〜 鐘が鳴る 〜 第一部 第十話
☆第十話 〜 鐘が鳴る 〜 終幕。
◆何時ものように
中央校舎の天辺に赤い屋根を四本の石の柱が支えている。
四本の柱の間からは鐘の音が抜け良く響き渡る。
大きな鐘が全部で七つあるのだが、その内で動いているのは何故か四つ。
四つの鐘が、時を知らせる音を響かせると生徒たちは身を正し授業の始まりを待っていた。
アウラは何時もの特等席に座っている。
ただ窓側の席を一つ空けて……。
一般科目ではないこの授業に、チッチが来るとは限らない。
受ける授業は、生徒の自由で自主性に任せる校風がある。
自分の目的や夢などの目標に合わせ効率的に授業を受けられるように考えられている。
アウラの隣に空けられている席には誰も座っていない。
ロッカが来てアウラの隣の座ろうとしたが、アウラはやんわり断った。
アウラが誰も座らせなかったのだ
「ねぇ、アウラ? 元気がないね……昨日の事気になってるの?」
アウラの前に座っていたロザリアが振り向き声を掛けた
「……」
「まぁ、あんな事があったのだから、気にはなるわよね……チッチ、今日は授業に来ないと思うわよ。今朝早くにお兄様と騎士隊がチッチを連れて王宮に向かったらしいから……」
「えっ! それほんと……チッチ大丈夫かなぁ……」
アウラは一瞬驚いたが、顔を伏せたままぴくりとも動かず、僅かに唇を震わせ小声で呟いた。
「まぁ、チッチはただの学生だし軍人ても軍属でも、ましてや騎士でもないんだから、あれはやり過ぎたわね。荒くれ者の盗賊まがいの傭兵と言っても戦時になれば一応、王国の準戦闘員なんだし、全滅させたのは不味かったわね。しかも皆殺しだった事が、なお悪い……後はお兄様がどう計らってお偉いさんを丸め込むかだわ……頑張れお兄様!」
アウラは机に突っ伏したまま視線を窓の外に向け、ぼんやりと外に見える王宮に繋がる街道を眺めていた。
昼食も終わり午後の専門科目を受ける為、アウラは北塔に向かって歩いていた。
遠くから良く知った名前を呼びながら、女子生徒たちの黄色い声が近付いて来る。
「きゃぁ――! チッチ! きゃぁ――、きゃぁ――」
アウラは、その名前を聞いて俯いていた顔を上げ声のする方向に眼をやった。
「チッチ!」
「あっ! アウラ……羊追いの訓練か?」
「ええ、これから専攻科目の授業です……そんな事より大丈夫だったのですか?」
アウラは不安を浮かべた顔をして俯いた。
「何が?」
「王宮……呼び出されたって聞いて……、やっぱり昨日の事で……何か刑罰でも受けたんじゃ……」
両手の指を組み胸の辺りで硬く握ってチッチを見詰めた紫水晶の瞳を何時もより潤ませる。
「う――ん。別に何も無かったけど……こんなの貰った……どうしたんだ? アウラ」
アウラは、チッチが差し出した物には眼もくれず、そのまま俯き消え入るような声で言った。
「……昨日はごめんね……、傷つけちゃったかなぁ……私……」
「何の事だ? 分んないなぁ」
そう言うとチッチは、何時ものように左眼の碧眼を弓のように反らし微笑みを浮かべた。
「わ、私……怖かったんです。血で真っ赤に染まっているチッチを見て……血溜まりの中で微笑んでいるチッチを見て怖くて、悲しくて苦しくて胸が張り裂けそうになって……切なくて……チッチが本当にグリンベルの悪魔なんじゃないかって思えて……私、私……」
アウラの眦から熱い液体が頬を流れた。
「アウラは泣き虫だなぁ、何時も泣いてる」
「……それはチッチが悪いんですよ。私他の人の前では涙見せないです。グリンベルの街を焼かれたあの日に涙は枯れてしまったのだと思う程、泣いた事ないんですから……あの日、チッチと出逢うまで」
アウラは、そう言って両手の平で涙を拭い取るり、やわらかく微笑んで見せた。
その時、チッチが持っている勲章に気付く、先程チッチが差し出した物だった。
「それ……騎士勲章じゃ……」
「そうなの? こんな物貰っても、食べれないから腹の足しにならないのになぁ」
アウラはこの時、まだこの騎士勲章が他の物とは違い特別な意味を持つ事を知らなかった……。
勿論チッチもこの時、何も理解はしていなかったが、自分がこれから、ある世界であの名前で呼ばれる事になる事を知る由もなかった。
「俺が近付くとなんで女の子たちは、みんな逃げちゃうのかなぁ? やつぱり山羊飼いはやっかまれ疎ませるのかなぁ?」
「そ、そんな事無いですよ? チッチ、モテモテだし……でもね? 女の子が逃げるのはね」
アウラは微笑みを鬼の形相へとゆっくり変えていった。
「チッチがいやらしい事ばかりしているからです! それに何時も何時も忌々しい……元へ、如何わしいい夢を見てるみたいな目覚め方をするからです!」
アウラは、小さな両手を腰にかわいく当て頬がはち切れる程膨らませチッチをジトっとした眼で睨んだ。
「何時ものアウラだ」
チッチが何時もの微笑みを浮かべた。
「……ごめんね……怖がったりして……本当にごめんなさい」
チッチがアウラの頭に手を置きやさしく撫でた。
「気にしなくていい。……だけど、あれも俺だ……たぶん」
「うん、チッチの全てを分って上げられないかも知れないけど……でも、チッチはチッチだよね」
「ああ、俺は俺以外の何者にもならない。俺自身に巣くうグリンベルの悪魔にも負けない」
「ありがと……チッチ」
アウラは小声で呟いた後、やわらかな微笑みをチッチに向けて精一杯の声を出して言った。
「さあ! 今日は授業を抜けて軽く学園の外まで羊を追ってレースに向けて足腰の鍛錬に行きますか――、レースは長距離を歩きますからね」
「そう、がんばれ、アウラ」
「なに言ってるんですかぁ――、チッチも……一緒に行くのですよ?」
アウラはチッチの碧眼を覗き込んだ。
紫の閃光が真っ直ぐチッチの碧眼を直視している。
「昨日、みたいな事が起こると大変ですからね……誰かさんのかわいい兎が他の野獣に狩られちゃいますよ?」
アウラは、爪先立ちでチッチの耳元に小ぶりの唇を近付けおどけた口調で耳元で囁いた。
「俺は……朝早くからランディーの奴に起こされて寝むいんだけど……出来たら昼寝――」
「だめです! 何時も寝てばかりじゃないですか! 何時起きているのです? チッチは」
「今――痛い……」
チッチの言葉を遮り、からん♪ と鐘の音色がチッチの頭上で響いた。
「酷いなぁ、まだ何も言ってないのに……」
「じゃぁ、続きを言ってみてください」
アウラは杖を天に向け高く掲げた。
「眠ってない時は起きている」
からん、からん♪ と小気味良い鐘の音が二重に響き音の共鳴が響いた。
無論、チッチの頭上で――。
「早く行きますよ。ナイト様……ふむ? 私の生まれたグリンベルの辺りではナイトの事をシュヴァリエって言ってました。古い王国の領土だった時の呼び名。遠い昔、領土を奪い合い戦の末にイリオン王国と統合し領土となりましたが、今でも地方では当時の言葉を話すから、私はシュヴァリエって呼んであげる」
「どっちも、騎士には違いない。呼び方変えても一緒じゃないのかなぁ」
「違うの! ……私の気分が」
「そうなの?」
チッチは幼少の時から様々な場所を旅して来ている。
旅の道中で知ったのか、シュヴァリエと言う騎士の呼称を知っているようだった。
イリオン王国で騎士はナイトと呼ばれている。
では、と思いアウラは考えシュヴァリエと呼んでみた。
それは、ただ女の子である自分の持つ独占欲の一部なのかも知れない。
――自分だけの特別な呼び名。
きっと、イリオン王国では他の女の子が舞踏会で男の子を誘う時、こう言うだろう。
もう少し大人になってレディと呼ばれるに相応しい年頃の女性や淑女ともなれば、『私と一曲踊って頂けませんこと、ジェントルマン』
でも、学園のうら若き女子生徒たちの殆どが騎士に憧れている。
自分も騎士のランディーは憧れの異性に違いない。
男子生徒も、また騎士に憧れる者が多くいる。
だから、学園で執り行われる舞踏会では、憧れを含み皆こう言うだろう。
『私と一曲踊って頂けませんか、私の騎士様』と……。
チッチは私だけの騎士……。
だから、この辺りでは使われないシュヴァリエと呼ぼう、とアウラは思い微笑んだ。
「アウラには頼もしいナイトがいるじゃないかぁ」
「……プラムのこと?」
「あっ!」
――奴が来る。獲物を逃がさない鋭い眼光を放ち奴が来る。
「ウォン」
「プラム?」
プラムがアウラの横を風のように通り過ぎチッチに向った。
「やっぱり……こうなるのかぁ」
チッチの尻に長い毛並みの尻尾が生えた。
「お前、そろそろ俺の尻から卒業した方がいいと思うぞぉ」
チッチがプラムの首根っこを掴み上げた。
「さあ、行きますよ。私のシュヴァリエ」
アウラはそう言うと、プラムと戯れるチッチを見て、くすくす笑いながら飼育舎に向い歩き出した。
★からんちゅ♪魔術師の鐘★ 第一章 第一部 End。
第二部 〜 英雄に誓いを 〜 に続く。
最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございます。<(_ _)>
★からんちゅ♪魔術師の鐘★ 〜 遥かなる想い 〜第一部 〜 鐘が鳴る 〜終幕。
次回より 第二部 〜 英雄に誓を 〜が始まります。
お楽しみに!