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〜 炎のレース 〜 第三部 第八話

 ☆第八話


 ◆夢の破片(かけら)


 チッチが川沿いにある木々の生えた場所に来ると足を止め辺りを見渡した。

「あれ? 予定じゃこの辺に丸太の山が出来てるはずなんだけどなぁ」

 首を捻って、きょろきょろ辺りの様子を窺っていたが、その内に表情を引き締めると神経を研ぎ澄まし辺りの気配を探り始めた。

 ややあって、チッチの表情が何時もの笑みに戻った。

「なんだ。あっちか! ちょっと到着が過ぎたのかなぁ? それともランディーの手廻しがいいのかぁ?」

 独り言の様に呟き、チッチは河原の方へと歩き出した。

「チッチ! 待ってくだざい。私も一緒に行きます」

 アウラはチッチの背中を追い掛けた。


 陽は、まだ顔を出しておらず辺りは、まだ薄暗い。

 闇を物ともせず歩くチッチにしてみれば何と言う事のない暗さかも知れない。


 ――しかし。


 アウラには、まだ夜と然程変わらない暗さだった。

「きゃっ!」

 チッチの背中に追いつき腕を掴もうとした時、河原の不安定な足元に転がっている石に蹴躓き、アウラは前のめりに倒れる格好になった、腕を掴もうとした小さな手がチッチの腕を掴み損じる。

 アウラの手の平が、無情にも闇夜の空間を掴みチッチの腕をかすめアウラの手が追い越して行く。

「えっ……?」

 アウラが石の転がる河原に倒れる事を覚悟した時、チッチの身体が倒れ掛けていたアウラの前に滑り込んで身体を支えてくれていた。


 ――丁度、正面から抱き合う恋人のように。


「あ……ありがとう……」

 続け様にドジっ子ぶりを見せてしまった恥ずかしさと顔を上げた位置にある、チッチとの目線が交わる心地よい恥ずかしさの両方で頬を赤らめ俯いた。

 まだ辺りは暗くアウラの頬が赤く染まっていた事にチッチの眼を持ってしても気付かなかったようだった。

 一瞬の出来事の後、まだ短い時が流れただけ、しかし、アウラはチッチに抱きしめられている時間が、もう半日くらい過ぎたように思える程長く感じていた。

 闇の向こうをに揺らぐ心許無い明りに気付いたチッチが、アウラから支えていた腕を離した。

「あっ!」

 不意にチッチの腕が離れると思わず声を上げてしまった。

 アウラの声に気付いたチッチが尋ねる。

「大丈夫かぁ? どこか打ったかぁ」

「う、うん……大丈夫」

 小さく頷くとチッチの手の平が、細い触れば溶けてしまいそうなアウラの桃色の髪を撫でた。


 チッチがアウラの手を取り河原を下り始めて暫く歩くと闇の中から、聞き慣れた声が聞こえてくる。

「随分遅かったじゃないか? 山羊飼い」

「もっと早く来れたらここで天幕を張っていた。これでもぼろの荷車を直してから、うるさい祭囃子(まつりばやし)の中で仮眠をとって急いで来たんだぞぉ」

「それだけか? 本当はアウラに山越えをさせる無茶をしたから彼女の回復と体力に合わせてゆっくりしてたんだろうがね」

 ランディーがそう言うとアウラの頭をやさしく撫で、にっこり微笑んだ。

「ラ、ランディー様……」

「そうじゃない。アウラは何時も訓練を怠らなかったから体力に問題はない。ただ……ペグの街でいろいろとあって準備が遅れた。俺のミスだ」

「いろいろ?」

「ああ、いろいろだ。アスカに会って話をしたし……それにアウラが――」


 からん♪


「チッチ!」

「痛いなぁ――、話は最後まで聞くもんだ。初めてアウラに出会った時も言ったような? 言わなかったような?」

「チッチ! あの事は絶対に言っちゃ駄目だからね!」

 口に手を添えチッチの耳元で小さく呟いた。

「あの事? ……ってなんだ?」

 チッチが首を傾げた。

「わ、わわ忘れたなら、それでいいです……」

 アウラは、ほっと胸を撫で下ろした。忘れてくれているならそれでいい。二人の思い出にはしたくない事だから……が、自分は忘れないだろうけど……と思った時。

 パンと拳を手の平で打つ湿り気を含む乾いた音が辺りに響いた。

「あっ! 思い出した! アウラが――」

 ゴキッとチッチのこめかみから鈍い音を発て地面に膝から崩れ落ちた。

「チッチ――! 私、粗相なんてしてないからね! 覗き魔、変態、エッチ! ばかぁ――!」

 フルコースの呼び名を口走りながら、顔を真っ赤にし地面に横たわるチッチを何度も何度も踏みつけた。

「粗相? 山越えの時、山羊の背にでも乗って酔ったのかね」

 ランディーが頬笑みを向け言葉を続けた。

「それは災難だったね。アウラ」

「は、はい……ランディー様……」

 アウラは俯いたまま恥ずかしそうにそう答えた。


 気を失い、顔の腫れ上がったチッチをアサーとマイルが脇の下から持ち上げ、悪戯をして近所のおっさんに捕まった悪ガキのような恰好で吊られながら、チッチが予定していた物が置かれている場所まで移動した。

 チッチは暫くしてから息を吹き返しペグの街で仕入れた厚手の丈夫な布と裁縫道具で縫物をしながら小声で何やら、ぶちぶちと呪詛を唱える魔術師のように呟いている。

「最後まで人の話を聞かないから……、アウラは」

「ごめ――ん、チッチ。その事は、何度も謝ったじゃないですかぁ」

「俺はアウラに山越えさせる無茶をさせたから、いくら訓練をしていて普通の女の子より体力があるアウラでも無理をさせないように長めの仮眠をとってたと言おうとしたんだぞぉ!」

 チッチは、晴れ上がった顔でアウラを睨んだが、何時もは弓のように反れる左眼の碧眼は腫れ、薄く僅かに開いているだけで、隙間から漏れ出すその眼光から睨んでるとアウラは判断した。

「で、でも、その後言おうとしたでしょ? 誰にも言わないって言ったじゃないですかぁ!」

「俺は何も言ってないだろ? 忘れてたのに、アウラが思い出させるから」

「私のせいにするのですか!」

「だって……、自滅したのはアウラだぞぉ?」

「……そんな事ないもん……、私が自滅しなくてもチッチが言おうとしてました!」

 口喧嘩をしながら布を縫っている二人から少し離れた場所で布を手早く繕っていた人物が言い争う二人に声を掛けた。

「夫婦喧嘩は犬も食わないって言うが、若い二人の喧嘩は女神と恋敵が喜ぶだけですぅぜ」


 二人は声を掛けた人物の方に振り向くと野太い声から身体も大きい騎士かと思ったが違った。

 その男は二人が山越えをする前に襲ってきた男たちの集団にいた人物だった。

 ランディーたちが来て直ぐに得物を放った数人の内の一人がそこにいた。

 その男が声を掛けるとチッチたちの見えない場所から大きな音を発てて作業していた残りの男たちが集まってくる。

 その男たちも早々と得物を捨てた人物たちだった。

「そっちはどうだ」

 二人に声を掛けた男が集まって来た男たちに尋ねた。

「まぁまぁ、でさぁ。騎士さんたちが持ってきた、へんてこな、からくり付けてたから、あれが精一杯てとこでしょう。後はそいつを張るだけでさぁ」

 男がそう言って衣服に着いている木端を払った。

「向こうで何してるんだ? 俺はこれを縫い上げたら――」

「その作業は俺たちが済ませておいた。つっても突貫工事だからあれで精一杯だがな」

「だから……? もしかして作っておいてくれたのかぁ?」

 チッチが腫れ上がった唇から出した籠った声で尋ねた。

「ああ、騎士さんたちに話を聞いてな。何でも小僧が隊長さんに俺たちは、山賊じゃないと耳打ちしてくれたうえに、得物を捨てた俺たちを罪に問わないようにと言ってくれたらしいじゃないか。まぁ、その礼さ!」

「早く見たい!」

 チッチは、おもちゃを拵えて貰った幼い子供のように、はしゃぐと音のしていた作業場へ駆け出そうとしたが、男の丸太のように太い腕に首の裾を掴まれた。

「まだ、最後の仕上げが残ってる。素人にうろちょろされると邪魔だ。ここでこれを仕上げておいてれ」

 木端を払った男がそう言い残し作業場へと戻っていった。

「出来上がってからのお楽しみだ! しかし、あんな物を一人で、しかもたった一晩で作ろうとしたのか? 小僧」

 男は呆れた顔をして肩を竦めた。

「そうだ!」

 チッチは、満面の笑みを浮かべ短く答えた。

「はぁ――、あきれるねぇ。まぁ、俺たちは職人だ! お前さんの想像以上の物を期待しろ! 立派な山羊用の柵も付けておいてやったぞ」

 男が豪快に笑うと布を繕い始めた。

「アウラ楽しみだなぁ――、それにしてもアウラ繕い物上手だなぁ」

「そ、そう。ありがと……小さい時からやってたから……い、いいお嫁さんになれるかな?」

 顔を赤らめアウラは恥ずかしそうに俯くと腿の辺りで人差し指をもじもじしながら小さな声で言った。

 一方、チッチは男の話を聞いて早く見たい気持ちで嬉しくて仕方がないようで、アウラの問いが聞こえていたのか振り向いて言った。

「アウラ――! 手洗い場が付てるといいなぁ」

 チッチが、恐らく微笑んでいるだろう、腫れ上がった顔をアウラに向けた。

「もう! ばかぁ――!」


 からん♪ からん♪ からん♪


 闇夜に地平線から白い光の膜が天に向い広がって行く。

 もう暫くすると陽は地平線から顔を出しこれから更に苛酷さを増すだろうレース二日目の幕が上がる。


 To Be Continued

最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>



次回の更新もお楽しみに!

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