく、両脇の船底の横角に長いキールを角度をつけて水中に伸ばして付けるのか! そいつで水面での安定性と水の抵抗を稼ぎ帆が受ける力を効率良く使って船足を増そうと言うのか? 面白い! 任せろやってやる。陽はもう直ぐ昇る。それには間に合わんが出来る限り早く付けてやる! いや、間に合わせる」
「帆の艤装もしたいし、そうして貰えるとうれしい。少しのロスなら十分取り戻せる。風もいい具合に吹き出したからなぁ」
船に夢中になっているのを森と川原の境目辺りで膝を組んで見ていたアウラの頬は膨らみ、眼を三角に尖らせている事にチッチが気付いたのはその直後だった。
川原と森から迫り出した境目に出来ている低い段差にチッチが腰を下ろし、そのまま草むらに上半身を倒し寝そべった。
「出来るまで仮眠をとっておこう。アウラ」
「楽しそうですね? チッチ」
膨れた頬が空気を吐き出しそう言うと眠りに就こうとしているチッチを見て細くした眼の上をなぞっている細く形の良い眉を吊り上げて頬を更に膨らませた。
「はぁ――」
アウラは自分のしている顔に気付き、かわいらしい溜息を吐いた。
少し前にも思ったはずなのに……。
レースに集中しようと、そしてプラムとシュベルクの為にも優勝しようと気を引き締めたばかりなのに、チッチに相手をして貰えず放って置かれると、どうも苛々してしまう。
心の奥底の何処かでは、チッチの事を恨んでさえいる自分もいる事に気付いている。
それはチッチも同じで時折、そのような事を口にする。
二人が仇同士であると言う明確な証拠は今の所ないので『かも』知れないと思う気持ちとチッチの言うように、二人にとって良くも悪くも、それは切っても切れない二人の絆。
小さな恋心がそれを否定し何時も押し殺している事にアウラはもう気付いている。
――出来る事なら……普通でいいから……もっと……。
「はぁ――」
アウラが、もう一度溜息を吐いた時チッチの声が聞こえた。
「夢」
チッチが返した言葉にアウラは、はっとし我に返る。
――二人の成し遂げたい想いとは違う、チッチだけの純粋な夢。
『大きな船を手に入れて世界中を周りたい』
アウラは自分の夢を考えて顔を赤らめた。
幼い頃、ランディーに助けられ騎士に憧れチッチと出会うまでランディーに対する憧れを恋だと思っていた。
何時か綺麗になってランディー様のお嫁さんになりたいと言う、かわいらしい夢……。
――でも、今は……。
「おやすみ……チッチ」
アウラは小声でそう言うとチッチの隣に寝転び、寝息を立て始めたチッチに身を寄せ瞳を閉じた。
地鳴りのような声に二人は夢の世界から引き戻された。
「でかメロン! あれ?」
「小僧。完成だ! 頼ませた頼まれていた物を付けておいたが、溝を付けて嵌め込んで数か所で組み合わせた所を楔を打って固定してあるが、突貫ものだ。小僧が望むだけの働きをしてくれるかは分からん」
元船大工をしていたと言う男が天に響く程の声で言った。
「うむぅ? ありがと……おっちゃん」
左眼を擦りながら、寝ぼけ声を出すとチッチは上体を起こした。
「舵に改良を加えておいた。舵は無風の時には櫓になるよう振り幅を大きく取っておいたが、その分操作も微妙で困難になる。舵の予備と竿も用意しておいた」
「櫓にもなるようにしてくれたのかぁ? それは有難い。上流は川幅が狭い、この船の帆の艤装は微風に弱いから助かる。感謝を表す言葉がこれしか今は見つからない、ありがとう、おっちゃん」
「それと準備の良い騎士たちと操船を楽に出来るように、からくりを作ってくれた友達にもな。騎士たちが一揃いの道具も持っていたから造れたようなもんだ。本当は中立の立場にある警備の騎士が個人に加担するのは不味いんだろ? それを今日、明日は非番だからと言って多くの騎士たちも手伝ってくれたんだ。必ず勝って! がんばって行ってい!」
「おっちゃん……」
寝ぼけたチッチの背中を男の大きな手の平が叩き気合いの入った音が陽が地表から離れたばかりの空と森の中へと木霊した。
船は既に岸と川の流れの狭間で不安定に揺れていた。
船の大きさと言うとベールングで漁業を営む平均的な漁船の約二・六倍以上あり、河口から荷物を載せて運ぶ小型の商用船よりは小さい。
ベーリング川を航行する船は小型の商用船と漁船のみで喫水の深い大型船や中型船は、これから向かう街の下流にある今回のレースの最南端リスブルの街までしか川を上れないので行き交う時に難儀する事もないと思われる。
大方の小型船は二十フィール(約七メール)以上で上流まで上る船舶は平均二十五フィール(約七・五メール)の物が多く、マストはメインが一本と船尾側に三角帆を張るマストが装備されている。
この辺りの小舟、漁船の大きさは約全長七フィール(約二メール)前後、一番広い部分の幅は二フィール(約六十セール)前後の物が主流でチッチの船の大きさは平船底の船に近く、全長約二十フィール程で先端部の幅は六・三フィール(約二メール)、一番幅の広い部分は約十五フィール(約四・五メール)程で、先端に向かう程、急な弧を描き細めて中央を広げた肥満型の造りになっていた。
中央とその船尾側には普通の小型船より見るからに短めのマストが二本立と後部にマスト一本が立てられたマストに、アウラと繕った継ぎ接ぎの帆が付けられていた。
山羊二十頭を載せるには最低限の大きさに抑えた造りで甲板を半分程、掘り下げた所が山羊の乗る場所となっていてスローブと柵が設けられていた。
船の舷側にタラップを掛けると山羊たちをアウラと共に巧みに誘導し船の中程に造られた柵の中に入れ柵を閉じた。
「親方、言っちゃなんですが……あれを一人で操船するのは無理ですぜぇ。竿舟なら一流の船乗りだったら荷物を載せて川も上れるでしょうが、身体の小さな小僧には無理です。メインと他の二本マストの帆を調整しながら舵をどうやって操舵するんです?」
「小僧は、筏でそれを造りやるつもりだったんだろうがな。あの船の設計図を騎士の隊長に渡された時、帆の形に驚いた。からくりとその帆の艤装にもそれを出来るように工夫されていた。マストは小僧が舵は娘が取るんだろうさ。小僧一人でも出来るかも知れんがな」
男がそう言って完成した船の方を見た。
「縦帆船なんて初めて見ましたぜぃ」
「そりゃそうだろ。初めてそれを造ったんだからな……俺たちが」
元船大工たちがチッチを見ると腰のナイフで何かを船首に掘っているのが見えた。
「小僧。その船の名は?」
親方がチッチに尋ねた。
「栄光」
「いい名だ」
「素敵な名ですね!」
アウラも親方の言葉に便乗する。
「……本当はアウラ一号」
チッチが小声で呟いた。
「チッチ! それはやめてください……」
「プラム二号は?」
「それもだめぇです」
「刻んだ文字は栄光だ! おっちゃん!」
チッチが舫いを解き手に持っていた竿に身体全身の力を乗せて船を岸辺から押し出した。
「西の街へ」
チッチは早々と川の流れに船を乗せた。
二人と山羊を乗せた船は栄光に向かい進路を川下へと向けた。
To Be Continued
最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
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