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〜 英雄に誓を 〜 第二部 第八話 

 ☆第八話


 ◆チッチの贈り物


 夜中だと言うのに何やら外の様子が騒がしい。外で起こっている騒ぎでアウラは眼を覚ました。と言っても前夜祭で賑わう外の様子で無く、直ぐそこの扉の向こうから聞こえてくる騒がしいトリシャと騎士の声だ。

「今日という今日は、絶対にアウラお譲様の寝室には忍び込ませません!」

 石造りの屋敷に反響するトリシャの怒鳴り声が聞こえてくる。

「まったく、毎日変更している警備の交代時間を何処からか嗅ぎ付けやがって! いったい何処から情報仕入れているんだ。いくらなんでも毎夜、毎夜侵入を許すと思うか! 赤の騎士団をなめるなよ!」

 騎士の怒鳴り声の後、チッチの悪態が聞こえて来る。

「何時も侵入されてたくせに」

「何ぉおお! 小僧が生意気な……、今直ぐその首刎ねてやるぅぅぅ!」

「やれるもんならやればいい。できればの話だけどなぁ」

「今なら雑作もないのだぞ? 小僧自分の姿を状況を良く確かめてみるんだな」

 縄に縛られた自分の姿を見てチッチが愕然と首をうな垂れた。

「ううぅ……、ごめん。悪かったから……縄解いてくれないかなぁ――」

 へこたれた様子の声でチッチが悲願の訴えをしている。

「もうぉ! チッチさん? あなたは確かにお譲様の御学友かも知れません。しかしですよ? ここ数日毎晩のようにお譲様の寝室に忍び込んで、いったいどう言うおつもりですか? レディの寝室に忍び込むだけでも無礼極まり無いと言うのに! お譲様は貴族でしかも、嫁入り前の綺麗なお身体なのですよ。そのお譲様のお部屋に――!」

 怒りが頂点に達したのか、その後、パシッという乾いた音が石造りの廊下に響き渡った。

 トリシャが平手打ちでも喰らわした事がアウラにも容易に想像出来、思わず両頬を覆った。

「痛いなぁ――、俺は、ただアウラの介抱をしようと思ってるだけなんだけどなぁ」

「それは御苦労様です事……、しかし毎夜、毎夜お譲様が痛みを堪え、私たちに心配させないようにと声を殺して唸っていらっしゃると言う事は私たちも存じております。あなたがお部屋に忍び込んでいては折角のお譲様のお心遣いが無駄になると言うもの! 私たちもそれを察して、なるたけ呼び鈴が鳴るのを待っているのですよ。まったく」

 トリシャの捲くし立てるようにチッチに言葉を浴びせている様子が窺がえる。

 その会話を聞いたアウラは聞き耳を立てられていたかも知れないと気付き、急に頬が熱を帯びていく事を感じた。

 チッチは毎晩のように部屋に忍び込んでは介抱してくれる。

 ただし、チッチの介抱と言えば……。


 ――あれ、なのである。


 アウラは思い出し頬を染めてベッドに潜り込んだ。

 ややあって、上布団のを少しだけ持ち上げ外の様子を窺がっていると、視線の先にはチッチのくれた布袋がべッド脇の細かい細工が施された立派な机の上に置かれているが『贈り物』と言う割には飾り気の無い、ただの布袋だとアウラは思った。

 それでもチッチがくれた物だし、同じ年頃の男の子からプレゼントされるのは初めての事だった。

 アウラは胸の鼓動が徐々に速まって行くのを感じた。

 チッチが「今夜も介抱に行くからその時までに開けて(あわせ)ておいてくれ」と言っていたので封を開けずそのままの状態で置いてある。

 何度か中身を見たい衝動に駆られたが、アウラは我慢した。

 チッチの言う通りに開けてしまうと、今夜もチッチが忍び込んで来る事を期待しているように思え、だから我慢しては首を何度も大きく振ってそう思う自分を否定していた。

 医者が処方していった薬草を磨り潰し少量の水で練り上げた打ち身に良く効く塗り薬のせいか、はたまたチッチのあの介抱のせいかは分からないが随分、痛みは引いていた。

 それも驚く程の早さで回復していく正直アウラは驚いていた。

 言い伝えでしか聞いた事はない、ドラゴンの生き血を舐めれば万病が治り、その心臓を食せば不死に近付くと聞いた事がある。

 だとすればドラゴンの循鱗を体内に秘めるチッチの唾液には、傷や打ち身に効力を発揮する何かの成分を含んでいるのかも知れない、と思い『循鱗』とは、いったい何なのかを考えてみた。

 読んで字の如し! 失った鱗を次々に再生し復元していく鱗の核なのではないかと、アウラは考えた。

 植物に例えるなら一番代謝の活発な無菌の領域である成長点に当たる部分。

 ドラゴンに纏わる言い伝え聞く、能力は循鱗の力だけでは説明が付かない。

 しかし、ドラゴンにとっての最重要部分である事には間違いないのだろう。

 打撲程度なら治してしまう可能性は十二分にあると考えられる。

 そんな風に思考を巡らせていると外での口論が飛び込んで来た。

 チッチとトリシャが大分興奮している様子で激しく言い争っている。


「だから――、縄を解いて欲しいと言ってるんだけどなぁ」

「駄目です!! 今夜はそのままにしておきます。縄を解けばお譲様のお部屋に、また忍び込むのでしょ? そんな事は私が許しません!」

「今夜はアウラと、とっても大事な約束があるんだけどなぁ」

「駄目と言ったら絶対に駄目です! 先程も言いましたが、お譲様は嫁入り前の綺麗なお身体に万が一にも何かあったなら、旦那様に申し開きのしようがございません」

「なら、トリシャの部屋ならいいのかなぁ? 結婚はまだみたいだけど、もういい歳だし、それなりに――」

「な、なな、何をおっしゃってるのですか! そりゃまぁ……ですけど……、人を行き遅れみたいに言わないでください! 私はまだ二十四です」

「歳なんてどうでもいいから、縄解いてほしいんだけど、まぁ縄の扱いはアウラよりずっと上手いけど、俺にはこっちの趣味はないんだけどなぁ。どっちかと言うと――」


 メキッ、バキッ、ゴキュと何とも無残な音が聞こえた後、扉の外に静けさが戻った。

 どうやら、チッチが気を失ったように思えた。

 その後、石の廊下を革の編み上げブーツの踵が小刻みに音を響かせ部屋の前から遠ざかって行くのが分かった。

 暫くしてアウラはベッドから降りると扉の方へと足音を殺しながら向った。

 扉の前には恐らく騎士が見張りをしているだろう。

 暫しアウラは考えると扉を開いた。

「どうかなされましたか?」

 騎士の問い掛けにアウラは答えた。

「先程、廊下が騒がしかったようですので……少し様子を窺おうと思いまして」

「小僧がお譲様の寝室に性懲りもなくしかも、今回は扉から堂々と入ろうとしましたので取り押さえ縛り上げ連れて行った所です」

「はぁ……、それは御苦労様でしたね」

 アウラは、そう言いながらチッチの姿を探したが、当然見当たるはずもなく、何処かの部屋に縛られたまま幽閉されているだろうと思った。

「お譲様の貞操は必ずや我が名も無き赤の騎士団がお守りしてみせますが故、レースもいよいよですし今夜はごゆっくりお休み下さい。……もしや、本当に今夜は小僧とお会いになる御予定でしたか?」

 騎士が意味ありげににやけて言った。アウラの感に少し触れた。

 アウラは引き攣った笑みを浮かべるて言った。

「ええ、レースもいよいよですし、それの作戦と細かい打ち合わせをしようかと呼んでおいたのですよ」

「そうでしたか……では、直ぐに連れて参ります」

 騎士が振り向こうとした時、アウラはそれを制止した。

「夜も大分更けましたので、今夜は止めておきます」

 確かにチッチは「今夜来る」と言ってはいたが、会う約束をしたと言うのは、当然ながら嘘なので止めたのである。

 チッチと会えるのはちょっぴり嬉しい……、でもあれは恥ずかしい……故にアウラは止めた。

「そうですか? なら良い夢の旅路に」

 騎士がそう言い一礼した後、背筋を伸ばした。


 アウラは部屋の扉を閉めるとか「はぁ――」とかわいらいい溜息を吐き胸を撫で下した。

 ほっとした安心感に満ちたが、同時に寂しさが湧き上がって来る。

 アウラはベッドに潜り込み毛布を被ろうとした時、テラスに蠢く影が写り込んだ。

 確かめると怖くなるので気のせいだと思い込み、毛布を被り直し布団に潜り込んだ。

 暫く気になって眠れずにいると軽く大窓を叩く音が聞こえて来る。

 窓は何度も軽くガラスを振動させている。


 ――誰かいる。


 一瞬、チッチが来たのだと思ったが、彼は今、簀巻きにせれて何処かの部屋に閉じ込められているはず……そう思うと怖くて窓の方を余計に見れないアウラは毛布を小さな拳で握り締め、ベッドの横に立て掛けてある節くれた杖にそっと手を伸ばした。

 そうしている内に小さな声が聞こえて来た。

「俺だけど、約束したから今夜来るって」

 聞き覚えのある声。チッチだ。

 アウラはベッドから跳ね起きると大窓に向い、薄いレースのカーテンを引いた。

「チッチ」

「やぁ――」

 そう、チッチが約束を破るなんて事なんて、これまで一度もなかった。

 アウラは、大窓をそっと開くとチッチを部屋の中へと引きずり込んだ。

 チッチは縛られたまま、どうやってテラスまで辿り着いたのか疑問だが、循鱗の力の一部を使えば容易な事なのかも知れないと思いアウラは深く考えなかった。

「痛っ!」

 チッチを部屋まで引きず込むのは、華奢なアウラには一苦労だ、それに力を入れると、まだ痛みが残っている。

 やっとの事で部屋にチッチを引きずり込むと縄を解かずにチッチから貰った贈り物の方へと急いで向った。

「お――い! 縄!」

 チッチの呼び掛けも無視して大事そうに布袋を抱えるとチッチの方に振り向いた。

 縄を解けばチッチは介抱と言って、あれをするだろう。

 チッチに悪気や、やましい気持ちがあるとは思ってないが、やっぱり恥ずかしいし何よりチッチから貰った布袋の中身を早く見たかった。

「開けていい?」

 アウラは、かわいらしい微笑みを浮かべ尋ねた。

「な……縄解いてくれてから……」

 チッチがアウラの微笑みから視線を外した。

「だぁ――めぇ」

 そう言うと微笑みを湛えたまま布袋の紐を解き封を一杯に開けた。

「……」

「……、良く似合うと思うけどなぁ――」

 アウラの天使の微笑みは、そのままの状態で固まっていた。


 To Be Continued

最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>


次回の更新もお楽しみに!


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