第八十一話「異世界の剣は主人公のためにある」
……猫獣人族の里での作戦会議の後、俺達を迎えてくれたのは小さな少女だった。
「タクミーーーー!!!」
純白の尻尾が、ちぎれんばかりに左右に激しく振られる。涙目になりながらも嬉しそうに俺を抱き寄せてくるその姿は、飼い猫が甘えてくるようでなんともくすぐったい気持ちになる。
「ってか嬉しいと尻尾を振るのって犬じゃなかったっけ?」
疑問に思いながらも、なすがままに抱かれる。……そんな俺を見て健司が軽蔑の目を向ける。
「拓海……もしかしてお前ロリコンだったのか?」
「ちっ、ちっげーよ!!!」
「だったらその子はなんなんだよ……まさかお前の子供とか言うんじゃないだろうな?」
俺が、どうごまかしたものかと考えてると…………。
「フォルはタクミの婚約者なのニャ!!」
「…………さてと通報通報っと」
「まてっ!! 誤解……じゃないけど誤解だっ!!!」
親友の目はマジだ。完全に俺を観る目が犯罪者を見る目に変わった。
「……不潔」
ものすごくおぞましい何かを見るように法の女神に睨みつけられる。
「テュール!! お前はこの世界の事情くらい知ってんだろ!? フォローしてくれよ」
「え……えっと……タクミさんとフォルちゃんは、健全なお付き合いをしているので大丈夫ですっ!!」
「ペル!! それフォローになってない!!」
花の女神はオロオロしながらどうやって俺をフォローしようか考えているが、完全に裏目に出ている。……まぁペルにこの手のフォローは難しいだろう。
ちなみに、現在ペルは猫獣人族の里に拠点を移している。神の領域でもいいが、あそこはフレイアの領域でもある。ペルが単独でいる時に襲われたら終わりだ。というわけで、じいさんに守ってもらっているってわけだ。
「と、とにかく。俺は悪くないっ!! ちゃんと健全な––––––––ん? どうした無銘」
無銘はじーっとフォルの顔を見つめる。
「フォル……記憶検索…………タクミの愛人と確定」
そんな俺にトドメの一撃を無銘が決めた。
「…………汚らわしい」
「もう……勘弁してください」
「……なるほど、つまりは拓海はロリコンというわけだな」
「ちっげーよ!! だからフォルは婚約を結んだだけで全然不純な関係じゃないから!! 健全だからっ!!!」
「でもフォルちゃんもそうだが、早紀ちゃんもかなりのスレンダー体型じゃなかったか? 身長も高いほうじゃないし」
うぅ……確かに、早紀の身長は153cmだったな……182cmの俺にとってはロリみたいなもんだ。
「た、確かに早紀は慎ましやかな体型だが……決してないわけじゃないぞ!? ……見たことないけど」
必死に弁明してみるが、どうあがいてもロリコンの称号を剥がすのは難しい。……アイツどうフォローしても貧乳だしなぁ……どう多く見積もってもAだし。って、会話が不健全すぎるっ!! いい加減にこの話題をやめさせないとっ!!
「そんなことよりっ!! ここに来たのはお前の刀を取りに来たんだろうが」
この猫獣人族の里……さらには今いる神殿に来たのは、そういう理由だ。
「……そ、そうだったな……天叢雲剣。確か古代日本風の両刃剣だったが……」
そうなんだよなぁ……健司からしてみれば……いや、普通の人間からしてみれば、そういう剣なんだよなぁ。
「……健司、そっちを期待しているなら諦めろ」
「? 拓海はその天叢雲剣を見たことあるのか?」
実は、じいさんに一度だけ見せてもらった事がある。だいぶ前の話になるが……。
「……健司、実はそこに祀られているのが天叢雲剣……別名、クロスレイ・ソードだ」
「ほう……これ…………がっ!?」
さすがの健司もびっくりしたようだ……このゴテゴテの厨二病感満載のかなり機械的な大剣に…………。
「十本の剣を組み合わさった剣……戦闘中に分離させてダガーナイフサイズの剣を投擲することもできるし、組み合わせて重量級の一撃を加えることも出来る」
さらに魔力を加えて十方向からのマルチアタック。……二つに分離させての二刀流や、どっかのロボットアニメのように柄側にも刃を組み付けるツインソードモード。さらにツインソードモードと剣一本を組み合わせた弓。ソードアローモード…………。
とにかく、これでもかというくらいに何とかモードを組み込んだ完全な魔改造……。いい歳して自分をアトゥムとか名乗っちゃうお母さんの趣味を組み込みまくった、普通なら完全な黒歴史…………。
以前鼻息荒くこの剣について語った創造神のせいで特徴はすっかり覚えてしまった。……まぁ、そもそもこの世界の元となるティエアストーリーズは彼女が中学生の時代に作ったものなんだけどな。
おそらく十拳剣という本来剣の総称である言葉から、こんな魔改造剣を作り出したのだろうが……まったく、十拳って十本の剣って意味じゃなくて長さの話なんだけどなぁ……。
クロスも多分ローマ数字のXと漢数字の十からかけてつけた名前だろうが、完全に発想が厨二病のそれだ。
まぁ、俺も健司もこういう趣味は嫌いではない。……がこんな剣、実際使うとなるとめんどくさい。
確かに、有名なRPGゲームの主人公がこんな剣を使いこなしてたが……実際に使いこなすのとは話が別だ。ってか極めれば普通に刀使ってる方が強いって可能性も出てくる。
仮に使いこなしたとしても、変にギミックを組み込んでるだけにどう考えても脆いからだ。
つまり……こいつを使いこなすなら、“剣十本を片手で持っても軽々と振り回せる筋力”“マルチプル攻撃も行える空間把握能力”“それを行うための膨大な魔力と適正”“高度な状況把握能力”“状況把握から即座に行動に移せる反射神経”“気が遠くなるほどの修練”という人間やめるほどの条件が“最低条件”である。
しかも、その最低条件をクリアしてもなお「普通に刀使った方が強い」可能性もあるのだ。……だが。
もしかしたら、スサノオはこの剣を使いこなしていたのかもしれない……そう思って健司を連れてきたのだが…………。
「……不思議だ。こいつの使い方がわかる気がする」
……なるほど。これが運命の力ってわけか。
この剣は武術を多少でもたしなんでいる奴なら、無駄が多すぎる事はわかる。仮に十本の剣を振り回せる腕力があるなら、刀でその腕力を生かせば、異次元の剣速を実現できるからだ。
まさに「当たらなければどうと言う事はない」ということだ。だったら、より確実に攻撃を当てることができる剣を選ぶべきだ。
……だが、もし運命とやらにこの剣を使う事が定められていたとしたら……そんな当たり前を跳ね返せるかもしれない。
「どうだ? 使えそうか?」
健司は祭壇に祀られていた剣を引き抜いた。
「……コード解放……須佐男」
俺との戦闘の前に唱えた呪文を唱える。すると炎のように赤く、稲妻のように素早い二つの特性を兼ね備えた炎がバチバチという音を上げ光る。
炎雷……炎による破壊力と、雷の素早さの複合攻撃。要するに二つのいいとこ取りということらしいが……実際戦った俺からしてみればチートもいいとこだ。
闇落ち中の記憶はかなり曖昧なので、わからないところも多いのだが……それでも炎雷のチートっぷりは肌で感じた。特に豪雷閃と名付けられた最後の居合術。……音速なんてレベルじゃなかった。まさに光速に届きうる一撃。普通の人間なら見るどころか“刀を抜く前に切られた”って感覚だろうな。
それを超えた俺の奥義も悪くはないんだろうが……あんなもんほとんど偶然だ。次やったらどっちが勝てるかわからない。
「……ちょっと試してみるか?」
俺は刀の柄に手を置いた。
「ああ、頼む」
––––––––と、言うわけで軽く剣を交えて見たわけだが……。
「……やっぱり拓海はすごいな。勝てる気がしない」
「そりゃそうだ。いくら記憶があるって言ってもすぐに使いこなすのは無理がある」
とは言ったものの、こいつ初めてとは思えないほど使いこなしてやがる……。どう少なく見積もってもこの間刀で戦った時より隙がなく強くなっている。
完全に使いこなした時は、本気で勝てるかどうかはわからない。居合術だった健司の俺との戦いで最期に放った技”豪雷閃“も、きっちりアレンジして大剣でも再現しやがった。
……と、いうかあの技は、おそらくこの剣を使うために考案された物だろう。抜刀の鞘走りで再現された豪雷閃はおそらく、本来は十本の剣を操るための物だと思う。
レールガンは本来、磁力の力で弾丸を打ち出す銃だ。豪雷閃はその弾丸を加速させる要領と炎の爆発力で剣を加速させた。
対して、磁力で無数の剣を操る無双雷陣という新たに作られた技……そして、その技を併用した空間攻撃……。
速度の問題や強度についても、きっちり魔法でカバーしていた。……空中の剣もジェット噴射のように加速させていたし……まさに、炎雷のための剣だったというわけだ。
それに……さっき健司が見せたスサノオの奥の手……結局、失敗してその隙を突かれて俺の勝ちとなったが、完成したらとんでもない切り札になる。
「……できれば僕も練習したいところだけど……そうも言ってられないな」
「そうだな……」
もう、時間もない。こうしている間にもスピカは…………。
だが、運命によって、スピカのラスボス化は変更できない。これはスピカが敵の手に落ちたことで確定している。
なので、俺達はスピカをラスボスから元に戻すしかない。
そのための最低条件はいくつかある。
1;スピカを殺さずに奪い返す事。
2;スピカを元に戻す方法を探す。
3;絶対支配能力の操作権限を消す事。
2と3の条件は今、ペルが全力で探している。なので、俺達はスピカを生きた状態で取り戻す。
だから、俺達はスピカを全力で取り戻すしかない。
そう……たとえ、世界を騙すことになるとしても…………。
準備を終えた俺達は猫獣人族の里を後にするため、里の入り口でフォルとじいさんに見送られている。
戦力的にじいさんが抜けるのはかなりの痛手だが……もしものための守りも重要だ。その時はじいさんの力がこの里には必要となる。
「フォル……行ってくる。絶対、スピカを取り戻してくるよ」
フォルの頭を撫でて、笑ってみせる。
「……スピカ?」
そうか……フォルには詳しいことは言ってないんだったか。
「スピカは、タクミの隣ニャ」
「っ……フォル」
「ずっと一緒……スピカとタクミは超仲良しなのニャ」
そうだ……あいつはずっと俺と一緒にいなきゃいけない。
あいつは……必ず再び俺の隣に立つことになる。
「……無銘。お前はここに残れ」
「……なぜ?」
無銘は無垢な表情で首を傾げる。
「……君はまだ、戦える状態じゃない。危険な場所に向かわせるわけにはいかない」
「無銘……強い。黄泉比良坂を超えたことによって、力を得た。すごく強くなった」
強くなった? ……そうか、坂の正体は現実世界で修行を行うことに長けている恐山。あの坂を越えることが、力を得るきっかけになったのか。
しかもティエアと違って、現実世界は偽証はされていない。だからレベルを得ることができた……か。だが…………。
「それでも、君にはここにいてほしい……いいな」
「…………わかった。タクミがそこまで言うなら、指示に従う」
「ああ……ありがとう」
その時だった。
「師匠!!」
デュランダルが真っ青な顔をしながら駆け寄ってくる。
「何かあったのか!?」
「ディザイアが……ディザイアが崩壊したである!!」
「なにっ!?」
一応ディーに監視をしてもらってはいたが……まさかここまで早いとは…………。
「ディーは無事か!?」
「大丈夫である。師匠の言った通り念のため監獄から離れた場所で監視していたから…………だけど、ディザイアを守護していた衛兵ほか投獄されていた犯罪者計七十二名が死傷……もしくは重症である」
「……なにっ」
まずい……奴らの行動が早すぎる。俺の推測していた奴らの計画なら、もっと時間がかかると思っていた。
「デュランダル……頼んだぞ」
デュランダルは強くうなづき、俺が事前に頼んであった作戦に移行するため走り去っていく。
そして俺達は焦りを覚えながらも、再びディザイアに向かった…………。




