〜 鐘が鳴る 〜 第一部 第二話
☆第二話
◆イリオン王立人材養成学園
イリオン王立人材養成学園。
――名目上は。
イリオン王立人材養成学園は、緩やかな斜面を登り王都の街並みを全貌出来る場所に在り、遠くの山から切り出した重厚な石を積み上げて造られた塔が幾つも建ち並んでいる。
神学や一般学科を主に学ぶ校舎が学園の中央部に設けられ、一際大きい塔で全養成科の生徒たちが集まる学び舎である。
中央塔には、学院長室、図書館、教会、学生の食堂を兼ねる大広間、授業間の休みをくつろぐ茶室等が設けられ、生徒達は自分が受けたいと思う講義を待つ間、のんびりとお茶を楽しむ。
焼き菓子やフルーツの盛り合わせ、甘いケーキなどのスウィーツ類も用意されており、講義に出ずに日永一日をそこで過ごす輩も存在する訳である。
無論、出席日数や単位も存在する訳だが、この学院の生徒たちの一割程度は王国全土から集められた特異な能力や優れた頭脳を持つ生徒が、その輩たちの殆どを締めていた。
その他大半の生徒は由緒ある貴族から地方に領土を持つ田舎貴族、代々優秀な騎士を輩出している武家の御子息たちや商売に長け領地と爵位を金で買った成り上がり貴族、大商人の跡取りなどが四割程で残る五割程が一般から王国の為にと学問を学び、王国の技術発展の為に入学してきた者や王国を守る軍に志願し、この学園で英才教育を受ける者など様々であった。
一部を除いて、一般科と特殊な各科の生徒たちの自主性に任せ、自由に好きな事を学べる学園である。
学園の模様というと中央塔を中心に、専門科目の実習場を持つ塔が建てられており、大まかな区分として北に牧畜士養成塔、西に兵士養成塔、東に技術者養成塔、南に商工人材養成塔が建てられていた。
それぞれ塔の近隣には、寮は勿論生徒が寝食や生活を送る為の環境が設けられていてそこには洋服店、飲食店をはじめ様々な店が並んでおり、ちょっとした街のようでもある。
アウラと山羊飼いの少年が学園で再会してから一ヶ月程が流れ、何時ものように一般教養の授業が始まっていた。
授業も半ばに差し掛かった頃――。
「も、ももも、桃がぁっ! 二つ……、あれ?」
机に突っ伏していた眉目秀麗な顔立ちと白銀の髪にブルーマールが美しいく映える少年が目を覚ました。
左眼は痛々しく包帯に覆われていてその奥の様子を窺がい知る事は出来ないが、露わになっている右眼の青い宝石のような碧眼を宙に彷徨わせている。
「チッチ、今日はどんな夢を見てたんだい?」
前列に座っている金髪短髪に茶色の瞳をした少年が振り返り、にやけた笑みを向けた。
「チッチの事だから、何時もの夢だろ」
何処からか声が上がり笑い声と話し声の交じるざわめきが起こった。
中には、顔を顰め寒い視線を向ける者もいた。
――その殆どは……女子生徒。
チッチが入学して来た時に起こったあの一件は、一瞬女生徒を魅了しとろけさせた。
しかし、その直後に発せられたチッチの宣言に悪い夢でも見ていたかのように我に帰った女子生徒たちに冷ややかな視線を浴びるようになったのである……一部の人間を除いて。
「ロッカ? チッチの夢って何よ」
短髪の少年に艶やかな栗毛に琥珀色の瞳が美しい少女が尋ねた。
「そんなの決まっている。漢のロマンさ! なぁ、チッチ」
ロッカが、にやけた笑みを浮かべ答えた。
「あん?」
チッチは、寝ぼけた声を発し袖口で垂れた涎を拭った。
「男の夢ってなにさぁ? 教えてよぉ」
「ハーレム」
ロッカがにんまり顔で答えた。
「はーれむ? なんだか楽しそうだよねぇ?」
「違うわよ。エリシャ。大きな船を手に入れて世界を周るんだって」
チッチの代わりにロザリアが答えた。
「そうなの? ロザリア」
「そうよ。ちょっとロッカ! チッチをあんたと一緒にしないでよね」
ロザリアがロッカを睨みつけた。
ぽかんと口を開けてエリシャがロザリアを見ている。
「何でだよ! エリシャはチッチが入学してきた日の事知らないのか?」
「知らなぁいよぉ。その日私は研究所に籠ってたもん」
「あっそ。でも何んでロザリアとエリシャは何時も俺とチッチでこんなにも扱いが違うんだ」
「何でって……そんなの決まってるよぉ! チッチに興味があるからだよぉ? 男前だし包帯ぐるぐるだけどぉ……面白いからだよぉ? あはぁ」
「チッチみたいな美男子は、そんな夢みないのよ」
「だから見た目で人を判断するな! チッチの容姿は確かに男の俺が見ても良いし普通に友達やってても良い奴に違いないんだけど……、チッチてさぁ何時も寝てるし、だらだらだし話してても何考えているのか分からないというか、掴めない所があるんだよなぁ――。容姿以外女の子からもてる要素が見つからん」
「そこがまた良いんじゃない! 見た目は言う事無いし何て言うか……チッチ見てると放っておけないのよねぇ――、母性本能てやつ?」
「母性本能ねぇ――。エリシャも容姿で選ぶなら騎士養成科の連中にしといたら?」
「騎士養成科の奴らみたいに変に格好着けないしさぁ。そういやあんた騎士養成科だったけ?」
「そうだよぉ! 騎士科の人たちって、何時もツンケンして怖いだよぉ」
「まぁ確かにそうだけど……そうか! エリシャ。チッチの事が好きなんだ」
「ちょ、ちょっといいなぁとは思うけど……だって! 興味あるんだもん」
ロッカの言葉にエリシャが顔を赤らめ、誤魔化すように机に突っ伏しているチッチの方に振り向いた。
「ねぇ! チッチって好きな子とかいるのかなぁ?」
「う――ん。それは内緒だ」
「うっんん。静かに」
黒板を背に、こちらを向いている教卓の人物がチッチの声を掻き消した。
ざわめいていた声が、煮えた湯に冷たい水を差したように静まり返る。
「そこ! 寝ている分には構わんが静かにするように。では、授業に戻るぞ」
教師が教科書を捲る音が小さく響いた。
「後で教えてね?」
エリシャが小声で言い前を向いた。
授業が再開され、何時もの授業風景が流れ教師は、こんこんと黒板に文字を書き込む音が立っている。
時折、教師が教科書を読み上げる声に交ざり教室の外から、ころころ小気味良い軽い乾いた音色が響いた。
小気味良い軽い乾いた音色が近付いて来ている。
教室に入る扉の前まで来た時、厚みのある大きな両開きの扉が軋む音を立てて開き、少女がやや横に長い長方形の教室に飛び込んで来た。
身に羽織ったローブの乱れた合わせの間から赤茶色の上着に白いブラウスとインナーに水色サマーセーターのブイネックの首筋には黄色いリボンがあしらわれている。
赤茶色を基調に明るい赤とのチェックのプリッツスカートの丈は膝上程にある学園の制服を着ている。
「はぁ、はぁ、はぁ、す、すいません、遅れました」
余程急いで走って来たのかやわらかい桃色の髪は湿り気を帯びていた。
八面玲瓏な顔立ちに大きな紫水晶を思わせる瞳が瑞々しく輝き、ころころ良く動く、整った細い眉の間から瞳を抜け通った鼻筋から形の良い鼻へ伸び、その下にある薄桃色の小さめ唇から荒い息を出入りさせている。
「はぁ、はぁ、はぁ、あの! 遅れてすいません。家の事情で使いの者が迎えに来ていて帰郷していたもので……あの……今からでも授業参加してもいいですか?」
薄桃色の唇から息を切らし飛び込んで来るなり、小さな白い手に杖を握ったまま両手のこぶしを膝の前に揃え腰を折り深々と頭を下げた。
アウラが頭を勢い良く下げた際、ローブの肩口から下がっていたフードがずり落ち頭をすっぽり覆った。
「構わんから空いている席に着きなさい」
アウラは、フードを深々と被った状態は足首まで覆い隠れたローブを身に纏い身の丈より頭一つ分程は長いと思われる節くれた杖を両手で握った小ぶりな人物の姿は一見、挿絵で見る魔術師のように見える。
ややあって、アウラはフードを上げながらやわらかい声を出し顔を上げた。
「は、はい。すみません」
「そこ空いてるから座りなさい」
教師が窓際の一番後ろの二人一組になっている机を指差した。
「あっ、はい」
アウラは、今朝方、シュベルクの屋敷から使いの者に送られ学園に帰って来た。
その使いの者と道中に話していた事が気になる余り不安からか、がちがちに身体を強張らせながら指差された空席まで来たると、そこには白銀の髪にブルーマールが美しいく映える少年が気持ち良さそうに寝息を立てている。
何時もやわらかい微笑みを向けてくれる山羊飼いの少年の姿がそこにあった。
アウラは、ローブを脱ぎ椅子を少し引き背もたれに掛け持っていた杖を机に立て掛け起こさぬように静かに椅子を引いて席に着いた。
「むふふぅ……、俺のピチパイ! ピーチパイ……桃? て、あっ! アウラだ」
「ごめん、起こしちゃっいましたか? あれ、やだ……、涙が出て……覗き魔さん――」
少年の顔を見て少し安堵したのか、少女の眼に熱いものが溢れ出した。
「なに泣いてんだぁ?」
「……」
アウラは、ここが教室で人目がある事も忘れチッチに縋り付いて泣き出した。
「なんだ? 何かあったのかぁ?」
「実は……うんん……なんでもない」
アウラは、そう言い首を横に振った。
チッチは、アウラの様子と涙に何が起こっているのか理解出来ず、首を捻った。
To Be Continued
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
次回をお楽しみに