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〜 英雄に誓を 〜 第二部 第九話 

 ☆第九話


 ◆前夜祭! 勝利のおまじない


 収穫祭で賑わう街の騒ぎが屋敷まで届いて来ている。

 太鼓の音と鐘の鳴り響く音色がアウラの部屋の大窓から流れ込んで来る。

 時は、もう昼を大分過ぎ、随分陽は長くなって来ていても、もう直ぐ大きく傾き始める時間だ。

 夕食には幾分か間がある頃、部屋の扉が叩かれた。

 夜でない事もあり、警備は屋敷の周辺と屋敷の外堀が中心になっている。

「どうぞ。開いています」

 アウラは何気なく返事を返した。

 扉がゆっくりと開かれその隙間からチッチが顔を覗かせていた。

「アウラ? 昨夜の事、まだ怒っているのか?」

「……別に」

 アウラはそっけなく答えを返した。

 期待に控えめな胸を踊らせ、布袋から出て来た衣装を見て驚いた。

 そりゃ、もう驚いた。

 贈り物にしては、リボン一つない布袋だとは思っていたものの、チッチがくれたものだったから、どんな物でもうれしいに決まっていると思っていた……が、流石に驚きで声にもならなかった。

 布袋の中から出てきた衣装というと……。


 ――昨晩。

「チッチ? これなぁに?」

「衣装です。お嬢様」

 何時になく、しっかりとした口調でチッチが答える。

「何の衣装なのですか? まさかレースの衣装なんて言わないですよね? パーティー用にも見えないですけど? 踊り子の衣装ですか? 透ける布の腰巻も一応ありますが……」

「それは、レース用に仕立てたのでございます。機動性を重視して特別にあつらえた一品物の衣装でございます。お嬢様」

「布地が極端に少ないですね? それに私のサイズよりやや……、ややですけど小ぶりに見えるのは私の気のせいですかね?」

「いえ、お嬢様の御身体にぴったりのサイズでございます。不詳ながら申し上げますが、わたくしは一目見るだけで、そのサイズが分かります。絶対の自信があります! 空間把握能力と言うものがございまして、その能力に秀でたわたくしめは、壁と洋箪笥の空間の隙間などを正確に測りぴったりその隙間に入るの物を選べるなどという特技もございます。わたくしの眼に狂いはございません」


 からん♪ からん♪ からん♪


 チッチの頭上に三度の鐘が鳴り響いた。

「痛い、痛い」

「それに、このカチューシャ何か付いてますね? 獣の耳に見えるのは私だけですか?」

 アウラは、縄に縛られたままのチッチを見下ろした。

「それに……これ!」

 チッチの前に差し出されたふさふさの手触りの良い短い毛並みの小さな布きれが両手に持たれていた。

「それは胸当てと紐パン――」


 からん♪ からん♪ からん♪


 チッチの頭上に再び三度の鐘が鳴り響いた。

「痛い……そこ瘤……」

「それにしては随分、際どい形の胸当てと、こ、ここ、この腰履き……腰履きの切り込みの角度……両脇が紐になってますね……それにお尻の所に小さな穴が空いているのは仕立て屋が型紙(パターン)を見間違えたのですよね?」

 アウラは、ふさふさした尻尾と思われる箒のような物の持ち手を持ってくるくると振り回した。

 その持ち手は滑り止めか、或るいは握り易く工夫されたようにも思える、串団子のような形をしていたが、幾分細身に感じた。

「それはプラムの立派な尻尾を忘れないようにと考え仕立てたものです」

「プラムを引き合いに出してどう言うおつもりですか?」

 アウラの紫水晶の瞳が窄まり、今度は獣の足のような形をしたいる短い毛並みのブーツと掌の長手袋を指差した。

「きっと、アウラが身に付ければ、すごくかわいいと思ったんだけどなぁ」

「おだまり! 外道」

 チッチが首を竦め、しょんぼりへこたれた。

 アウラは、怒声を上げるとチッチをテラスまで引きずって行き放り出すと部屋に戻り大窓をしめベッドの中に潜り込んだ。



 アウラは扉の隙間から様子を窺がうチッチを見て小さく溜息を吐いた。

「入っていいですよ。もう怒ってませんから」

 アウラは、そう言うとチッチが恐る恐る部屋に足を踏み入れた。

 チッチが入って来た事を知りながら、アウラは大窓から流れ込む祭囃子を聞きながら外ばかり見ていた。

「外に出たいのか? アウラ」

 チッチが静かに問い掛けた。

 アウラは小さく頷く。

「う――ん。難しいかも知れないけど……行ってみるか、ここの所、部屋に籠りっきりで息苦しいだろ?」

 アウラはチッチの方を振り向き大きく頷いた。

「だけど、護衛の騎士を連れて行く、アウラが浚われたら大変だからなぁ、浚われるのが俺一人ならなんとかするけど」

 アウラの喜びの顔が一転して曇り出した。

 警備などと一緒に行ったら思うようにはしゃげない。

 フラングの養女でシュベルクの名こそ名乗ってはいないものの、シュベルクでは一応、公に出る事が万が一にもあれば、アウラは一応地方のお姫様なのだから、普段のアウラが平民風情に近い出で立ちで外に出るのは、そう見られる事を好んでいないからだ。

 元、田舎の山奥に生まれ育ったアウラは、フラングの意図もあり公の場には出ない。

 貴族連中の集う舞踏会にも貴族の会食にも顔を出さず、シュベルクの多くの者はアウラの事をフラングが雇った羊飼いだと思っている者が殆どだ。

「護衛なんて……チッチだけでも十分じゃないですか」

 アウラはチッチの前でしか押し殺している、多くの気持ちを余り出さない。

 作った笑顔じゃない本当の笑顔を見せられる人物もたかが知れている。

 ましてや、感情のままに怒ったり泣いたりするのはチッチの前だけであった。

 チッチがいると人目も憚らず泣く事もあるが、それだけチッチがいる安堵感がアウラの気持ちの多くを占め始めているという事だ。

「仕方ないなぁ、行くか」

 チッチが何時もの微笑みで応えてくれた。


 二人は着替えを済ませると屋敷を抜け出した。

 しかし、流石は名も無き赤の騎士団。そう何度も出し抜かれる訳もなく、屋敷を出た直ぐに見つかってしまった。

「小僧! 毎度毎度、上手く逃げられると思うなよ」

「それはどうかなぁ」

 チッチがそう言うとアウラの腕を掴み走り出した。

「痛むか? アウラ」

 チッチの問いにアウラは首を振って応えた。

 二人は前夜祭で賑わう街中まで来ると人混みに紛れた。街中には普段着に扮した赤の騎士団の姿が見えた。

 広場で少し息を整えていると、昼間に行われた羊毛刈の速さを競う競技で駆り集められた羊毛の一時置き場には山のように積まれた羊毛が見えた。それはまるで黒い積乱雲のようにも見える。

 二人が息を整えた頃、普段着を来た騎士に屋敷からの連絡が入ったのか、辺りを見渡し始めた。一般の人たちより一際身体の大きな偉丈夫の騎士は高い視界から二人を見付け出すとこちらに向かって来ている。

 チッチに手を引かれながら、二人は身を屈め姿を隠すと細い路地に隠れた。

 他の騎士たちも集まり始め、何やら話しているようだった。

 一人の騎士が額に手を当て天を仰ぐのを見て二人は、くすくす笑い合った。

 その後もチッチの良く利く鼻と良く冴える勘、それに右眼に巻かれた包帯の奥からでもよく見える右眼で巧みに騎士たちを掻い潜り、何時もより多い露店を回っては逃げた。


 シュベルクの街は多くの羊を飼っている為か、山羊の姿も時折眼に飛び込んで来る。

 チッチがレースに出る事で噂にはなっているものの、山羊を連れていなければ一人の少年にしか見えない。

 中にはチッチの事を知っている者もいて時折、道端の石や木の器に入れられた麦芽酒を飲み干した者が、チッチを見つけると罵声を浴びせられ、木で造られたジョッキを投げつけられたりもした。

「ごめんね……嫌な思いさせちゃうね」

 アウラは切なそうに控え目な胸を両手で押さえた。

 アウラには分かっていた。

 山羊飼いが、どんな扱いをこれまで行く先々で受けて来たのか容易に想像も出来た。

「これじゃ、チッチの方が狙われちゃうね」

 アウラは、自分の事しか考えてなかった事に、今更ながら気付き胸を痛めた。

「俺は山羊飼いだ。皆、悪魔や魔物を恐れて本気で俺を襲う事なんてしない。だから心配しなくても大丈夫だ」

「ごめんね……チッチ、私――」

「何、誤ってるんだぁ? それより、楽しむんだろ? アウラ」

 肩を落としているアウラにチッチが声を掛け笑顔を向けた。

「うん」

 チッチの何時もの笑顔にアウラも笑みで応え頷いた。


 その後も二人は露店や旅の踊り子の舞台を見たり買い食いをして前夜祭を楽しんだ。旅の踊り子に舞台に上げられた時は、屋敷の者や護衛の騎士に見つかりはしないかと二人で冷や冷やしながら踊ったりもした。

 壁際に布を広げただけの露天の並ぶ場所でチッチが錬金物の銀細工のペンダントトップと革製を編み込んだ首紐を値切り倒して、銅貨二枚で買うと首に掛けてくれた。

 値切られた店主が錬金石の載った滑稽な細工が施された指輪を出して銀貨一枚を要求していたが、結局長い旅の間に身に付けたのか目利きと巧みな交渉で銅貨六枚で買うと、チッチが指に嵌めてくれた。


 前夜祭を十二分に楽しんだ二人は、街中を出ると屋敷裏の小高い丘に来ていた。

 プラムに祈りを捧げた後、チッチは草原に寝そべった。

 アウラは儚く光を放つ夜空を見上げた。

「綺麗」

 やわらかな風が吹き抜けアウラの薄い水色のワンピースの裾を大きく煽った。

 アウラは慌てて暴れる裾を抑え込んだ。

「薄い青の水玉」

 チッチの言葉にアウラが反応したが、何時も持っている杖は今夜は置いて来ている。

「チッチ! 眼を閉じなさい!」

「嫌だ。パン……星が見えなくなる」

 アウラは、小さく溜め息を吐いた後、寝そべって夜空を見上げているチッチの傍らに座った。

 やわらかい風に乱される細く長い髪を片手で押さえ、チッチの肩に頭を乗せて星空を見ているチッチに聞いてみた。

「レース中の天気どう思います?」

「酷くはない。が、中盤頃には雨が降る。レースは前半が勝負だ」

「私もそう読んでる。だから、このレースに出場する牧畜者たちもそう思ってると思う」

 そう言いながら、アウラは頭を起こし重ねるようにチッチに近づけ視界を遮った。


「空が見えない」

「……」

 甘い髪の香りが鼻の奥をくすぐった。

 不意にやわらかく温かい感触を唇に感じた。

 一瞬の後、その感触は離れ、その唇からは言葉が漏れた。

「絶対、勝とうね。プラムの為にも」

「勝つさ。約束だ。英雄に誓を立てに、ここに来たんだからなぁ」

「それと……今日はありがと……さっきのはお礼、それとこれは勝利のおまじない」

 アウラの顔が、再び近づくとやわらくて温かい感触が、再び唇に戻って来た。

 儚い光を放っている星たちは輝き、二人を見下ろしている。

 これから困難に挑もうとしている羊飼いと山羊飼い、二人に訪れた束の間の微笑ましい姿を……。


 To Be Continued

最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>


次回の更新もお楽しみに!


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