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〜 英雄に誓を 〜 第二部 第二話 

 ☆第二話

 

 ◆英雄(プラム)


 雲一つない抜けるような青空が広がっている。

 アウラは、レースを想定し二十頭の羊をフラングが所有する畜舎から追い出し街の外に出ようとした時、畜舎の管理を任されている使用人に声を掛けられた。

「お譲様! これから放牧ですかい?」

 唇を吊り上げ、にんまりと笑みを浮かべた二十代後半の男は唇を薄ら開いていている。

 その間から白い歯が見え、並んだ歯の間に一か所歯が抜け落ちて黒く見えた。

 思わずアウラは、くすくす笑ってしまった。

「お譲様は、この辺りの羊飼いと違い柵の外にも羊を追って放牧をなされますから、普段柵の中で羊を追っている者たちが、大自然を相手にしておられるお譲様に敵うとは思いやせん。このレースお譲様の優勝で間違いねぇですよ。はぁはぁはぁ」

 歯抜かの男が大口を開けた笑うたびに白い歯が抜けて無くなっている所がよく見える。

「うふふ……そ、そんな事……ありませんよ。くっくっくっ……他の地域からも腕に覚えがある放牧者たちがレースに参加してきますし、柵や飼料になる牧草を撒く土地を確保出来ない山間の街や小さな村はなどは、まだ牧草地のある所まで放牧に出ていますよ」

「それでも、レースの賭け率はお譲様が上位に入っていらっしゃいますですよ。若い娘がレースに挑むってのも話題になっていましたから。ああ! 勿論、私はお譲様に投資しやすよ。実力も良く存じておりますから、はい」

 二十代後半の男がうれしそうに笑った。

 アウラは自分が女だから馬鹿にされているのか、と一瞬思ったが必死にレースに挑む者たちの裏では、やはり巨額の金が動くのかと思うと知ってはいたものの、少し悲しい気持ちになり薄く唇を噛んだ。

 たかだか、収穫祭の催し物でこんなにも賑わうのはこの為である。

 わざわざ遠方から、この辺りの収穫祭を見に来る客の多くは、それを楽しみにやって来るのだ。

 街としては、賭けレース目当ての金持ちや一般の見物客が増えれば物は自然に売れ、特産物の羊毛や織物は土産物として飛ぶように売れるのである。

「プラム!」

 アウラはプラムを呼ぶと、節くれた杖に括られた鐘を小気味良く響かせた。

「ウォン」

 プラムが主の意思を汲み取り、羊の群れを追い立てた。

 ころころ小気味の良い音を響かせながら、刈り取りを待つもこもこの埃を吸い込んで茶色く染まっている羊の群れが動き出した。

「お譲様! レースはもう始まっているも同じです。十二分にお気を付けて行ってらっしゃいませ」

「ありがと」

 アウラが笑みで答えると歯の抜けた男は、にんまりと笑みを浮かべると急ぎ家畜舎の裏へと走っていった。


 屋敷内の家畜舎を出て街の裏通りから、羊の群れを郊外まで誘導して行くと表通りとは随分違う街並みが、アウラの瞳に映し出されている。

 人通りの多い街の本通りを羊の群れを連れて通る訳にはいかない。

 アウラには見慣れた風景。

 本通りのたたずまいとは違う光景が広がる裏通りに並ぶ、石造りの家は何階にも増築され壁の色もまちまちで建てられている家の間隔も狭く入り組んでいる。

 裏通りは荷馬車が、やっと通れる程の幅はあるが、通りを外れると入り組んだ細い路地が蜘蛛の巣のように無数に入り組んでいてシュベルクに住む者でも全ての路地を把握しきっている者は少ない。

 アウラも、また裏通りから外れ路地に入った事など無い。

 裏通りに入れば、悲惨な事が沢山起きる。

 上の階から水や物が落ちてくるなんて事は日常茶飯事、酷い時には壺に溜められた汚物などが頭上から降ってくる事もある。

 運悪く通り合わせれば、全身糞尿塗れになってしまう。

 風向きによっては、表街道まで酷い臭いが漂ってくる。

 アウラは何事もなく無事、裏街道を抜け街の外へとでた。

 アウラはポケットから小瓶を取り出し、小瓶の中に詰められた液体を一滴手首に落とすともう片方の手首で摩るように伸ばし首筋、耳の後ろに馴染ませた。

 やわらかな甘い香りが、ふんわりと広がりアウラの全身を香水の香りが包み込んだ。

 ただでさえ羊を追っていると獣臭さが着衣に移ってしまう。

 アウラも年頃の女の子なのだから、臭いは当然気になるのである。

 何時ぞやの沐浴も全身に臭いが染み付く前に少しでも落としておきたかったからであった。

 お年頃の女の子でもあるアウラは、嗜みを終えると郊外の街道沿いを羊の群れを追って歩いた。

 今日は広野の所々に生える自然栄えの牧草を羊たちに()ませて帰るだけの予定だ。

 二時間弱の距離を歩き、レースに備える事にしていた。

 牧草の生える場所に向うには、街の街道に出て直ぐに大きな通りを横切らなければならず、旅商人たちが行き交う荷馬車が少なくなった時を見計らい馬車を止めて貰って羊の群れが渡り切るまで待って貰うのだ。

 この日もアウラは、荷馬車の往来が少なくなったのを見計らい節くれた杖を天に掲げ『渡してください』と向かってくる荷馬車に意思を示した。

 両側から来ていた馬車の御者が手綱を引き、馬の脚を落として速度を緩めてくれた。

 もう一方から来ている馬車も馬の脚を落としに掛っていた。

 アウラはそれを確認すると、ぺこりと小さい頭を下げお礼の意を示し街道を渡ろうとした。

 羊たちがゆっくりと動き始め街道を渡り始め、プラムが群れを整えながら羊たちを急かすように吠えた。

 アウラが連れて来ている羊は二十頭、それ程街道を渡り切るのに時間は掛らなかった。

 アウラは、馬車を止めてくれた御者に礼の言葉を述べようと馬車の方に向かって歩き出し馬車に近付いた。


 ――その時。


 荷馬車の列の後方から二頭立ての荷馬を引いたまま荒れ狂った馬が、止まっている荷馬にぶつかりながらアウラの方に向かってきた。

「あぶない!」


 ――誰かの声が聞こえる。


 馬車を止めてくれていた御者の誰かの声だろうとアウラが思った時、視界に荒れ狂い向かってくる馬が視界に飛び込んだ。

 アウラの脳裏に『逃げられない、跳ね飛ばされる』と言う言葉が脳裏を過ぎった。

 そう思った次の瞬間、背中に肉の塊のような物が激しく当たった。

 弾き飛ばされたアウラを荒れ狂った馬体がアウラを身体をかすめ、更にアウラの華奢を馬体が弾き飛ばした。

 意識が朦朧としている。


 ――あれ? 私……何が起こったの?


 周りが慌ただしい。

「だいじょうぶか!」

「息はしてる。大丈夫そうだ」

「酷い外傷は無いようだが、医者まで運んだ方がいい」

「ゆっくりだ、ゆっくり! 頭を強く打ちつけているかも知れない」

「ああ、慎重に動かそう。誰か! 良い板バネを着けている馬車を引いていないか」

「俺の馬車を使ってくれ、新調したばかりの荷馬だ。姫様だって乗せられる」

「ばか! 冗談は後にして早く牽いて来い。皆は道を開けろ!」


 ――あれ? 身体が動かない……プラム……は? プラム何処?


 意識が混沌としてよく状況が呑み込めないが、嫌な予感が広がっていく。

「犬の方はどうだ」

「息はあるが……主人を庇って……」


 ――よく聞こえないよ……。


 アウラの意識は、そこで途切れた。


 アウラは大きな窓に引かれたレースのカーテンを通り抜けた、やわらかい日差しで眼を覚ました。

「くぅっ!」

 朦朧とする意識の中で身体を起こそうとして、全身に鋭い痛みが走り身を動かす事も出来なかった。

「お譲様が眼を覚まされた。良かった……本当によかった」

「お譲様……お譲様」

 白髪交じりのベルモンドの声とトリシャが涙声出して見ていた。

「わ……わたしは?」

 アウラは弱々しい声を絞り出した。

「屋敷に知らせてくれた者の話では、お譲様は暴走した荷馬に撥ねられて全身を強打されたと聞いております。医者の話では軽い全身の打撲と擦り傷が数か所。幸い骨には異常がないとおっしゃっていました」

 アウラの声を聞いたベルモンドが、ほっと胸を撫で下ろしている。

「大変な目に遭われましたね、お譲様。しかし、お美しいお顔に怪我一つ打撲一つ無かった事は不幸中の幸いでした。女にとって顔の傷はどんな怪我より気になる傷になりますものね」

 トリシャが真っ赤に眼を腫れ上がらせ、布団の中のアウラの手をやさしく握り締めた。

「プラ……ムは?」

 無言のままトリシャとベルモンドが、眼を伏せ静かに首を振った。

 身体を動かす事が出来ないアウラは、虚ろな紫水晶の瞳を彷徨わせ見渡せるだけの範囲を見渡しプラムの姿を探した。

「プラム!」

 何時もなら名前を呼ぶだけで膝元に来てやわらかい肉球をぷにぷに押し付け顔中を舐め回すプラムが現れない。

「プ……ラム? プラ――ムぅぅぅ……」

 弱々しい声で繰り返しプラムを呼ぶが、一向に姿を見せない鳴き声も聞こえて来ない。

 アウラは声が小さ過ぎてプラムに聞こえてないのだと思い、傷む胸に一杯の息を吸い込み、プラムを呼んだ。

「プラムぅぅぅ――」

 痛みを堪え絞り出した声にならない声で、アウラはプラムを呼び続けた。

 トリシャがアウラの手を強く握り締め眼を伏せるべルモンドも瞼を落とし俯きアウラに告げた。

「お譲様……プラムは最愛の主人であらせられる、お譲様をその命に代えて守ったのです」

「プラムは?」

 ベルモンドの言葉が信じられないのか、信じたくないのかアウラは暫くの間、プラムの名前を呼び続けた。

「お譲様、プラムはお譲様と共に屋敷に運ばれ、お譲様が手当てを受けている間、生きておりました。お譲様の手当てが終わり、お譲様の無事を悟ったのかその後、直ぐに息を引き取ったのです……」

「プ、ラム……」

 ベルモンドの言葉を聞きながら、アウラの紫水晶の瞳が潤み出し涙が今にも零れそうに浮かび上がった。


 アウラの事をよく知る二人が静かに部屋を後にした。

 二人が部屋の扉と締める際、一礼をして扉を閉めると割れんばかりの叫び声と咽び泣く声が扉の外まで響き渡った。


 To Be Continued

最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>


次の更新もお楽しみに!

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