表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/58

〜 英雄に誓を 〜 第二部 第十話 

 ☆第十話 〜 英雄に誓を〜 (終幕)


 ◆星降る丘で


「チ、チッチ……今なら大丈夫ですよ……」


 ――あの確信犯め!


 アウラはテラスから顔を覗かせた。

 その声に反応しテラス下の茂みが、ざわめきを立てる。

 警備に当たっているはずの騎士や衛士の姿は見当たらない。


 アウラたちが屋敷に帰った時、それはもう大騒ぎになっていた。

 怪我の治り切っていないアウラと連れ出したチッチを屋敷中の者たち総出で血眼になって街中を探し回ったのだ。

 時折、視線が交わるものの、チッチは気配を読み取り巧みに逃げ、アウラと共に前夜祭に賑わう街を楽しんだ。

 月夜の中、白銀にブルーマールの映える少年が茂みの中から這い出した。

 淡い月の光を浴び、ほのかにブルーマールの因子を帯びた白銀の髪が幻想的に映えている。

「まったく、仕方のない奴らだなぁ」

 チッチが碧眼を絞られた弓のように反らし微笑んだ。


 その光景に暫し瞳を奪われた。

 そよ吹く夜風が、少年の幻想的な髪の毛を揺らして遊んでいる。

 持ち上げられた髪の毛は光に透けてより、いっそう青い輝きを放つ。

 まるで宝石箱を開けた時のように……。

 あの時も月明かりに少年のブルーマールが良く映えていた。

 アウラはプラムの眠る丘での事を思い出し顔を赤らめる。

 冷静に思えば、とんでもない事を許してしまったような気がする。

 あの時も幻想的に月夜に映える少年の白銀髪を見て、お礼の『おまじない』だのと言って、その場を誤魔化した事を思い出す。

 星空を眺めていたのか、はたまたスカートの中を眺めていたのかは定かでないものの、チッチの髪の毛は、まるで魅了(チャーム)の魔術を放っているように思え、魔術に魅入られた自分は仰向けに寝そべるチッチにしな垂れるように寄り添い、天津さえ自ら唇を重ねてしまった。

 いろんな事に必死だったから、その後にチッチが発した言葉を良く覚えていない。

 何処か遠くの方で聞こえているように感じ、チッチの碧眼を遠くに見て思わず「はい」と返事してしまった。

 うっすら記憶に残っているチッチの言葉を反芻する。

「今夜いいか?」

 アウラは必死で思い出そうとした。

 遠くの方で聞こえるように思えたチッチの言葉を……。

 確か、レースがどうのこうの言っていたようだった。

 アウラは記憶を探った。


 ――星降るプラムの眠る丘。

 

 唇が温かい……頼もしく、やわらかい。安堵感が満ち溢れて来る。

 そして何より、幸せを感じる……。

 チッチの両腕が背中を抱き締めてくれている。

 力強く、とてもやさしく……。

 そして何より、チッチの温もりを感じる……。

 心臓が飛び出しそうな程、早く強く鼓動を打っている。

 チッチはどうなのだろう?

 首に回していた手を片方チッチの胸に置いてみた。

 やや早くなっている鼓動が伝わって来る。

 ドラゴンに育てられたとは言え、チッチも人間なのだと改めて思う。

 チッチは何時も人間離れした感覚を見せられて来た。

 時折、チッチが人間じゃないのではないかと心の奥底で思いもした。

 グリンベルを焼き払った魔物は、本当は自分の創り出した魔物ではなく、世間で言い伝えられているようにグリンベルを焼き払ったと言われているグリンベルの悪魔(ドラゴン)ではないかと……。

 チッチも緊張してるんだ。

 そう思うと無性にチッチが、かわいらしく思えてくる。

 重ねた唇の形を確かめるように、こんなにも夢中になっちゃって……。

 チッチが背中に回している片腕が腰の方へと降りていく。

 身体の線を確かめ、なぞるように。

 くすぐったい……。

 でも、その手を制する事が出来ない。

 ……私、こんなにも夢中になってチッチの唇をなぞっている。

 何だか……恥ずかしいなぁ……。

「ひゃう!」

 転がるようにして不意に体を入れ替えられた。

 今まで下に見えていたチッチの碧眼が上に見えている。

「あっ! ……」

 チッチの唇が……離れていく。

 名残惜しく温もりだけが唇に余韻を残している。

 思わず胸に置いていた手を慌てて首へと回し距離を取るチッチの身体を引き留めた。

 チッチの碧眼は、何時ものようにやさしく温かい微笑みを向けてくれている。

「チッチ……私、あなたを恨むわ……」

「それでいい」

「だって、チッチの言う通りなら、私が組み立ててしまった魔方陣から創り出された魔物ごと故郷も家族も奪ったかも知れないのですもの……私から何もかも奪ってしまったのですよ? あなたは……いえ、それは違いますね……グリンベルを滅ぼしたのは、私……」

「ああ、そうかも知れないし、魔物ごとグリンベルを焼き払ったのは、もう一つの循鱗に精神を乗っ取られていた俺かも知れない」

「私は、チッチのお母様とチッチの安住の地を奪ってしまった。知らなかった事だとしても、例え間接的にであっても……あなたから大切なものを奪ってしまった事に違いないのです……チッチも恨んでるよね? 私の事……」

「ああ、俺は自身の手でアウラを討ち、いまわの(きわ)を看とってやると決めている。だから、他の誰にもお前を討たせはしない」

「ねぇ、チッチ? 気付いてる? あなたは私から、全てを奪ったグリンベルの悪魔かも知れない……あなたが、私から奪っい去ったものは故郷や家族……それだけじゃないのですよ?……私の心まで奪っていくのね。いけない人……私の事好き?」

「アウラ……俺は……」

 チッチの表情が俄かに曇った。

「いいの……私もそうだから、あなたの気持は良く理解しているつもりです。それにチッチは、人としての感情が欠落し過ぎているもの……でもね? 大丈夫だよ。私がチッチに教えてあげるから、ね」

「……人としての感情? 俺は俺でいい。人成らざるモノを体内に秘めているから」

 何処か寂しそうでもあり、誇らしくもある微笑をチッチが浮かべているように感じた。

「チッチを育て、愛して下さったあなたのお母様は、気高き至高のドラゴン(オプティマール・モンストル)だもん。私が教えてあげられる事は、人としての行動や温もり、愛しいと思う気持ち……それに人にしか持ていない感情だけかも知れないですけどね。えへぇ」

「アウラ?」

 チッチの碧眼が近付いてくる。

「チッチ……」

 アウラは紫の瞳を静に閉じその待つ。

 チッチのやわらかい唇の感触を感じる。

 戻って来てくれた……やさしく温もりが……唇と胸の中に……肌に……チッチの手が胸を弄って……!?」

 慌ててチッチの身体を押し戻す。 

「こ、こら! チッチ……何を……だぁめぇ……こんな所で、あっ……ん」

「アウラがしてたから、こうするのかなぁって思って……」

「違が……う。やぁん! わ、私はチッチの鼓動を確かめたかったから、胸に手を、あっ……置いた……だけです。動かし……たりして……あっ……ないです、あっ……だめぇ! 動かさないで……あっ、ああ」

 胸から手を離してチッチが耳元で囁いた。

「じゃぁ何を教えてくれるんだ。アウラ?」

 駄目! 耳…甘噛みなんかされたら、私……。

「み、耳……だめぇ……くすぐったい……ああっ……らめぇ……こんな所でなんて……」

 チッチが胸から離した手を腿へと移動させている。

「ここじゃなければいいのかなぁ?」

「そ、それは……その……わ、私もこう言う事……は、初めてだから……あっ、ん! スカート……中、手入れちゃ……らめぇ! こ、こん……な所じゃ……やっ、嫌だよチッチ……それにプラムが見てるから、ね? それに皆も心配してるだろうし……屋敷に帰ってから、ね」

 チッチが手を止めてくれた。

「屋敷ならいいのか?」

「……」

「今夜いいか?」

「……はい」

 チッチが何時もの何倍も嬉しそうな微笑みを向けている。

 ど、どうしよう……思わず『はい』て答えちゃった……。

 アウラは自分の浅はかさにひとりごちた。


 事の次第を思い出し何だか頭が痛くなった。

 屋敷に戻れば護衛の騎士や使用人たちがいる。

 そう思って、つい『はい』などと安易に答えてしまった事を後悔した。

 爵位を譲り隠居したフラングとは言え、貴族の屋敷には違いない。

 まさか、戸締りだけを頑丈にして門番を含め、警備の騎士隊、使用人たち総動員で探している等とは、露程にも思わなかった。

 屋敷に帰ると灯りは消され、門は閉じられていた。

 アウラは、合鍵を使い鉄柵の扉で閉ざされた門の脇にある御勝手口を開いて屋敷の敷地に入った。

 後ろでは、何だかそわそわして落ち着かないチッチの様子が、否が応でも感じ取れた。

 屋敷の玄関に着くとアウラは、誰かが隠れているかも知れないから中の様子を見てくると言ってチッチにテラス下の茂みに身を隠しているようにと促した。

 チッチは、気配がない事に気付いているようで、渋い顔をしていたが「言う事聞けないなら駄目」と言うと渋々応じ茂みへと向かって歩き出した。

 アウラは、部屋に入ると明かりも灯さずたっぷりと悩んだ。

 どうしたものかと頭を抱えているとテラスに小石が投げ込まれ、コツンと小さな音を立てた。

 時間を置くにつれ、小石の投げ込まれる間隔は次第に間を詰め短くなって来ている。

 チッチが焦れている……。

 アウラは、満面の笑みを浮かべていたチッチの顔を思い出す。

 このままチッチを放置して置いて屋敷の者が帰るのを待っていようとアウラは考ていた。

 そうすれば、チッチと言えどもそう簡単に部屋に忍び込めないはず……がない。

 「はぁ――」

 このままにして置いてもチッチなら、易とも簡単に忍び込んでしまうだろう。

 チッチは、今まで幾度となく侵入して来ているし学園で再会する前には、ランディー率いる名も無き赤の騎士団を相手に半年も逃げ続け、北の神殿からシュベルクに帰る道中、謎の組織に浚われ、幽閉された難攻不落にも思えた断崖絶壁のアジトに易々と侵入して助け出してくれた。

 何れにせよ。乙女の貞操を守る事は困難だと頭を抱えた。

 もし、焦れたチッチが本気で襲って来たら……どうしよう。

 私……乱暴に扱われるなんて嫌……と言っても、まだ招き入れるだけの心の準備が出来ている訳でもない。

 アウラが悩んでいると……左の薬指に違和感を感じる。

「指輪……チッチが買ってくれた指輪」

 チッチの事だから、その意味も知らず嵌めたのだろう……。

 小石の転がる音がアウラの耳に届く。


 ――チッチ……やさしくしてくださいね……。


 アウラは、指輪に右手を添えると、決意を固め燭台の蝋燭に火を点け、テラスへと歩き出した。


「何の為に警備をしていると思っているんだ? 痛てぇ! しかも熱いかも……」

 その時、チッチの背後から脳天に痛みを伴い衝撃が走った。

「チッチさん? あなたのような輩がいるからですよ」

 痛みを伴う衝撃と共にチッチは、頭を抱えて蹲った。

 チッチの耳に覚えのある声が届く。

 振り返ると、そこには三俣の燭台を手に持ったトリシャが仁王立ちしていた。

 立てられていた蝋燭は粉々に砕け跡形も無くなっていて、先の尖った針のような物が露出していた。

「トリシャ! 何時の間に……ぬかった。今夜の事を考える余り、気配に気付かなかったとは……俺様とした事が……一生の不覚」

 チッチは無念の言葉を残し地面へと伏していった。

「今夜の事? さては、お嬢様を襲うつもりだったのね」

 トリシャが怪訝な顔をしながら、肩に掛けていたロープでチッチの身体を手際良く縛り上げた。


「……チッチ? 大丈夫?」

「お嬢様! よくぞ御無事で……心配しておりましたのですよ」

「ええまぁ……」

 アウラは苦笑いを浮かべて答えた。


 深夜を告げる星が天の真上に座した頃、アウラはベッドの上で寝返りを打った。

 寝返りを打ってもそこにチッチはいない。

 もし、トリシャがチッチを捕らえていなければ今頃……と思いを巡らせ顔を赤らめる。

 チッチは、そのまま木に縛り付けられたまま騎士団たちが帰ると五人の見張りを付けられ厳重に見張られる事となった。

 アウラは、左の薬指に嵌められた指輪を視線の先に(かざ)した。

 暫し指輪を眺めた後、右手を添えて胸元に抱え込んだ。

「チッチ……」

 毎晩のように侵入して来るチッチが来ない。

「あれ? 何故……泣いているの? 私……寂しいよ……チッチ」

 特別な夜になるかも知れないと、あんなにも戸惑っていたのに、チッチが来ないと眠る事も出来ないなんて……。

 戸惑いながらも心の何処かで、何時かはそうなる事を願っていた自分の気持ちに気付く。

 今は、まだそうなる事に決心も勇気も無い事も事実。

 二人の間には、複雑な想いが絡み合い過ぎている。

 他の誰にも解く事の出来ない仇と言う名の絆で二人は固く結ばれているのだから……。

 アウラは、毛布の中で身を丸めた。

 寒さを凌ぐ仔猫のように。


 静かな夜に、カチッカチッと金属が擦れ打ち付けられる音が静かに響いた。

 毛布の中で身を丸めていたアウラが、外の異変に気付いた。

 何事かと思い暫しの間、聞き耳を立てて様子を窺がっていると外を警備する騎士たちの呻き声も交じり出す。

 何者かが屋敷内に潜入し警備の騎士と相対しているのではないかと身を丸めたまま、その恐怖に身を震わせた。

 チッチは木に縛り付けられたまま。

 アウラは、チッチの状況を思い出して起き上がろうとした時、脳裏に事故の記憶が蘇り身体は強張り意思に反して身体が動かない。

「怖いよ……チッチ。傍にいて……私を一人にしないで」

 アウラは強張る身体を抱え込んだ。


 コッコッとテラスの床を小石が転がるような音がした。

 何時の間にか外は静まり返っている。

「アウラ……」

 チッチの声にアウラは毛布を跳ね除け、飛び起きベットの脇に立て掛けた杖を手にテラスの窓を開け手摺の壁にもたれ掛かるように身を乗り出し下を覗き込んだ。

 チッチの声を聞いたからなのか、自分でも不思議に思う程、恐怖は何時の間にか消えている。

「チッチ!」

 辺りを篝火の明かりが照らし出している。

 木にはチッチが縛られていたロープが地面に落ちていた。

 しかし、チッチの姿は見えない。

 地面には騎士が倒れている。

「チ、ッチ……チッチ――! 何処にいるの――チッチ!」

 アウラは、大声で叫んだ後、名も無き赤の騎士団の精鋭たちが、倒されている事実に気付き杖を強く握った。

「……」

「ひゃぅ!」

 下腹部の辺りで何かが蠢く感触に声にならない悲鳴を上げた。

「……あふぅら(アウラ)……ぐるじいくるしい

「ひゃぅ」

 アウラは、身体と壁の間を離し覗き込んだ。

 手摺の壁とアウラの身体に挟まれたチッチが呻いていた。

「チッチよかった……無事で」

 チッチの身体に争った跡が見て取れた。

「遅くなったなぁ。アウラ」

 ふらりと立ち上がり、崩れそうになるチッチをアウラは慌てて抱き寄せた。

 アウラは、チッチの頭を胸元に抱え、崩れ落ちる身体に合わせて膝を着いた。

「どうしたの? こんなにぼろぼろになって」

「……桃源郷」

「とうげんきょう?」

「なんでもない……」

「賊だったの?」

「ああ、やっとの思いで眠らせて来たところだ。それに毎度毎度、あの騎士団の相手とトリシャから逃れる事は、流石に疲れる」

「御苦労様。チッチ」

 アウラは、チッチの唇に自分の唇をやさしく押し付け、暫し互いの温もりを確かめ合うように唇を重ねたまま抱き合い、アウラは名残惜しそうに唇を遠ざけた。

「チッチ……あのね。レースが終わったら……その……いいよ……私の全てをあげても……だから、それまでは……ね。……でも過酷な命懸けのレースだから……チッチ?」

 チッチの唇からは何時も間にか、すやすやと心地よさげに寝息が漏れだしている。

 アウラは、軽く寝息の漏れるチッチの唇に己の唇を軽く重ね、遠ざけそっとチッチの胸に頭を乗せ寄り添った。

「おやすみ。チッチ」

 


 草木も眠りに就く程、夜も更け切った頃。

 天蓋付きのベッドの上、二人の寄り添う姿があった。

 アウラの傍らで寝息を立てるチッチを見てアウラは呟いた。

「残念だったね? チッチ。レースが終わったら……約束ね」

 今日の朝陽が昇る頃、放牧レースの火蓋が切られる。


 ★からんちゅ♪魔術師の鐘 第一章 第二部 〜 英雄に誓いを 〜 End

 

 第三部 〜 炎のレース 〜

最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>


第二部 〜 英雄に誓を 〜 終幕。


第三部 〜 炎のレース 〜 いよいよ開幕!


次回の更新もお楽しみに!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ