第八十二話「崩壊」
「……こ、これは」
……少なくとも、俺の予想していた相手の戦力だけは正しかったようだ。
ディザイアには……瓦礫以外何もなかった。天然の監獄と呼ばれた島を囲む自然のいっさいない山々も欠けたように一部が崩壊している。
「ディー……大丈夫か?」
その中でも、ひときわ大きな瓦礫で座り込んで隠れていたディーの震える肩を叩いた。
「……タクミから聞いていたけど……ここまでとはね」
頭を抱えて、嘆くように言葉を漏らす。
……ディザイアは今、襲撃の可能性があるということで別の監獄施設に犯罪人を移送する手続きをしていた。
だが、その移送中に襲撃が発生。俺の言った通り極力戦わず、逃げることに専念してくれたため、多少は犠牲を少なくできたのかもしれないが……。
「おい……拓海。あれを見ろ」
「うそ……だろ?」
いや……逃げても無駄だ。その根拠が、瓦礫の山の上に佇んでいた。
すでに動いてはいない。実物を見るのも始めてだ。だが、そのシルエットはあまりにも有名で、あまりにも理不尽だった。
「戦車……だよな?」
疑う余地もない。巨大なキャタピラに迷彩柄の鉄製の車体。細長いと思っていた主砲は思っていたより図太く、ずっしりとしていた。
ここが異世界と呼ぶにはあまりにもかけ離れすぎていて、俺達は唖然としていた。
しばらく呆然とその光景を眺めるしかできなかったが、俺は正気を取り戻したように立ち上がる。
「ちょ、ちょっと!! 見つかるわよ!!」
「……いや、あの戦車にはもう誰も乗ってない」
俺は、その鋼鉄の車体に向かい足を向ける。
その車体はひんやりとしていて、動きが停止してからの長い時間を思わせる。
「……信じていいんんだよな」
俺はそう呟き、その車体への侵入を試みる。
鍵などはされてなく、容易にその中へ忍び込めた。
当然中に誰もいない。あるのはアニメやドキュメントなどで見た映像通りの機器の数々。
動かせないかと少し思い色々扱ってみるが、うんともすんとも言わない。不用心に鍵も刺さったままになってたが、エンジンはかからない。
……仮に動いても操縦できるのだろうかとも思うが……おそらくそれは問題ない。
なぜなら、俺には今戦車の操縦方法が本能的に理解できるからだ。
……中の機材は全て英語。書いてる意味もよくわからない……はずなのに、なぜかわかる。
「……ゲームだったら、知識のない戦車も動かせる……ってことか」
これで、この戦車が現実世界から持ち出したものではないことがわかった。
この世界は異世界がRPGツクレールの世界になった。故に、本来現実ではありえないことに対する順応性が発生する。
そりゃそうだ。ゲームでは練習せずとも最低限戦車を操ることができるのだから……。
俺は、戦車の残弾数や、ガソリンの量を調べられないか確認してみた。
「……残弾はゼロ……ガソリンもない」
流石に戦車のことについては語れるほど詳しくもないけど……戦車アニメの浅い知識で言えば、割と古いタイプの戦車ということはわかる。
「おーい! どうだ?」
外から健司の声がしたので、俺は車体から身を乗り出した。
「思った通り誰もいない。それに残弾もガソリンもない……」
「ガソリンエンジン……か」
あ、そういえばあの戦車アニメ「レディーズ&パンツァー」は健司結構好きだったよな?
「この戦車のことわかるか?」
「僕も専門家ではないからわからないけど……ケニちゃんだな。ティーガーⅡ……ドイツ軍のVI号戦車だ」
ああ。確か愛称がケーニッヒス・ティーガーで、その戦車に乗った女の子がケニちゃんとつけたんだっけか?
スピカ……いや早紀があのアニメを見てたかどうかはわからないが、俺もどっかで実物の写真か映像を見たことある気がするから、ドキュメントとかなんかの本で見たのだろう。
……怒りで手が震える。
いや……感情的になるな。冷酷だろうがなんだろうが事実を認識しろ。じゃないと、あいつを助けることはできない。
堪えろ……まだ……まだ大丈夫なはずだ。
「……クソっ! ゼクスはどこにいるんだっ!!」
感情をむき出しにする健司のお陰で、俺は返って冷静さを保てた。
「……戦車を補給せず乗り捨てたってことは、そもそも銃弾やガソリンを用意できなかったってことだ」
……ガソリンは一般人には直接目にする機会が少ない。いっそスタンドでも作ればできるのだろうが、創造できなかったんだ。
戦車の弾もそうだ。戦車は知っているが、弾そのものは見たことがない。発射しているところは見たことあるかもしれないが、あんなもの視認できるレベルではない。彼女は戦争物なんて興味なかっただろうし、どういったものかは想像できなかった……。だから、弾の入った戦車を作ることはできたが、弾そのものは作れなかった……。こんな状態になれば作った端から乗り捨てていくに決まってる。
「……戦車がまるで雑魚扱いだな」
逆に元朝鮮軍が使ってたという核ミサイルは歴史の教科書にも出てくるから、創造ができるわけか……。
まぁ、ガソリンにしろ砲弾にしろ一から新しく生成するという方法もあるんだろうが……新しく作るのであればもっと凶悪なものを作––––––。
「おい!! 拓海っ!!!」
胸ぐらを掴まれ、無様に瓦礫の壁に押し付けられる。
「お前はっ……お前は自分の恋人が操られ、意もしない殺人兵器の量産工場にされているというのに何も思わないのかっ!!!」
「っ––––––––!!!」
その腕を、俺は捻り上げた。……親友の骨の軋む音すら聞こえるほどに力が入ってしまう。
「…………俺が、本当に何も思ってないと思うか?」
「……わ、悪い……そんなわけないよな」
本当は……悲鳴をあげたい。苦しいほどの思いを吐き出してしまいたい。怒りでそのあたりのものを全部ぶっ壊してしまいたい。
だけど…………それじゃダメなんだ。
こうなることが確定した未来である以上……俺はそれを認めた上でスピカを救う。
運命の破壊者の効果は俺が一番よく知ってる……。ここまでの未来は確定したもので、破壊することはできない。
……描かれたストーリーには、破壊できない確定事項……建物の柱のようなものが必ず存在する。そこを破壊してしまえば、ティエアという世界の根幹が崩れ、崩壊してしまう。
運命を変更するなら……確定した部分を変更せず、一部のみを変更する必要がある。
例えば、Aという人物が死んだという過去を変えたいなら方法は二つだ。
まず、俺が助けられたように、心臓が止まってから回復する。世界にとっては死は心臓の停止……だから、そこからの復活は許されている。なぜなら、ゲームでは死からの復活は許されている。生物学にも心肺停止からの蘇生はあり得る話だ。
そしてもう一つ……それは…………。
「グロリアルレイ」
「っ!!」
光の矢が放たれれ、俺の後方を鋭く焼き付けた。殺意を反応できなかったら死んでた……。
冷徹に放たれた氷のような冷たい光。……その光の先に、そいつは立っていた。
「……大したものですね。殺すつもりだったのですが…………」
「セナ……やはりお前か」
銀色の髪を揺らして、赤い笑みを浮かべた。
「……結城拓海……カイン=アルマーク……悪」
呟くように、確かめるように俺の存在を認識する。
「…………お前がゼクスに加担しているのは……姉を俺に奪われた怒りからなんだな」
「そうだっ!! アンタなんかが……アンタなんかが姉様と一緒にいていいわけがないっ!!!」
「だから俺に加担したミスラを殺そうとした…………」
セナはゆっくりと眼を伏せ唇を噛みちぎる。
「……説得はした……だけど、ミスラはゼクス様に協力しなかった」
ミスラは……セナがゼクスに協力していたのを知ってたのか。
「それどころか……私にタクミの協力をするように言った……そんな悪魔に生きる価値などない」
おそらく、セナがゼクスの悪事に気がついてくれると思っていたんだ……セナを……信じていたんだ。
その信頼を……こいつは裏切った。
「そして、貴様に加担する創造神も許さない…………全てを破壊し、この世界をやり直す」
「本気でそんなことできると思ってるのかっ!?」
「できるわ……ゼクス様は次の創造神は私と言ってくださった」
っ! ……なるほど。これが彼女がゼクスに協力している理由か。
「創造神になれば……姉を復活できると思ってるのか」
「そう……本当の意味でのヒロインの復活……あんな星井早紀とかいう偽物なんかじゃない。正しい姉様の復活を…………」
「君の姉はそんなこと望んでないっ!!」
「貴様に何がわかる!!! 貴様のような極悪人にっ!!!」
そこで、今度は健司が前に出てきた。
「僕もスピカはそんなこと考えていないと思う……スピカはそんな子じゃない」
「……スサノオの生まれ変わり……神宮健司か」
健司のことも知っていたか……いや、当然か。唯一ティエアを変えることができるスサノオには注意をしていただろうから。
「貴様がきたところで、もう遅い…………もはや運命は確定した」
その時だった…………。
明らかに異世界とは違う、機械の軋む音。SFロボットの稼働するような音と、瓦礫を払いのける轟音が響き渡る。
「お前らはここで死ぬ……そして、私が新たな神となるのよっ!!」
「この、偽の姉様の脳を持った…………機械人形でね」




