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〜 炎のレース 〜 第三部 第五話

 ☆第五話


 ◆乙女危機一髪!


 通過証明の手続きを終えたチッチは、アウラの下に向かい帰る途中の壁際にもたれ掛っている黒尽くめの人物と落ち合い話を聞く事になっていた。

 初夏という事もあり夕方に差し掛かる頃だというのに陽は、まだ高い所にある。

 アスカの話を聞きながら、アウラの下に帰り縄を解いてサインスの街を直ぐに出発すれば、深夜になる前にペグの街に到着出来る算段だ。

 サインスの街からペグの街まで歩いても半日も掛からない距離。

「東に羊を追って行った連中は一日目の日が落ちる始める前えに早い者は数か所を周り、通過証明を手にしたようだったが、街に出入りする為の入出許可を貰うのに何処の街も混雑していた。三か所の街に分散しているとは言え、その何十倍もの羊を始めとする家畜たちでごった返していたぞ。案外放牧レースに出場する者が多いのだなと驚いた」

「まぁ、賞金の額が大きいから出場者も多くなる。その後も優勝者は優遇されるからなぁ」

「妨害工作も次の街に向かう街道上や街中以外の所で起こるだろう。人目に着く所では群れを乱したり、故意に他人の群れを誘導して混ぜたりと、かわいいもんさ」

「東方面からの分散状況はどうだったかなぁ?」

「そうだな。シュベルク経由の西行と南に動く者が目立っていたかな? おい! グリンベルの悪魔! 北に向かうには、お前のように無謀な賭けに出て山越えをするか時間を掛けて迂回するかのどちらかだが、どうして混雑を避け北に向かう者が少ないんだ?」

 アスカが顎に手を当てると首を捻った。

「雨だ」

 チッチが短く答えた

「それがなんだ。その雨が大きく影響するのか?」

「晴れなら別に時間のロスだけで済むが、雨に山間部で降られれば、街道やその近辺の地面のように踏み固められてないからなぁ、下手をすると足止めを食らう。羊飼いや山羊飼いは天候を読んで遠い昔、放牧の旅を続けたからレース中盤頃に雨が来ると読んでるんだろ」

「お前は、読めなかったのか」

「馬鹿言うなぁ! 読んだから一番に北に来たんだ。十か所、全部の街を周り切る為にどうしても最初に北に来なければならなかったんだ。雨が降って山越えが出来なくなる前に」

「しかし、この先はどうする今度は西か東に向わなければならないんだろ? 山を大きく迂回すれば時間を失い結局、同じ事じゃないか」

 アスカの問いにチッチが唇の両端を吊り上げ微笑んだ。

「秘策を用意してある」

「何をするつもりだ! お前は……、そういや東で柵が付けられた六頭立ての大型荷馬車数台に家畜を積んでいた奴もいたが、お前もそうするのか?」

「俺はそんな馬車持ってない。見れば分かるだろ? まぁ、妨害容認の言ってみれば何でもありのレースだから、見つかった時は減点されるかも知れないけど覚悟の上だろ。基本のルールはシンプルだ『どれだけ失わず多く早く周れるか』多く街を周れれば原点数より加点の方がはるかに得だからなぁ、それにのんびりしていて妨害に遭うよりリスクが少ないから色々と知恵を絞るんだ」

「なら、お前は角笛で聖獣やら魔獣やら呼ぶ気か? 呑気なお前が、特に何か知恵を絞っているようには見えないな」

「知恵は絞っているさ。角笛何か使って何だかんだと呼んだりしたら大騒ぎになる。奴らが予定より早く動き出すかも知れない。それは困る……それに、ここの所、たて続けに使ったから暫くは使えない。強い者を呼ぶには俺もそれなりの代償を払う事になるからなぁ、身体が持たない。それで奴らとやり合う羽目になった時のこっちの戦力は整うのかぁ?」

「ああ、ランディーの奴が手筈しているはずだ。そう言えば街に来る途中、山賊なんぞ捕まえ木を切り出していたぞ! そんな暇もなかろうに」

「アスカ! 西周りで来たのか?」

「そうだ! ランディーに報告がてら来る羽目になった。まったく! うろちょろ良く動く奴だ」

 二人が会話をしながら歩く視界の先に、もじもじ身体を動かしたり小刻みに上下させたりと落ち着かない様子のアウラが映った。

「アスカぁ、情報ありがとなぁ」

「私は旅すがら見た与太話をしただけさ。騎士が参加者に加担してはいけないんだろ?」

「さっきの礼は仕事の情報分の礼。与太話ありがとうなぁ、アスカぁ――、それと後の事よろしく」

 チッチはアスカに微笑み掛けた。

「まったく、へらへらと……、それはいいとしてお前の連れの娘……様子が可笑しいぞ? 熱病にでも掛ってないか? 震えが酷いようだぞ」

 ローブをしっかり纏いアウラが確かに震えているのが分かった。

「こら! チッチ……早く縄を解いてぇ――」

 チッチを見付けたアウラが泣きそうな声を苦しそうに張り上げ紫水晶の瞳を潤ませていた。


 アスカとはその場で解散しチッチはアウラの下に向かった。

「チッチ――! 早――くぅ……もう限界ですぅ」

 アウラは落ち着きなく足踏みをしながら紫水晶の瞳が潤ませ訴えた。

「あはぁはぁ、そういや昼飯から何も食ってないからなぁ……? そんなに腹が減ってるのかぁ、アウラは食いしん坊だなぁ」

「ちっ……がうぅ――! 早く縄解いてぇ――、でないと間に合わないかもぉ……」

「うむ? そうだよなぁ……アウラは食が細いもんなぁ? しっかり飯食わないから、だから病にでも掛ったんだなぁ、震えてるけど熱でも出てるのかぁ?」

 冗談で言ったつもりだったが、よく見るとアウラの顔色は青ざめているようにも見える。

 やや、前屈みの姿勢で下腹部の辺りを落ち着きなく小さな手が動き時折、強く握りしめている。

 内股をしっかりと強く締め、もじもじ小刻みに腿を擦り合わせている。

 何処か具合でも悪いのかと勘違いしたチッチの手が、アウラの額に触れた。

 異常なまでにじっとりとした汗の感触がチッチの手の平に纏わりついている事を感じた。

「熱は無いけど……・ すごい汗だぁ、ペグ行きは明日の朝に変更して医者に診て貰おう。場合によってはレースも棄権するしかないなぁ、アウラごめんなぁ……山越えをしてアウラに無理をさせ過ぎた」

 チッチがアウラを縛っていた縄に手を掛け解き始めた。

「大丈夫……じゃないけど……大丈夫ですよ。病気じゃないから医者には行かなくてもいいですよ……その代わり、出発ちょっとだけ待っててね。用が済んだら予定通りペグに向かいましょう」

「用って?」

「大した事ないの……あるけど……直ぐ済む小用だから気にしないで……それより早く縄……解いてくれますか? もう限界です」

「ごめんアウラ痛かったろ? 縄の触れる部分には厚めにしっかり当て布をしたけど思ったより斜面がきつかったし地盤も脆かったから山羊が少々あばれたからなぁ。擦り傷してないといいけど……」

 まったりとした呑気な何時もの口調でチッチは答えている。

「だ、大丈夫だから……縄、はぁ、早くぅぅぅ」

 アウラはそう言いつつも焦りは増していく。


 ――このままでは危ない! 乙女の最大の危機が迫って来ている。


 もじもじ動くアウラにチッチが尖った言葉で言った。

「そんなに動くと解けない。じっとして」

「だぁ、だって……分かったから早く! お願い! 急いで」

 既に我慢の限界が迫っている。これまで動いてみたり他の事を考えたり、魔術書で覚えた事を反芻して気を気を紛らわしていた。

 もう直ぐ危機を乗り切れる、そう思いアウラは大人しくチッチに従った。

 山羊の身体から自分の身体を離した時のように魔法も如く縄が、するりと解けるだろう……と思っていた矢先、チッチの口から疑念を含んだ言葉が飛んで来た。

「……アウラ? 縄の結び目弄った?」

「……うん、早く解きたかったから……どうしたかしたの?」

 時折、息を喉に詰まらせながらアウラは苦しそうに尋ねた。

「結び目の解き目が固くなってるし解き目が分からなくなった……ロープを掛けている時は緩み辛く、解く時は、解き目を引っ張るだけで簡単に解ける結び方にしといたのに」

 アウラの顔色が一気に青ざめる。

「えっ! そんなぁ……、チッチ――、どうしよう……もう限界だよぉぉぉ……」

「うん? 何が限界? 腹減ったのか? それとも何処か痛いのか?」

「……もう……れそう」

 恥ずかしそうな表情でアウラは小声で呟いた。

「生まれそう? 俺何もしてないぞ? レースに勝ったらの約束だから、それまでは我慢する。約束は守る」

「違うぅぅぅ!」

 チッチは小首を傾げてぼんやり考え尋ねた。

「だから、なにが?」

「ばかぁ! 気づきなさいよぉ――、勘が良いくせにこんな時は鈍感んだから――、御手洗いに行きたいのっ――、おしっこ漏れちゃうぅぅ――早く何とか解いてぇ!」

 アウラは涙眼でチッチを見つめた。

「ばかだなぁ、それなら通過書の手続きしにいってる間に行っとけばいいのに……あっ!」

 チッチがアウラの服装を見て気付いた。

 アウラになるべく怪我をさせないように丈夫な生地の服装をさせていた。

 アウラは高原や広野を散歩代りに放牧をする時、何時も丈夫な生地のシャツに長めのスカートを好んで着ているが、今日は厚手のズボンを履かせた。直に肌が雑木や岩肌に触れても擦り傷をしないように気を利かせた事が仇となっていた。

 滑落防止の為に太いロープを括れる為に腰の辺りと足の付け根にはしっかりと縄を巻いて両方の縄の間に縦に繋いである。

 流石に股には縄を通してないが、この状態では履物のズボンはずらす事すら事はできない。

「チッチ――! もうだめぇ……漏れちゃうぅぅぅ――!」

 悲痛なアウラの訴えにチッチは素早く腰のナイフを抜き出し縄を切った。

「アウラ!頑張れ――、こんな所で産んじゃだめだ!」

 アウラは身体の自由が戻ると、既に探してあった公衆手洗い場へよろよろとした足取りで歩いては駆け出しながら向っていった。

「アウラ――! がんばれ!」


 チッチの呑気な応援を聞きながら、割に整備された綺麗な公衆手洗い場にアウラは駆け込むと入口で人の背中と出くわした。

 この辺りの街はどこもかしこも収穫祭で人出が多い。

 サインスの街も例外ではなかった。

 そんな事を考えている暇はない。手洗い場の前には五人程の列が出来ていた。運が良いのか悪いのか人出の割には少ない人数だ。

 

 ――耐えるしかない! もう少しの我慢。


 アウラは自分にそう言い聞かせ耐え抜いた。


 ――後一人。


 一人前には黒尽くめの人物が背を向け自分の順番が回って来るのを待っていた。

 何処かで見た覚えがある衣装。

 チッチと話していた黒尽くめの如何にも怪しい人物だ。

 緊張と緊迫の中、更にアウラに違う緊張が走った。

 チッチと親しいのかどうかは分からない。

 会話をしていたが、ただいるだけでピリッとした空気が流れる歴戦の戦士が持つそれに似た威圧感を感じる。

 着ている着衣も見るからに怪しい得たい知れない人物である。

 チッチは無事に帰って来たのだから、敵や自分たちに害する者ではないのだろうと判断した時、強烈な刺激がアウラの下腹部を襲った。

 手洗い所の先客が用を済ませ、黒尽くめの人物の順番が来ていた。

「お前! チッチの連れの娘……もしかして震えていたのはずっと我慢していたのか? 私がチッチを連れ出してから……」

 苦しそうなアウラを見た黒尽くめの人物が喉の潰れたしゃがれ声で尋ねて来た。

 声は潰れて男のようだったが、出ている部分がしっかりと膨らんでいるしここは女性用の手洗い場だ。

 アウラは「女の人だったんだ」と脳裏を走ったが何も言わず小さく頷いた。

「お先にどうぞ」

 僅かに笑みを浮かべ、黒尽くめの人物が先を譲ってくれた。

 アウラは「ありがとうございます」と言い残し礼も程々に手洗い所の個室に飛び込んだ。


 To Be Continued

最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>


第三部 〜 炎のレース 〜 いよいよ開幕!


次回の更新もお楽しみに!

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