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〜 鐘が鳴る 〜 第一部 第九話

 ☆第九話


 ◆アウラの願い。アウラの不安


 アウラは血溜まりの中、返り血を浴び真っ赤に染まったチッチを抱き締め、細い肩を小刻みに揺らした。

「何泣いたんだ? アウラ? よかったな無事で」

 チッチがアウラを抱き締めようとして、自分の腕が真っ赤な血で汚れている事に気付き、そのまま腕を下した。

「えっ……えぐっ……」

「アウラ……汚れるから……服」

 チッチがそう言うと縋りつき泣いているアウラをやさしく引き離し、ランディーたちのいる方へと歩き出した。

「これが本当の……チッチの姿なの? これじゃ本当にグリンベルの悪魔みたいじゃないですか……お願いチッチ……グリンベルの悪魔に戻らないで……でないと私」

 アウラはすれ違い様に問い掛けた。

「……分からない」

 チッチは、そう言い残しスレイプニルに跨ると、その場を後にした。

 アウラは、ただ血溜まりの野に立ち尽していた。


 馬鉄が大地を掻く音をテンポ良く響かせるランディーたち騎士団の後ろに、ころころと小気味良い鐘の音を響かせ、日焼けと土で茶色く汚れた羊たちの群れが小走りに主が乗る馬を追い掛けている。

「どうしたのかね? アウラ、元気がないようだね。……シュベルクの屋敷の事は聞いている。いや、屋敷だけでなくシュベルク領にとって大変な事と言えるのかな?」

「……」

「お兄様! 今は」

 ロザリアがアウラの顔色を窺がった後、兄を諌めた。

「……シュベルクの人たちの暮らしが今のままなら、変わるのは領主様だけの事です。しかし、シュベルクの街を離れる事になると義理父(おとうさま)のお身体が心配です……」

 アウラは俯いたまま弱々しい声で答えた。

「うむ……では、シュベルクの名を欲し爵位を手に入れる為に、シュベルクを買い取ろうとしている者がいると噂では聞いているが……本当だったのかね?」

「はい。或いは私を(めと)りシュベルク家の婿養子になるつもりかと……」

「しかし、きみはシュベルクの家名を名乗ってないはずでは? それにきみのお父上は既に爵位を譲り隠居の身でもある……」

「はい。私は確かにシュベルクの名を名乗ってはいません。お父様がこうなる事を恐れて私を政略や権力争いから守る為にアウラ・ヴァージニティーのままを名乗るようにとおっしゃって……」

「……で、シュベルクの領地を、いか程で買収しようというのだね?」

「シュベルクは小さな領地です。イリオン金貨で三千万枚、一番信用の高い銀貨、ラナ・ラウル銀貨にして約二億二千八百万枚に当ります……でも、何故? 北に位置する田舎の小さなシュベルク領を?」

「これは私の推論に過ぎないのだがね。そう遠くない先で起きうるだろう、極北の魔物たちを迎え討つ為の拠点に成りうる土地だからさ……或いは隣国との戦に備え、王都を移すかも知れない土地だからね。何れにせよシュベルク領は後に王国が言値で買い取る事になるだろうからな。値が跳ね上がるのさ」

 ランディーは言葉を続けた。

「きみも知るようにあの辺りの地形は近くに山脈を背負っている。極北の魔物は北の山脈を越えてこなければならない。群れが延びる山間で迎え討つ事が出来るし罠も仕掛け易く覚られ難い。隣国に攻め込まれても山脈を背負って戦うのは、こちらにとって有利に働く。敵を背負って戦わなくても済むのだからね」

「そんな……でも、南の隣国ラナ・ラウルは同盟国じゃ……」

「同盟など結ぶに難く、破るに容易い。何処の国も野の魔物の活発化と異形の魔物による被害が増えてきている。この期に乗じて国力のバランスが崩れれば、虎視眈々と国土を広げる算段をしている者もいるものさ」

「……こんな時だからこその同盟じゃないのですか! 私が描いた魔法陣が生み出している魔物は私が何とかします……してみせます。シュベルクは私の第二の故郷です。そんな事の為に利用させません。絶対に……二度も故郷を失いたくないです」

 アウラは下を向くと強く握った拳を見詰めた。

「それできみは過酷な羊追いのレースに出ようとしているのかね?」

 ランディーが、ふと何かに気付いてアウラに言葉をぶつけた。

「はい……優勝者には、かなりの額の賞金と連れ戻った羊の毛や家畜の肉を高値で引き取って貰えます。それにその飼い主の家畜は一年を通じて高値で取引して貰えますから」

「賞金と言っても優勝者で金貨三百枚程度、その後の取引が高値で取引されても多寡が知れている。きみは、まだ学生で沢山の家畜を飼う事が出来ない」

「優勝賞金で牧場を開きます。もちろん私には使命がありますから、それを優先にして人を雇います」

「それでも全然足りない。一年で金貨四百から五百枚稼げたとして、賞金だけでは十万倍、一年後良く稼げたとしても六万倍……金を揃えるには時間が掛り過ぎる。その間に買い取られるし、恐らく戦は始まるかもしれない」

「わ、分ってはいます……でも、ただ何もせず見ている事なんてできません」

 アウラは小さな拳を硬く握り、薄い唇を噛みしめた。薄っすら血が滲む程に……。

「それにしても山羊飼いの彼は凄まじいね。たかだか半年だ。半年私が稽古をつけただけであれ程の戦闘能力を発揮するとは正直思わなかったよ。あれも循鱗の恩恵か……味方に付けて正解だったよ」

「ラ、ランディー様が……チッチを……」

 アウラは呆けた顔でランディーの顔を見上げた。

「ああ、私が鍛えた。元々辺境を旅してきた彼だからね。ある程度、戦い方は知っていたが、所詮は素人だったがね。私も彼の本気を初めて見たよ。何と言ってもあの性格だから、本気を見せた事など一度もなかったんだがね」

「……」

「これもきみが描いた魔法陣に近付く為だよ。アウラ、グリンベルの街があった地域は今、生み出される異形の魔物の巣になっていてね、まともに近づく事など出来ないんだよ。正面から向かうなんて言うのは自殺行為さ。誰も成し得なかった魔法陣を組上げられた陣は、それを描いたきみにしかその魔法陣を解除する事は出来ないだろう。陣を解除する間、魔物たちからきみを守る為さ」

「でも! チッチは……あんなじゃなかった……」


 ――血溜まりで微笑むチッチがアウラの脳裏に蘇った。


「アウラ? これはね、彼を守る為でもあるんだよ。彼の体内の循鱗は彼の身体を蝕む……違うかね?」

「そ、それは……」

 アウラは顔を、くにゃりと崩し複雑な表情をした。

「隠さなくてもいい。彼の封印を解いたせいで彼の右眼はあのようになってしまった。あれはグリンベルを焼いたドラゴンに蝕まれた証拠だろ? 彼は力が馴染んで来ていると言っているがね」

「……」

「彼自身を強くする事で、循鱗の封印を解かずに敵と戦える戦闘技術と循鱗を自分の意志で封じ込め、使いこなせるだけの精神的な強さを彼に持って貰う為なんだよ」

「でも、チッチは何時も戦う事を避けて来たのです。それなのに……いくらチッチの身を安じての事だとしても、戦の駒にするなんて酷い……」

 アウラは精一杯の抗議の言葉を述べた。

「そうかも知れないが、魔法陣を解除する際、彼にはきみを守って貰わねばならん。無論、私も守るがね」

「私を守る?」

「そうだ。今のきみでは暴走しグリンベルの悪魔と化した彼には勝てない。禁術書の解読もまだ半ば、きみもグリンベルの悪魔を討てるだけの魔術を習得していない。違うかね」

「ち、違いません……」

 アウラは小さな拳を握り締め俯いた。

「きみがグリンベルの悪魔を討てる魔術を習得するまでか、或は他の誰かでもいい。その時までに彼と循鱗に暴走されては困るのだよ。こちらとしてはね」

「そして、禁術書の全てが解き明かされた暁にはきみか、それを出来る者に彼を討って貰う事になる」

「えっ……」

 アウラはランディーの言葉に言葉を失った。

「彼のように強力な力を持つ人間がいては人の世が困るんでね」

 ランディーは薄い笑みをアウラに向けた。

「ウォン」

 羊たちを追い前を歩いていたプラムの吠える声を聞いたアウラの瞳に学園の塔が映り込んだ。

 チッチは学園に戻っているのだろうか、とアウラの胸に不安が過った。


 To Be Continued

最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございます。<(_ _)>


次回をお楽しみに!

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