〜 遥かなる想い 〜 プロローグ
★からんちゅ♪魔術師の鐘★ 〜 グランソルシエールの禁術書 〜を御愛読くださった読者様、誠にありがとうございました。
前回伏せていた山羊飼いの少年の名? も登場します。
疎まれる山羊飼いが教会の教えが定着した街で暮らせる訳もなく離れ離れになったアウラと少年はその後…
☆第零話
◆炎の逃走
何で追われてるのかなぁ? 俺――。
……と言っても追われているのだから逃げるしかない。
――無数の馬鉄の音が地鳴りのように響いている。
山羊飼いなんて、遠い昔から辺境の土地まで幾度となく追いやられて逃げているのだから仕方ない。
今日まで、そんな歴史の中を逃げ延びながら今も旅を続けているのだから……。
と、言っても今回の奴らは、やたらにしつこい。
毎度毎度、飽きる事無くよくやるもんだ。
「そっちに逃げたぞ! 囲め! くれぐれも山に逃げ込ませるなよ」
俺の動きを良く理解している。
「奴はこちらの気配を正確に感じ取るぞ。馬を走らせ馬鉄の音で撹乱しながら追い詰めろ」
半年近くも追い掛けられりゃ、そろそろこっちの逃走パターンを解析してるかぁ……。
よし! もう少しで山肌に取り付ける。
ころころ小気味の良い鐘の音色を響かせ追随してくる旅の連れに眼をやった。
短い角を頭に生やし、面長の顔の顎先に立派な白い鬚を蓄え、つぶらな愛くるしい眼の中には黒く四角い瞳が主の背中を見詰めている。
岩が剥き出しになっている岩肌の段差に少年が駆け登った。
岩肌から突き出した岩を足場に軽快に上へ上へと駆け登って行く。
旅の連れたちも各々岩肌の足場を蹴り、次の足場へと飛ぶように駆け登って行く。
追ってきた馬では、この斜面は登れない。
馬を下りて登るにしても重い装備が邪魔をする。
甲冑を脱ぎ装備を解いて登ったとしてもあの山羊飼いの少年には届くまい。
「えぇぇぇ――い! 逃がしたか! 毎度毎度、あと少しというところでぇ――」
「副官殿!」
「隊を立て直せ! 隊長の隊と合流する。我等は三隊に分かれ山羊飼いを追う。一隊は斜面で山羊飼いの動向に眼を見張れ! 残る二隊で左右の尾根から挟み込む。逃げ場を作るな!」
「アイサ――!」
「散開!」
副官の号令と共に部下たちは下された作戦を迅速に行い、馬の手綱を引いた。
山羊飼いの少年が、にんまりと微笑みを浮かべた。
小高い山の中腹にある道までは後僅か。
回り込まれる前に辿り着き、更に山を登って越える。
大きく裾野を回り込まれても何処の地点に下りるかなど、山羊飼い次第である。
山羊飼いの手が切り立った山道の縁を掴んだ。
「ふぅ――。今回は危なかったなぁ――。何とか上手く逃げる事が……でき――」
「随分と遅かったじゃないか山羊飼い。待ちくたびれたぞ。グリンベルの悪魔」
山羊飼いの少年を金髪金眼の二十前半の若い騎士が見下ろしていた。
山頂から吹き下ろす風にマントがなびく度に、血のように赤い裏地が見え隠れしている。
旅の連れたちが続々と道の上へと駆け上がって行く。
「はぁ――、ランディー……お前て暇なのかぁ? 半年も俺を追い掛け回しやがって」
少年は碧眼を弓のように反らし微笑んだ。
「暇ではないのだがね。きみを捕まえる為に随分時間と労を費やしたよ」
「お陰で俺は、夢に近付く事を諦めて逃走を繰り返す羽目になったけどなぁ」
「素直に捕まってくれたなら追わずに済んだのだがね」
「追われりゃ逃げる。人間の心理だ……で、何か用か?」
「まぁ、そんなところだ」
ランディーが山羊飼いに手を差し伸べた。
少年がその手を取るとランディーは少年を山道へと引き上げた。
「そんなところでは何だからな」
「ありがと。用があるなら早くそう言えばいいのに」
「俺の顔を見るなり逃げたのは何処のどいつだ」
「知らないなぁ……で、用ってなんだ」
「率直に言う。山羊飼い! きみの力を貸してほしい」
「俺のじゃない。循鱗のだろ?」
ランディーは唇を吊り上げた。
「それが一番良いのだがね。封印を解けば、きみの身体にも俺の心身にも悪いんでね」
「はぁはぁ――ん。封印を解くにはアウラと『チュ――』するからなぁ」
「現段階でもう一人封印を解ける人物はいるのだがね」
「う――ん? だれ?」
「ソルシエール殿だ。封印を施した張本人であり、北の神殿では封印を戻した」
「……ばばぁじゃん」
「見た目は二十代半ばから後半だぞ? それに実にお美しい御方だ」
「……でも、六百歳は楽に越えている。もしかすると……何千年かも知れない……大おばばじゃないか――痛てぇ」
山羊飼いの頭に衝撃が走った。
「誰が……ばばぁだって? あん! おばちゃんまでは許してやってたんだ。でも、これからは、お姉えぇさんとお呼び!」
ソルシエールが唇の両端を吊り上げ、拳を震わせながら額に血管を浮き上がらせ見下ろしている。
「人には出来る事と出来ない事が――痛てぇ」
「呼べるだろ? クソガキ!」
「は、はい……お姉様……その代り悲しい事があったり、寂しい時は、その豊かな胸の谷間で泣いてもいい?」
「やだねぇ――、この子ったら……狼妻だよ? 私は旦那一筋なんだよこう見えても……」
ソルシエールがほんのり顔を赤らめて頬を両手で押さえた。
「で、強力して貰えるのですかな? お二人とも」
ランディーの言葉にソルシエールは後ろで乱暴に纏められた桜色の髪を掻いた。
「私は協力できないね。あんたらの後ろに教会がいる限り私たちは相容れぬ者なんだよ? 私たち魔術師と教会の因縁は、そう簡単に無下にできるもんじゃないさね。何処の国でも魔女狩り、悪魔狩り、獣憑きと言っては、審問という名の処刑を行なってきた教会が、今になって魔術師の力を『神の奇跡』にしようと言うのは、ちょっと調子が良過ぎる話じゃないかい?」
「それは御尤もですな。言い訳のしようもありません……ですが、今の状況を見過ごす訳にも行きますまい。あなたにとっても」
「ちっ! まったく……鼻の利く奴だよ。騎士殿は……」
「西のカリュドス帝国、南東のラナ・ラウル王国の動き活発化しております。何処まで本音か解り兼ねますが、カリュドスでは魔物対策にと遺跡を掘り起こし古の巨神を復活させる動きが、勿論、魔術など隣国を制圧する度、国土を広げ武力と魔術の使い手を集めているとか、大国ラナ・ラウルでは、歴戦の騎士や傭兵を集め守護者ギルドを立ち上げ、そこには魔術師も……精霊と契約して行使する魔術を扱う者も多くいるとも聞いております」
「私には政などに興味はないさね。長い間生きてるとね。嫌という程同じ事を繰り返す馬鹿者どもを見てきたさね。戦争は政の一部さね。結論として協力は出来ない。悪いけど、そちらに就いた魔術師の事は私なりのやり方でけじめをつけるさね。それに極北の氷土にと閉じ込めた魔物を解き放とうと画策している奴らもね」
ソルシエールが渋い顔をして頭を掻いた。
「では、羊飼い。きみはどうするね?」
「ちょっと待ちな! あの子はドラゴンの循鱗を体内に宿しているんだ。下手に介入させると微妙な国同士の力関係がいっきに崩れるよ」
「あなたの場合もですよね? ソルシエール殿」
「まあね。私や風狼も同じさね」
「彼は循鱗を使わなくても使えます。気配を読み取り感じる力、それに人並み外れているずば抜けた身体能力、空間把握能力、俊敏性、知性。私が一年、いや、半年で立派な戦士にしてみせますよ」
ランディーは不敵な笑みを浮かべ、山羊飼いの少年に向き直った。
「あんた……この子を――」
「……」
ランディーが唇を更に吊り上げた。
――その時、一人の部下が慌てた様子でランディーに近付き報告を告げた。
「隊長! 山羊飼いに逃げられました」
「やれやれだな……お前たちは何をしておったのだね。直ぐに探せ! 少年の山羊は、まだ近くに潜んでいるはずだ。探し出せ、何としても身柄を拘束するんだ」
「「はっ!」」
ランディーの命令で部下たちは一斉に散り山羊飼いの姿を探し始めた。
「あっはぁはぁはぁ……してやられたねぇ、騎士殿! 隣国までその名を轟かせている高名な“名も無き赤の騎士団(ブラッディ−・レッド)”を手玉に取るかい! あのガキは」
ソルシエールは大声で笑った。
「これでお解りかな? ソルシエール殿」
「まぁね。私も組むならあのガキと組むさね……それともう一人……まだまだひよっこだけど現役のソルシエールとね」
「独り占めですかな?」
「まぁ、そうするかも……だけの話さね。代わりと言っちゃ何だけど、かつて魔物と一線を隔した神々(モノたち)――。
風狼やグリンベルの悪魔だけじゃないよ。不死鳥・大蛇・べヒモス(ハバムート)など他にもいるさね。皆、人と何らかの繋がりを持っている者たちだ。それぞれがどんな相互関係にあるかは知らないけどね。それらを探すのも一つの手段さね。まぁ、味方になってくれるとは限らないし、遅かれ早かれ他の王国も嗅ぎ付けるだろうさね」
「貴重な情報痛み入ります……が、先ずはあの少年を手中に治めておきます」
ランディーが強張らせていた表情を不敵な笑みに変えた。
「山羊たちを見捨てて逃げるとは、ちょっと残念ですけどね」
「そうでもないさね」
山道から山の頂上までの中程にある岩場に少年が姿を現した。
少年は口に指を銜えると大きく息を吸い込んで、思いっきり吐き出した。
それを合図に山羊たちが一斉に岩肌を駆け上がり始める。
「じゃなぁ――。ランディー」
山羊飼いの少年は木霊を残し姿を眩ました。
To Be Continued
最後まで読んで下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
次回をお楽しみに!