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〜 英雄に誓を 〜 第二部 第三話 

 ☆第三話


 ◆悪友(しんゆう)


 幾晩か時間は流れ過ぎ、また夜が明ける頃、泣き疲れやっと眠りに入ったのか、アウラの部屋は静まり返っていた。

 静かになった部屋の扉を薄く開いて、トリシャがアウラの様子を窺がった。

「泣き疲れて寝付かれたようです」

 一晩中、部屋の外でベルモンドとトリシャを中心に他の者たちと交代で時間を置きながら、静かに薄く扉を開きアウラの様子を窺がい見守っていた。

「少し落ち着かれたようですな」

 ベルモンドが、そう言うと傍にいた者たち全員が胸を撫で下ろした。

 従者たちは皆、ほっと一息吐き一安心といったところに、屋敷に一人庭師が飛び込んで来た。

「「「「しぃ――!」」」」

 その場の全員が人差し指を口元に立て息を吐く。

「どうした? そんなに慌てて旦那様がお帰りになられたのか?」

 ベルモンドが声を潜めて庭師に尋ねた。

「いえ、旦那様の下には直ぐに早馬を向かわせましたが、何分旦那様の御乗車なされている馬車では急いでも御到着は陽が落ちる頃になるかと思われますが……」

 庭師がベルモンドの問いに答え終わっても、その場から立ち去る様子が見られなかった。

 立ち去る様子のない庭師にベルモンドが問うた。

「何だ。まだ何あるのか? お譲様は今し方、憔悴なされて眠られたばかりだ。静かにな」

「……それがアウラ様の知り合いだと名乗る者が現われまして……アウラ様もあのような御様子ですし、お伺いを立てに参ったのですが、やはり追い返しましょうか?」

 ベルモンドが小窓から外の様子を窺がった。

 小窓から見える屋敷の門に白銀にブルーマールが朝日を浴び、ほのかに青を浮かび上がらせ、右眼に包帯を乱暴に捲いた見覚えのある少年の姿があった。

「客間にお通ししなさい。彼はお譲様を何度か救って下さった方だそうだ騎士ランディー様の御知人でもある。くれぐれも無礼の無いようにな」

 ベルモンドの言葉を受けた庭師は屋敷の外へ出ていった。

 その後に続き、二人の従者が後を追って玄関前へと向かった。


 庭師に代わり別の使いの者がチッチを出迎えに門まで向った。

「生憎、屋敷の主フラングは留守にしておりますが、代わりに留守を預かっているベルモンドからお通しするようにと託って参りました。客室まで御案内いたします。どうぞ屋敷の方へ」

 三十半ばの従者がチッチを客室に案内しようと半身になり軽く腰を折ると片腕を屋敷の方へ差し出した。

「家畜舎でいい。プラムに会わせてくれないかなぁ」

 チッチは、左眼の碧眼を弓のように反らし従者に微笑みを向ける。

「はぁ……今、何と仰られました?」

 三十半ばの従者は白銀の少年を驚いた様子で見ていた。

「プラムに別れを言いたい。プラムの所まで案内してくれ」

「いえ、客室に案内するように承っておりますので……」

「俺は英雄(あくゆう)に別れを言いに来た。う――ん。アウラは疲れてるだろうから、起きたら合わせてくれればいい。だからプラムの眠る場所を教えてくれないかなぁ」

「はぁ……あちらで……」

「もう、言わなくていい。プラムの居場所は分かったから、俺一人で行って来るから案内はいいや。じゃぁ!」

 チッチは、微笑みを浮かべたまま従者がプラムの亡骸を安置した場所を教えようとすると一足先に嗅ぎつけ、さっさと家畜舎の方へ歩き出した。

 従者は呼び止めようとして言葉をのみ込み、首を捻りながら客室で待っているベルモンドの所に向かった。


 ――家畜舎の前。

 プラムは、アウラが編んで作ったと思われる大きな編み籠に干し草をふかふかに敷いたプラムの寝床に静かに寝かされていた。

 初夏という事もあり遺体は痛み易い。屋敷の誰かが頼んだのか獣医者か、或いは屋敷の家畜舎の者かが、腐り易い血と内臓を綺麗に取り出し中を洗浄した後、へこんだ腹に綿を詰めたようで生前のプラムを思わせる姿のまま、静かに横たわっていた。

 生前の姿と言ってもアウラを守った時に負った勲章の数々が痛々しかった。

 チッチはプラムが安置されている編み籠の傍に座り込んだ。

「おまえさぁ……何時も何時もよくも俺の尻を噛んでくれたなぁ」

 チッチはプラムの身体に手を触れた。

 冷たい……。


 ――プラムからの返事はない。


「俺は、まだお前を噛んだ事がないのに……何時か仕返しに尻尾噛んでやろうと思ってたんだぞぉ?」


 ――返事がない。ただの屍ねのようだ。


「プラム……何時ものように尻に喰いついてこいよ……なあ? プラム」

 チッチは、アウラが何時もそうするようにプラムの咽喉元を撫でた。

「お前は、アウラのナイトなんだろ? お前の他に誰がアウラと羊の群れを守るんだ? 誰が孤独な放牧の伴をするんだ?」

 チッチは冷たく固くなったプラムの身体を、そっと持ち上げ抱き締めた。

「プラム? 軽いな……俺の尻にぶら下がってた時は、尻がもげるかと思う程、重かったのに……なあ? プラム? 俺はアウラの仇かも知れないんだ……そんな俺に……アウラを守る資格があるのかなぁ。答えてくれよ……なぁ、プラム」


 ――返事が返って来る事はない。


 チッチの左眼の碧眼が、その色に相応しい湖の水面のように熱い液体を蓄えていた。

「いくら話し掛けてもその犬は鳴きませんよ」

 チッチの背後から青年の声が聞こえた。

「アウラお譲様も怪我をされておられます。お譲様の御様子は、もう窺がわれたのですか?」

 チッチは無言のまま首を振った。

「この様子ではレースを諦めるしかありませんね。お譲様もあの御身体では一週間後のレースまでには歩く事がやっと、と言ったところでしょう。それに羊飼いにとって家族であり友であり掛け替えのないパートナーである牧羊犬を亡くされたとあっては、もうレースどころではないでしょう。精神的にも」

「誰だか知らないけどさぁ――。アウラがレースに出場するのが相当、邪魔なように聞こえるんだがだなぁ」

「いやいや、困っているのですよ。シュベルクの街を買い取ろうとする輩がいましてね。その阻止にお譲様は過酷なレースに出場するお覚悟を決められたのです。私もフラング様の所にお世話になっております使用人ですから、シュベルクが誰に買われようと関係ないとは言い切れない人間なのですよ。お譲様は、あのお若さでシュベルクでも一・二を争う程の羊飼いですからね。大きな痛手ですよ」

 チッチは、そっとプラムの亡骸を編み籠に戻し咽喉元をやさしく撫でた。

「レースに出て買収は阻止できるのか?」

「それは無理だと思います。総合優勝の賞金と言ってもたかだかイリオン金貨で三百枚、買収額は三千万枚。どう考えても焼け石に水にですよ」

 チッチは眉間に皺を寄せ難しい顔をした。

「そうだなぁ――。それじゃ無理だよなぁ」

「さあ、ベルモンド様が客室でお待ちです。こちらにどうぞ」

 

 ――後でちゃんと弔ってやるからなぁ。


「じゃあなぁ……英雄(ともよ)

 チッチはプラムの亡骸を、ちらっと横目で見ると青年の背中を追った。


 青年に誘導されたチッチが、正面玄関の所まで来ると大きく分厚い表玄関の扉が平開かれた。

「さあ、どうぞ、お入りください」

 青年がチッチを促した。

「お待ちしておりました。随分と遅おございましたな」

 ベルモンドが、そう言うと手元の呼び鈴を振った。

 金銀の装飾が施され細かい細工の彫り物の施された光沢のある大きく厚い扉が開くと、給仕の者がワゴンにお茶と茶菓子を乗せて静かに入って来る。

「お久しぶりでございます。で、この度はどのような御用件で参られたのですかな?」

「う――ん。ちょっと頼まれた用があってシュベルクの近くに来てたから、アウラとプラムに会いに来た……それと、まぁいろいろランディーの奴から聞いていて様子を見に寄ったんだけど……アウラの様子は?」

「お譲様は、お疲れの御様子で御自分の部屋でお休みになっておられますが、良く眠れないのか毛布に包り時折、眼を覚まされては泣いておられます」

「そりゃそうだろ。プラムはあいつにとって家族も同然だからなぁ」

 チッチは、出された茶と菓子を一気に頬張ると立派な革製のソファから腰を上げた。

「どちらへ?」

「アウラに会いに行くに決まっている」

「お譲様は、酷く憔悴され御休みになっておられます。誰一人部屋には入れず、食事も咽喉を通してません。今はそっとしておいて差し上げる方がよろしいかと」

 チッチはベルモンドの言葉を気にした風もなく歩き出し扉の前で立ち止まった。

「不運な事故だと思うかい? ベルモンドさんは」

「ええ、話を聞いている限りでは不幸な事故としか……」

「俺はそう思わない。気になる事もあるから……それと風呂借りていい?」

「は、はぁ……どうぞ、ご自由に」

「最近、ゆっくり水浴びも出来なかったからなぁ――。血の匂いが染み付いているとアウラが悲しむからなぁ」

 そう言ってチッチは、やわらかい微笑みを浮かべ客室を後にした。


 To Be Continued

最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>


次の更新もお楽しみに!

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