〜 炎のレース 〜 第三部 第三話
☆第三話
◆俺って天才?
森の中を抜け切り立った岩肌に表面を削り取って造っられた細い道があった。
チッチが敢えて不利を知りながら追う家畜を二十頭にしたのは、ここを抜ける為だったのだとアウラは気付いた。
アウラがその事を尋ねようとした時、チッチが先に口を開いた。
それはランディーに向けられた言葉だった。
「それで西側の様子はどうだったのかなぁ――」
「まあ、ここで起きたような妨害工作は見られないが、群れを故意に乱しに掛かったりと些細な妨害をしながら、レースを展開している」
「そうか、俺たちはここに来るまで妨害には合わなかったけどなぁ」
「えぇ、無事にここまでは来れました……あのランディー様ありがとうございました。お陰で助かりました」
アウラは腰を折りお辞儀をした。
「そりゃそうだ。人の通らない所をほぼ直線で抜けて、ここまで来たんだから妨害する者もいないに決まっている」
「これもレースプランだったのですね」
言われてみれば妨害をするライバルが近くにいなければ、妨害される事などないと言う事に今更ながらに気付かされる。
何時もチッチは、他のものたちとは違う発想を持っていて行動をすのだと、改めて思わされた。
「それで西の街の様子は?」
「まぁ、お前の想像通りだ。通過証明の手続きは混雑し順番を待つ間には、妨害工作として他者の家畜と混ぜたりして、それを分ける為に焼印の判別に時間が掛かる事を利用し時間ロスさせたりしているさ。恐らく東側も同じだろう。後、南に向かった者たちは少ない。最南端にある指定の街までは距離があり過ぎて様子までは分からん。お前が西の街に訪れる頃には早馬が到着して情報が入るだろう」
チッチがランディーの話を聞きながら、ロープを鞄から取り出してアウラの方に向って来ていた。
アウラは、細い道を登って行った時の落下防止に使う為に用意しているのだと思った。
「で、頼んでおいた事なんだけど、引き受けてくれるのかなぁ」
「あぁ、既に他の騎士が取り掛かっている。それに人数も増えた事だし作業もはかどるだろうさ」
「あいつらも使うのか」
「当たり前だ。刑罰の代わりなら喜んで協力するだろうさ」
「じゃぁ明日の朝、ペグの街の近くにある例の場所に置いといてくれたら、うれしい」
「分かった。間に合わそう」
二人が笑みを浮かべ互いを見ていた。
ランディーが去りチッチは早速、山を越える準備に取り掛かった。
準備を終えるたチッチがアウラの肩を掴んだ。
チッチとランディーが何やら話している間に、山越えの準備を進めアウラは大きめの山羊に既に跨っていた。
「暫くこの道を普通に登る。いい場所を見つけたらそこから一気に山を越える。サインスの街は、この山の真裏にあたるから、急がないと晩ご飯食べられないかもなぁ」
チッチが山羊の群れを動けし始め、山道の坂を登り出した。
登り始めた頃は思った以上に道は整い足場も安定していた。
しかし、それも長くは続かなかった。
二人は山肌に斜面が見え掛けたところで昼食を摂る事にした。
食事の際もチッチは何かを考えているようで、斜面を見ながら時折、パンを口に入れては、もそもそ口を動かしたり止めたりしては、首を捻り、またパンを口に放り込んだりしている。
アウラは水を獣の皮を縫い合わせた水差しから、木を削った器に入れるとチッチに手渡した。
チッチが水を受け取ろうとした時、肩口に掛けていたロープが外れ地面に落ちた。
「うむ……困ったなぁ、思ったよりこの岩肌に造られた山道の地質が上に向かう程、脆いし道も細くなって来たなぁ。……このまま登ると山羊たちを縦列にしないと登れない。山羊は好奇心が強いからはしゃがなきゃいいけど……」
チッチがアウラの方を見た眼が笑ってる。
「はぁ――、上手く山道を登り下れたとしても、チッチの考えている時間にはサインスに辿り着けないのでしょ? これじゃ迂回して向かうのと余り変わらない事くらい私にも分かります」
アウラは溜息を吐き諦めを含んだ口調で言った。
「理解が早くて助かる」
「それで? 思わせぶりに考えている振りをしていても始めから何か考えてたのでしょ? 適当な斜面見付けたら、そこを登るとか……」
「アウラは頭がいいなぁ――、本当に助かる」
「チッチと山羊は登れても私はどうするのです? こんな斜面を私は登れませんから、方法はチッチに任せます」
「ほんと? それは助かる」
チッチが短く聞き直すと決してなだらかとは言えない斜面を指差した。
「楽な斜面じゃないけど、割としっかり締まった地層が露出している。脆い表土が崩れ落ちて下のしっかりした地質が表面に出てるんだ。それに所々いい具合の石や岩場が露出している」
「はいはい。登りますよ」
アウラは最初からそのつもりだったんでしょと思いながら、諦めた様子で頷いた。
チッチが、にんまり微笑むのが分かった時、アウラは何か嫌な予感を感じた。
チッチがアウラにゆっくり近付いて棒結びに纏めてあった親指程の太さのロープを鞄から取り出した。
アウラは、チッチの肩に掛けられていた地面に落ちているロープを指差し言った。
「ロープならそこに――! きゃぁ――何するんですかぁ――」
「これは命綱だから、アウラを縛るのはこっちの細い方のロープ。跳躍力はヤック程じゃないけど山羊は好奇心旺盛で遊び好きだから結構、岩場を登るのは得意だし跳躍力も結構ある。こいつらは俺と一緒に旅してきたから、こういう場所も慣れている怯えないし何しろ元気がいいし良く跳ねる」
「ちょ! 痛い……って、チッチ?」
チッチがアウラを縛り上げると満足そうに碧眼の瞳を反らし笑みを向けた。
アウラの身体に綺麗な鼈甲模様が施されていた。
「ほら、俺の方がセンスがいい。俺って天才かもなぁ」
得意げな顔をチッチが見せている。
「……確かに天災ね。これに何の意味があるのかしら? チッチ! 答えなさい!」
アウラは頬を膨らませ、眼を尖らせてチッチを睨んだ。
「直ぐに山羊の身体に括りつけてアウラの綺麗な肌を傷めない為なんだぞぉ。ロープ同士がいい具合にクッションの代わりをしてくれると思うけどなぁ?」
チッチは、アウラの言葉に答えると縛ったアウラを一番若くて力の強そうな山羊の身体に更に天幕用の生地やローブ、毛布などを山羊の背中に巻くとアウラを背に乗せ、別のロープを取り出しアウラと山羊の身体をしっかりと固定した。
「ちょっと痛いかも知れないけど、そいつは俺が引いて誘導しながら、なるだけ暴れないようにして登るから心配する事はない思うぞぉ」
チッチはそう言うと一番近くにある岩場に軽々と飛び上った。
とても普通の人間の出来る事ではない、とアウラが思っているとロープを引かれた山羊がチッチの乗っている岩場へと飛び跳ね移った」
「きゃっ!」
「しゃべるな! 舌噛むぞ!」
強い口調でチッチの声が返って来る。
アウラを乗せた山羊が乗ろうとしているチッチがいる岩場はそんなに大きくはない。このまま山羊が岩場に乗ればチッチは突き飛ばされる。
アウラがそう思った瞬間。
チッチは次の足場へと飛び移り口笛を吹いた。
山道でのんびり反芻していた山羊たちが、それを合図に斜面に向い跳ね斜面を登り出した。
各々、自分が跳躍出来る距離を知っているかのように次から次へと足場を移し駆け上っていく。
時折、脆い足場を踏みバランスを崩し落下しそうになるものもいた。
それを心配そうに見詰めながら、チッチは山羊たちを見守っていた。
落下しそうになる山羊たちを見つけては、ロープの先に輪っかが作られている、太めのロープを握るチッチの手が強く握り締められるのがアウラの瞳に飛び込んで来る。
所々で山羊たちを止め、チッチがその後を追いながら急な斜面を登っていく。
それを繰り返しながら登り、時には山道を登りながら山を登った。
「街の方向は? 分かっているのですか? 随分、地図に細かく載ってない所を進んで来ましたから」
不機嫌そうにアウラが尋ねるとチッチは、街の方向をレース前に手渡された地図とチッチが腰に下げた鞄から、頑丈な作りの革のケースを取り出しその中から三角形をした物に棒状の物が付いた道具を太陽と地形に向け何かを地図に書き入れたいた物を見せた。
「ばっちりだ。裏斜面はなだらかだし一気に街まで下るぞぉ」
アウラはチッチの持っている道具を見た事がなかったので聞いてみた。
「それは? それに水ください」
「ほら、余分と思っていても水は必要だったろ?」
「これだけ布に包まれてたら汗も掻きます。当然喉も渇きます」
「余り、水分取り過ぎると、もよおすぞ」
「ばかぁ! ぜ、全部、汗になって出て行ってます! それよりその道具は何ですか?」
「これは六分儀て言う物らしい。旅の途中で出会ったじいさんに貰った」
「そんな道具で方向が分かるのですか?」
アウラの知的好奇心に火が点いた。
「分かる。太陽や特定の星の位置を基準にして周りの景色、距離や地図を見て正確な自分のいる位置を割り出すんだ」
「チッチならそんな事しなくても分かっているのだと思ってました。循鱗の力の恩恵で、気配や嗅覚、視覚に……えっと、何とか把握能力が優れてるてランディー様からお聞きした事がありますし実際、不思議な体験もさせて貰いましたから」
「循鱗の恩恵があっても山の中や砂漠、広い湖なんかでは確実とはいかない。俺は人間なんだぞぉ、一応なぁ」
チッチがそう言って微笑んだ。
アウラはチッチの発した言葉で胸の奥に支えていた不安が和らいでいく気がしていた。
To Be Continued
最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
第三部 〜 炎のレース 〜 いよいよ開幕!
次回の更新もお楽しみに!